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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第四章 勇者邂逅
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『立ち上がれ』

 観客席に座る者たちは〈ボルボレイン〉のギルメンはもちろんのこと、他のギルドの連中も含まれていた。


 中には相当な手練れもいるようだ。


 決闘とはほぼ無関係な都の民の姿まで見える。


 いったい何処で聞き付けたのやら……暇なのか?


「言っておくが、俺は何も言ってないし、してないからな」

「そーですか。てっきり、ノルンさんが“また”リュウヤを強くするための企みかと思った」


 不満げな表情をするカグラ。


 焚き付けたのは間違いなくお前だよと言いたくなった。


 まぁ、俺もこういうやり方もあるよなと考えたことがあるからおあいこにしてやろう。


「両者、構え」


 闘技場にシグマの声が響き渡る。もちろん、素性がバレないように魔法で少しだけ声を変えている。


 リュウヤ対バッカスの決闘が始まろうとしていた。


「――始め!」


 決闘がついに開始された。


「ハアッ!」


 先に動いたのは、やはりリュウヤだった。


 拳を握りしめてバッカスに突進した。


「……」


 対してバッカスは微動だにせず、向かってくるリュウヤを見下ろしていた。


 魔法があれば相手に隙を作って、その間に攻撃を仕掛ければ良い。


 しかし、この決闘では魔法は使えない。


 正真正銘、小細工なしの己の実力で挑まなければならないのだ。


「この!」

「ふん」


 リュウヤの渾身の力を込めた拳を、バッカスは広げた手のひらで難なく受け止める。


「なっ――」


 広げた手を閉じ、リュウヤの拳を掴むことで逃がさないようにする。そのまま拳を手前に引くことで少年勇者の体勢を崩して、無防備な腹へと己の拳をめり込ませる。


「かはっ――」


 リュウヤの肺から空気が押し出され、口から吐き出される。


 拳を掴んでいれば追撃も可能だろうが、バッカスは一撃を食らわせただけで手を離した。


「こほっ、かっ――は……」


 体格差が明らかにある相手の拳をもろに受けたリュウヤは、息をするのも辛そうに地面に両手をついた。


「終わりか?」


 バッカスは本気ではない。


 もし我らがギルマスが本気を出していたのなら、既に勝敗は決している。


 しかし、まだ決闘は続いている。


「威勢がいいのは初めだけか」


 リュウヤを見下ろしながら残念そう言った。


「う……るさい。まだ、終わって……ない!」


 呼吸を必死に整え、自分に言い聞かせるようにして立ち上がった。


 肩で呼吸し、今にも倒れそうな状態。


「立ち上がるか。少しは根性があるようだな」

「当たり前だろっ……。俺は〈勇者〉だぞ」


 そこからは行程の繰り返しだった。


 リュウヤが向かい、それをバッカスが返り討ちにし、倒れて、立ち上がる。


「ぬんッ」

「うわっ! まだまだ!」


 少年の威勢の良い掛け声が聞こえたと思ったら、次の瞬間には無様な声が闘技場にこだまする。


 こうなることは決闘が始まる前から決まっていたようなものだ。


 だが、いざ目の当たりにすると妙に痛々しい。


 観客席に座る他の者たちも同じ気持ちなのか、声援も、罵声も何も上げずに黙って勝負の行く末を見守った。


「まだだっ、俺はまだ……負けてない!」


 満身創痍。


 一つ、また一つとリュウヤの身体に痣が増えていく。


「――っ」


 ちらりと隣の少女を見やると、予想通り拳をぎゅっと握りしめて今にも飛び出しそうだった。


 しかし、カグラは飛び出さないだろう。


 それはリュウヤの思いを踏みにじる行為だとわかっているからだ。


