『やる』
俺は駄々をこねるリュウヤと一緒にカグラをとある場所へと訪れていた。
「ここは……ギルド?」
「そうだ」
ギルド〈ボルボレイン〉である。
バッカスがリュウヤに話があるらしく、連れてきてほしいと頼まれていた。
話したりするのか、勧誘するのか。何で呼んだのかは俺も聞かされていない。
カグラもと言っていたから、ふたりの稽古の可能性もあるな。
曲がりなりにも〈勇者〉だし。
「頼もー」
まるで我が家のように堂々と扉を開くと、中にいた者たちの視線が俺に集中する。
「おっ、我がギルドの期待の新人が戻ったぞ! みんなぁ、胴上げだあ!」
以前試すためとは言え、文句をつけてきたから返り討ちにしたのに、俺をこうも歓迎するとはな。
ドネータの奴、意外と良い奴なのかもな。
「今日はバッカスに、こいつらを連れてくるように言われているのでな、胴上げはまた今度にしてくれ」
「こいつら……噂の〈勇者〉様か」
ドネータはリュウヤとカグラを見定めるように視線を動かした。
「まだひよっこじゃねえか」
「すぐにお前を追い越す、かもしれないぞ?」
「そうなれねえように精進するぜ」
元々の面構えのせいで、笑っていても悪者に見えてしまう。
難儀な奴だ……。
「――おめえが来るといつも賑やかになる」
階段越しにバッカスが皮肉を言ってきた。
「このギルドはもとから賑やかだろ」
「違いねえ。さあ、上がりな。お茶でも出すからよ」
バッカスはそう言って階段を上がった。
「怖がらなくて良い。言葉は荒いが根は良い奴らだ」
尻込みするふたりの背中を押して、バッカスを追って俺たちも2階に上がった。
「改めて紹介する。ギルド〈ボルボレイン〉のギルドマスター、バッカス・ガルヴェリウスだ」
「よろしくな」
片手を上げて軽く挨拶をする。
「次はこっちだ。知っていると思うが一応な。〈勇者〉リュウヤ・トウジョウと、カグラ・シノミヤだ」
「よろしく頼む」
「よろしくお願いします」
性格が表れる挨拶をお互いに終え、本題に入らんとバッカスが咳払い。
「固くならんでもいいぞ。なにせオレ自身がそういうのが苦手だからな……ははは」
冗談で若者ふたりの緊張をほぐさんとするギルドマスター。
さすがに慣れているようだ。
おかげでリュウヤとカグラの表情から緊張が消えていった。
だが、バッカスの次の話で、ほぐれた表情はすぐにもとに戻ることとなる。
「よし、それでいい。話は簡単だ。リュウヤ、おめえ、オレと決闘しろ」
「……え?」
呆けた顔になるリュウヤに、思わず「ふっ」と笑ってしまう。
「カグラを賭けてオレと決闘しろと言ったんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。なんで俺がいきなりあんたと決闘することになってんだよ!?」
困惑しながらもごもっともな意見を言った。
「ルールもシンプルにした。小賢しい魔法はなし、危ない武器もなし。お互いの拳と拳のぶつけ合いだ。男に相応しいルールだろ?」
「やる前提で話を進めんなよ。俺はまだ一言もやるとは――」
「やります」
渋るリュウヤの代わりに賭けの対象となったカグラが申し入れを承諾した。
「なっ……」
予想外の事態に言葉を失う少年。
俺やバッカス同様に、カグラもこのままではリュウヤが駄目になってしまうと見抜いているのだろう。
必死に自分の感情を抑え込んでいるのが丸分かりなのに、本人は隠せているつもりらしいからつい苦笑してしまう。
「カグラ、わかってるのか。俺が負けたらお前は……」
「負けなきゃいいだけよ。なに? もしかして、あれだけ息巻いていたくせに、結局勝つ自信がないの?」
「うっ、それは……」
畳み掛けに怯むリュウヤ。
「世界を救うんでしょ。私一人くらい守って見せてよ」
少女の瞳に宿るは、〈勇者〉と呼ばれる少年への信頼。
それに応えなければ男の恥だろう。
第3者の俺は無責任にそんなことを思った。
「……わかった。やる、やってやる」
気持ちと共に表情を引き締めた。
「ただし、俺が勝ったら……俺が勝ったらだな……」
びしっと指を突き出したのは良いが、この反応は考えていなかったな。
勢いで言ってしまったやつだ。
「俺とカグラをギルドに入れろ」
それだと勝っても負けてもバッカスが喜ぶ結果になるのだが……本人が決めたことだし、様子見といこう。
「オレが負けたら、2人ともオレのギルドに大歓迎だ」
バッカスはそう言う。
しかし、リュウヤは別のことで思考を支配されているようだった。
――王国のやり方を、数多くの人の死を目の当たりにして、どうしても受け入れられない、認められないのだ。
だがそれ以上に、なにもできなかった自分に腹が立っていた。
カグラが鎮めようとするも、結果は言わずもがな。
納得できない事実に苛立ち、無力な自分に苛立ち、誰かに苛立ちをぶつけてしまう。そして、そんな自分勝手な自分が許せない。……酷い悪循環だ。
バッカスに連れられ、闘技場のそれぞれの場所へと案内された。
リュウヤはバッカスと共に闘技場の中心へ。俺とカグラは客席へとだ。
始まりの合図を出す審判は――まさかの仮面シグマだった。
実はお前ら知り合いだろ、と問い詰めたい気持ちをぐっと堪えて少年の決闘へと意識を向けた。
勝つか、負けるか。どちらに転んでもおかしくない。
楽しみになってきたのは、本人たちには秘密である。