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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第四章 勇者邂逅
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『学び』

 少年が目を覚まして、まず最初に見たものは木製の天井だった。


 審判であるシグマが決闘の終わりを告げた直後、リュウヤは意識を失った。


 そんな彼をバッカスが医者のもとまで担いで運んだ。


 ――命に別状はないが、休息が必要だ。起きてもしばらくは安静にしてください。


 医者から告げられて、カグラは胸を撫で下ろした。


「ここ、は……?」


 バッカスとの決闘に、ボロボロになりながらも相手の降参したことによって勝利した。


 気を失う前の出来事を思い出して、勝者には似つかわしくない悔しさが込み上げてきた。


「――起きたな」


 声をかけられてハッとなり、視界の隅にあった人影へと視線を動かした。


「シグマ……」


 鋭い目が自分の視線と交錯したのを感じた途端、少年は思わずか顔ごと逸らしてしまう。まるで、悪いことをした後の子どものように。


「浮かない顔だな。勝者は貴様だぞ」

「ああ……」


 重力とは関係なしに、視線はどうしても下を向いてしまう。


 勝者は間違いなくリュウヤだ。


 しかし、彼はこう考えていた。――俺は勝ってない。勝たされたんだ。


「どう捉えるかは貴様の勝手だ」


 悩む少年の心を見透かしてか、シグマは壁に背中を預けたままリュウヤに語りかけた。


「貴様と私たちでは、文字通り生きてきた世界(常識)が違う。ガルヴェリウスの選択が何を意味するのか、貴様に何を伝えたいか。全てを理解しろとは言わん」


 シグマの言うように、過ごしてきた日常が常識(世界)が違えば、考え方や物事の捉え方も当然変わってくる。


 だからあえて無理強いはしないと言ったのだ。


「力や能力はガルヴェリウスが確かに(まさ)っていた。だが、貴様は――心の強さ、覚悟をしっかりと示した。彼はそれを認めたからこそ降参したのだ」

「そりゃあ、俺だってわかってるよ。けどな――」


 若者なりの屁理屈を言おうとしたが、途中で遮られてしまう。


「などと言ってはみたが、実際はわからん」

「えっ……わからんって……」


 少年が予想もしていなかった言葉のおかげで、苛立ちよりも困惑が上回った。


「他者の胸中なんぞ、そう簡単にはわからんもの。故に、今のは私の単なる憶測に過ぎない――が、察するのは可能だ。ガルヴェリウスの拳や、瞳から伝わるものがあったのではないか?」


