『左目』
炭鉱の街――イルギットの連中を回復させ、転移魔法を使って水の都――アクアゲインの宿屋に戻ってきた。
「おかえり、兄さ――ええっ、兄様!?」
「騒ぐな。シグマ、異常はなかったか?」
血を流す俺の左目を見るなり騒ぐイーニャをあしらい、シグマに状況の確認をした。
「こちらは問題ない。貴様もほとんど無事のようでなによりだ」
「うるさい。俺が招いた結果だ、甘んじて受け入れるさ」
「貴様が言うなら気にしないでおこう」
そう言って聞く姿勢になった。
少しは融通が利くようになってきたな。
「俺なら大丈夫だ」
アカネが抱きついてきたので撫でようとするも、左手には血がついていたので右手で撫でた。
「続きだ。イルギットが攻められた。犯人は〈法儀国〉の騎士連中の本隊だ」
「本隊……となると、王都を攻めている者たちは陽動か」
「間違いないだろう」
「街の民は無事なのか?」
「もちろんだ。回復魔法をかけておいた。心の方は部外者の俺より適任の奴に任せてきた」
親指をぐっと立ててどうだと胸を張る。
「抜け目なしだな。貴様が言うのだ、本当に心配ないのだろう」
「気持ち悪いくらいに素直だな」
やや引き気味で言うと、
「気持ち悪いは余計だ」
睨まれた。
変わらないな。気のせいだったようだ。
「そうそう、本隊にはお前らのような異世界人がいる」
「なんだって!?」
リュウヤとカグラは目を丸くして驚いた。
「甘々なお前らと違って、奴らは“殺しを楽しんでいた”からな。迷いを抱いたまま相対すれば死ぬのはお前らだ、リュウヤ。それにカグラ」
悩んでいるのだろう、険しい表情を見せる。
「先刻に言ったように、お前らには此度の戦争に出てもらう。連中の次の標的は冒険者の都だ。到着は明日の昼頃になるだろう。それまでに各自準備を終わらせておけ」
「……」
なおも悩む少年勇者はシグマに任せて、俺は早めに休むことにした。
〈流転する鎮魂歌〉を使った反動が予想以上に大きい。
視界はぼやけ、身体に力が入りにくい。その上意識もいつ絶たれてもおかしくない。
相手が一応とは言え神だったから一瞬だけ本気を出したが、それだけでこのざまとは笑いものだ。
だが、じきに適応するはずだ。そうだろ――レグルス・デーモンロード。
「ねえ、そんなのつけてたっけ?」
俺の新しい耳飾りを見ながら尋ねてきた。
「あぁ、これか。イルギットにいたバンガスを覚えてるか?」
「うん。〈炭鉱族〉のおじさんでしょ。覚えてる……あ」
そこまで言ってバンガスが武器を作る加治屋なのを思い出したようだ。間抜けな声を出した。
「でも兄様が頼んでたのって、刀や鎌だったはず。耳飾りじゃなかったよね?」
「案外覚えているではないか……」
記憶力が良いのか悪いのかわからない我が妹を前に、俺はやれやれと肩をすくめた。
「来い――〈黒華〉」
俺が名を呼ぶと、手元に鎌が現れる。
「頼んだ武器は全てこの中に入っているのだよ」
「なにそれすごい」
「俺もそれ欲しい!」
イーニャとリュウヤが似たように目を輝かせながら迫ってきた。
「やめろ、鬱陶しい。イーニャはもう少し落ち着きを学べ。リュウヤは強くなってから言え」
「「ええーけちー」」
ふたりは示し合わせたように同じタイミングで同じ言葉を言いやがった。
「あぁん? 良い度胸だ、この鎌でその首を刈ってやろうか?」
「「すみませんでしたー!」」
「わかれば良い――て、お前は何で戻ってきたのだ?」
シグマと仲良く支度をしに行ったはずのリュウヤが戻ってきていたことを指摘した。
「いやぁ……ノルンに聞きたいことがあってさ」
「わかった。聞こう」
悩みの一つやふたつくらいは聞いてやろう。
「俺さ……カグラのことが好き、なんだよ。だから、そのぉ、なんて言うかさ」
「――何かを得ると言うことは、何かを失うと言うことだ」
いきなりの意味ありげな言葉に動揺するリュウヤ。
俺は気にせず続けた。
「好きだから、守りたいのだろう。だから強くなりたい」
「……そうだ。今の俺じゃ、カグラを守るなんてできっこない。それぐらいは俺にだってわかる。だから、だからさ……」
「強さを追い求めることは悪ではない。手に入れた力を他者のために使うのなら尚更だ。だが、正義かと問われれば違うと答えよう」
「えっと……どういうことだ?」
首を傾げるリュウヤ。
お前と同じような想いを抱く奴を俺は知っている。好きな人を、大切な人を守るために強くなりたいと願う者を……。
微笑ましい奴らめ、見ているこっちが恥ずかしくなる。
「話が逸れた、気にするな。とにかくだ、強くなりたいならまず、今の自分が何を成すべきなのかを考えろ。そして実行しろ」
珍しく借りてきた猫のように真面目に聞いていた。
リュウヤの中では“強くなる”ことが、それほど重要なのだろう。
「お前のような突進野郎は、形から入るのが一番だと思うぞ。さぁ、お前は何をするべきかな?」
「えぇっと……そうか、支度だ!」
「答えが出たらどうするのだったか?」
「実行する! じゃ、支度をしに行ってくる!」
「ああ」
まったく最初から最後まで騒がしい奴だった。
バタバタと出ていったリュウヤが、またバタバタとうるさい音を立てて戻ってきた。
「ありがとな、ノルン。俺、頑張ってみるよ!」
そう言い残して今度こそいなくなった。
「……」
アカネが俺の服の裾を引っ張る。
「そうだな、あいつはとことんうるさい奴だ。仕方あるまい、奴も必死なのだ。いきなり見ず知らずの世界に無理やり呼び出され、〈勇者〉なんぞ重荷を背負わされたんだ。並の精神ならどうなるか……」
「考えただけでも怖いわ」
「同感だ。……何だ、その目は」
アカネとイーニャのふたりからの視線が痛い。
お前だろと言いたげだ。
「俺は休むが、お前たちも適度に休んでおけ。今回は見張らなくても平気だからな」
ふたりの返事を聞きながら目を閉じると、すぐに夢の世界へと落ちた。
そして、目覚めた俺は――両目で天井を見つめるのだった。