 だからこそ、耐えるような面持ちで拳を握りしめて、必死に自分の感情を抑えているのだ。


「フラフラじゃねえか。諦めねえ根性は認めるがな、それだけじゃオレは倒せねえぞ」

「はぁ……はぁ……はぁ……そんなの、わかってるさ」


 息も絶え絶えに反論するも、リュウヤは立っているのもやっとの状態。


 バッカスが言ったように、俺もリュウヤの根性は確かに認める。


 ただ、根性だけで勝負が決まるほど、この世界は甘くはない。


 はっきり言ってここから勝利を勝ち取るのは不可能に近い。


 さて、どうする〈勇者〉よ。


 頭では戦況を十分に理解している。バッカスの圧倒的に優勢で、リュウヤの圧倒的劣勢。


「ふっ」


 俺は思わず口角を上げた。


 リュウヤの勝つところが見てみたい。

 この状況を打破するところを見てみたい。


 そう思っている自分がいた。


「そろそろ限界だろ。もう負けを認めて楽になっていいんだぞ?」


 バッカスが提案した途端、リュウヤの表情は怒りに染まった。


「ふざけんなよ。俺は諦めない、絶対にあんたに勝つんだ」

「どうしてそんなにボロボロになってまで諦めようとしねえ? なにがお前を立ち上がらせるんだ?」


 恐らく闘技場にいる、リュウヤ以外が抱いていたであろう疑問をバッカスはぶつけた。


 暫しの沈黙の後、ふっと笑ってから答えた。


「決まってるだろ。守るもんがあるからだよ」


 半ば睨み付けるようにバッカスを見据えながら伝える。


「俺の勝利を信じてくれる人がいる限り……俺がっ、諦めるわけにはいかないんだよ!!」


 そこには紛れもない強い意思が込められていた。


「だから、俺は何度殴られても、何度倒れても絶対に立ち上がる。だってさ、諦めない奴が、最後まで立ってる奴が……一番強いって思うから」


 少年は――笑った。


 それは紛れもなく、冒険者たちの心に響くものがあった。


 いや、冒険者だけではない。冒険者ではない、都の民の心にも確かに響いていた。


 闘技場の空気が一気に変わっていくのを俺は感じた。


 立っているのもやっとの状態でふらふらな少年の弱々しいはずの姿に、確かな“強さ”を感じ取ったのだ。


「――勇者、か」


 気付いたら俺はそう呟いていた。


 次の瞬間、闘技場の観客席に座っていた者たちの歓声が沸き上がった。


「行けぇ、リュウヤ!」

「負けるなリュウヤ!」

「諦めるなリュウヤ!!」


 “勇者”ではなく“リュウヤ”と呼び、皆が少年に激励を送る。


 バッカスはやれやれと苦笑を浮かべた。――これでは、オレが悪者じゃねえか、とでも思っているのだろう。


 こうなるとわかっていたくせに。


 〈勇者〉にはまだ弱く、実力も相応しくないとしても、志の強さだけは誰にも負けない。


 それこそ〈勇者〉の名に相応しい程の強い思いを持っているのだと、多くの人々が見守る中、リュウヤはここで証明して見せた。


 あいつが〈勇者〉に選ばれた理由がわかった気がしたのは、俺だけではないはずだ。


「――ここまでだな。降参だ、降参。オレの負けだ」


 両手を上げて降参の意を示す。


「バッカスの降参の表明により、勝者――リュウヤ!」


 シグマによるリュウヤの勝利宣言がされた途端、観客たちが立ち上がってどっと称賛の声が闘技場に響いた。


 当の本人は理解が追い付いていないようだがな。


「俺……勝った、のか?」

「そうだ。貴様の勝利だ」

「は……はは、俺、勝てたんだ――」


 シグマが勝利を実感できていないリュウヤに改めてそう伝えると、ようやく理解したのか安心したような表情を浮かべ……ばたりとその場に倒れた。しかも笑顔でだ。



 こうして、注目のリュウヤ対バッカスの決闘は、リュウヤの勝利で幕を閉じた。


 バッカスは倒れたリュウヤを担いで医者のもとへと運んだ。

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