 少年は上げたはずの顔を再び俯かせた。


 決して卑屈な理由ではない。

 シグマの指摘で、バッカスが決闘で何を伝えようとしていたのかを改めて考えるためだ。


「俺は……」

「見出だした答えは、私より相応しい相手がいる。感謝と共に告げるといい。疲れて眠ってしまうまで、貴様の看病をしていたのだからな」


 言われて初めて少年はベッド脇の椅子に腰掛け、布団に突っ伏して寝息を立てる少女の存在に気付いた。


 何度も目にしたカグラの寝顔に思わず苦笑をこぼす。


 考え事に没頭するあまり、こんなに近くにいてくれたのに全然わからなかった。


「食事はそこに置いてある。温めるくらいは自分でやることだ。医者からはしばらく安静にするように言われている。くれぐれも抜け出したりはするなよ」

「わかってるよ。さすがに俺もそこまで馬鹿じゃないって」

「どうかな?」


 冗談にふたりで笑い、シグマは部屋をあとにした。


 シグマが部屋を出たのを見届けると、リュウヤは眠るカグラの手に自分の手をそっと重ねた。


「いつもありがとうな。俺はお前がいなきゃ、とっくの昔にへばってたよ」


 そう。

 ふたりはいつも一緒だった。


 住んでいた家が隣同士だったから。


 親がたまたま仲良くなったから、子どものふたりも自然と一緒に遊ぶ機会が多かった。


 ――幼馴染み。


 いつの間にか、そう呼ばれる関係にまで至っていたのに気付いたのはごく最近のことだ。


 言葉を交わさずとも、お互いの気持ちを察する間柄だ。


 何事も悩まず突進するリュウヤを、カグラが抑える日々を送っていた。


 そんな友人よりも仲良しで、だからと言って恋人ではない曖昧な距離感がふたりにとっては丁度良かった。


 何の変哲もない、何処にでもある平和な“日常”を彼らは過ごしていた――あの日までは。


 〈勇者召喚魔法〉の発動によって、彼らの日常は覆ることとなる。


 〈魔法〉と言う神秘の存在に歓喜する少年。

 見たことも聞いたこともない謎の場所に急に連れてこられて困惑する少女。


 考え方も性格も全くの正反対が故に平和な日々の些細な困難なら一緒に乗り越えられた。


 しかし、この世界は過ごしてきた平和とは程遠く、彼らは多大な困難に立ち向かうことを強制される。


 悩まずにいられたらどれだけ楽だっただろう。

 難しいことを考えたりしなくていい日常は、どれだけ幸せだったのだろう。


 そんな迷える少年少女に手を差し伸べる者がいた。謎の白髪の青年――レドだ。


 レグルス(ノルン)はその青年の名を聞いた途端、景色が揺らいだのを忘れていない。失われた記憶に関係していると予想しているが、果たして真実が暴かれる日は来るのだろうか。


 謎の青年――レドの導きにより、リュウヤとカグラはレグルス(ノルン)との邂逅を果たした。


 それが何を意味するのかはまだわからない。


「ありがとうなんて、起きてたら恥ずかしくて言えないからな。ずりぃけど、寝てるときに言われてもらうぜ」


 王国のやり方を認めた訳でも、バッカスがわざと負けたのを許した訳でもない。


 だが、少年は本物の戦場を経験し、猛者(バッカス)との決闘を経て確かに学んだことがあった。


 具体的に何なのかと問われれば、彼もはっきりと答えられないだろう。


 たとえ言葉として説明できなくとも、少年の心に刻まれたものがあるのは紛れもない事実だった。


 この先、〈勇者〉リュウヤは更なる困難に直面するだろう。


 しかし、その度に立ち上がれるだけの器量(強さ)を持ち合わせている。


 バッカスが降参した理由は、概ねシグマの予想通りなのは言うまでもない。


「今日は随分とお喋りだな」


 リュウヤとカグラのいる部屋を出たシグマに声をかけたのはレグルス(ノルン)だった。


 出てきたのを確認するや否やニヤりと口角を上げる。


「若者の道を示してやるのが、我々の役目だろう。珍しく一人なんだな」

「……そうかもな。夜も遅いから仕方ない」


 そして、困難が待ち受けるのは〈魔王〉であるレグルス(ノルン)も例外ではない。


 早期終結を果たした此度の戦争で学んだのは、リュウヤとカグラの若者だけではなかった。


「なぁ、シグマ」

「なんだ、改まって」


 ニヤケ顔から真剣な表情に変わったレグルス(ノルン)に対して訝しげな顔をするシグマ。


 ――こんな顔をする時はろくなことではない。


 シグマの直感がそう告げていた。


 かといって蔑ろにすれば、後々面倒なのも知っている。故にシグマは嫌々ながらも聞き返したのだ。


リュウヤ(あいつ)は、本当に〈勇者〉になれると思うか?」

「えらく唐突だな。そもそもリュウヤは既に〈勇者〉だろう。……と、貴様が訊きたいのはもっと別の返答だな」


 ああ、と察しの良いシグマに相槌を返す。


「恐らくこのままいけば、ふたりとも〈特異能力(レガリア)〉を目覚めさせるだろう」

「わかるのか?」

「感じるのだよ、何となくだがな。同時にこうも思う」


 一度、間を置いてからレグルス(ノルン)は話を続けた。


「どちらかが死に、それをきっかけに何か(・・)が起こる。具体的な理由がない、我ながら感覚頼りの無茶苦茶な憶測だと思うが……胸騒ぎとやらがね、するのだよ」

「彼らは2人で一人のようなものだ。片方が死ぬ、それ即ち半身を失うのと道理だろう。トリガーとしては十分過ぎる理由だ。あり得ない話ではないとも」


 シグマが自分の意見に同意するとは意外だなと表情で心境を伝える。


「ガルヴェリウスのやり方は多少強引ではあったが、効果的なのは認めざるを得ない。彼のおかげで、たとえ一時的だとしてもリュウヤの性根を叩き直せたのだから」

「なるほど。それと一緒に可能性も感じられた、と」

「そうだ」


 やけに素直なシグマにどんな表情をしたものかと悩むレグルス(ノルン)である。


「師匠冥利に尽きるな」

「悪くない」


 はっきり言ってここまで素直だと気持ち悪いと思うが、良い傾向なのだろうと考えて否定思考を抑え込んだ。


 得られたものは、勝利だけではなかったと言うわけだ。

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