『平等』
「情報屋、いらなくない?」
じとーっとした目を向けてくるシェナ。
「必要だ。お前の情報は頼りにしている」
「……あっそ」
背中を向けられてしまった。
フォローしたつもりだったのだが、どうやら失敗してしまったらしい。
「詳しく聞かせてくれないか。俺には“法儀国が動き出した程度”しかわからないのでな」
俺がそう言うと、にんまりとした笑顔で「仕方ないなー」と嬉しそうに振り向いた。
「まだ公表されてないけど、国王に対して宣戦布告を行ったみたいなの」
「宣戦ふ――むぐ」
大きな声で驚こうとした悪い口を黙らせ、情報の続きを聞いた。
「相当慌ててるみたいだよ。〈魔界〉進行のための騎士を募ったばかりなのに、これでは士気が削がれるってさ」
内容を聞いて俺は眉をしかめた。
「その言い方だと、まるで〈法儀国〉は脅威ではないと言っているみたいだな」
「実際ノルンの言う通りだと思う。国王や五老公は〈法儀国カイゼルボード〉を敵として見ていない。道端に転がる石ころみたいに。蹴り飛ばせばいいってね」
「だがタイミングが悪かった、と」
「そういうこと」
〈魔界〉への進行を前に、余計ないざこざがあれば、ただでさえ徴兵で忙しい国民の不満は再び積み上げられる。
国王や五老公の本命はあくまで“魔族撲滅”なのだから。
連中は〈法儀国〉を甘く見ている。
一般の騎士ならば本当に問題はないのだろう。それはシグマを見ていればわかる。
しかし、相手は騎士だけではない。異世界人もいるのだ。
その事実を知っているかどうかで、勝敗が分かれるほど大きな要因だ。
個人的には別に王国が滅ぼうが滅ぶまいがどちらでも構わない。
俺がやるか、その前に他の誰かにやられるかの違いだ。
「まったく……」
構わなかった。今となっては過去形だ。
何故ならシェナの前回の情報で、俺たちを〈エルファムル連合国〉が俺たちの様子を探ろうとしていると聞いてしまったからだ。
〈エルファムル連合国〉は亜人国家で、王を筆頭としているが平等を掲げている国だ。故に差別を好まないし断じて認めない。奴隷制度もなく、住まう者に仕事を分け与えている。
それもこれも王である〈竜人姫〉の成せる業だとかなんとか……。
彼の王とは交渉の席につきたいからな、下手にこの国を見捨てる選択はできなくなってしまったわけだ。
武力行使で屈服させるのは簡単だろう。
だがそれではいずれ反乱を招くのは目に見えている。
だからこそ対等な立場で“交渉”したいのだ。
「悩み事?」
シェナの顔がいつの間にか目の前にあり、集中しすぎていたことを悟った。
もちろん、気付いていて寛容な心であえて近付くことを許可したのだ。
「なにか悩みがあるなら相談に乗るよ?」
「――その必要はないわ」
俺とシェナの間にすっと入ってきたイーニャ。
何やらご立腹のご様子で、どうしたのだろうか。
「兄様の相談は“私が”受けるから、あなたは法儀国の様子でも探ってきたら」
父親を取られた娘のようだ。
とりあえず頭を撫でておこう。
「知ってはいたけど、ずいぶんと気に入られてるね。なにしたの?」
苦笑しながら尋ねてきた。
今回の報酬はそれにしよう。
「命を救っただけだ。大したことではない」
「いや、それは大したことだよ……」
さらっと言った俺に再び苦笑いを浮かべるシェナ。
こうして何気なく見ていると、気のせいかシャロンを思い出す。
親戚だったりしてな。もしそうなら世界の狭さを感じるな。
「イーニャの助言もあったが、〈法儀国〉の動向よりこの国の国王連中の探りを頼む」
「そっちでいいの?」
「気をつかってくれるとは優しくなったな」
「そ、そういうわけじゃないよ」
最近、やたら人に目を背けられるのだが何なのだろう。
「感謝する。正直俺にとっては〈法儀国〉よりこの国の方が重要なのだよ」
俺が倒すべきは国王や五老公だろうからな。
〈法儀国カイゼルボード〉など、二の次で構わない……そう考えたい。先に対処するのは間違いなくこっちだろうがな。
「くれぐれも気を付けろ」
「ノルンの方が全然優しいよ……」
微かに“私なんて”と聞こえたがそのあとは聞き取れなかった。
確かなのは何か思い悩んでいる表情、悲しげな表情を見せたことだけだ。
「悩みがあるなら相談に乗るぞ?」
「……ふふ、ほら優しい。でも大丈夫……って言いたいけど、本当に辛くなったら頼るかも。そのときはよろしくね?」
「ああ、任せろ。特別に無償で頼らせてやろう」
冗談に笑顔を返してシェナはこの場を後にした。
俺は歩き出そうとするが、両手がぐいっと引っ張られる。
「あんなに仲がいいなんて、聞いてないんですけど」
「何故敬語? 戦において、情報は勝敗を左右する程の価値がある。そして、情報が重要になればなるほど危険度は増す。それをあいつは俺たちの代わりに担ってくれてるんだ」
少し大袈裟に説明した。
今のふてくされイーニャにはそれくらいが丁度良い。
「そう考えれば、邪険にするなどできまい」
「うぅ……」
イーニャは納得いかなそうに唸る。
もう一押し必要らしい。
「イーニャやアカネが危機に陥るのを俺は望まない。だからと言って俺は下手に動けない。それでは手詰まりになる。そんな時にあいつは現れたんだ」
狙ったようなタイミングでな。
むしろ本当に狙っていたのだろう。
それでも俺が助かったのは事実だ。
「情報屋なんぞ危険に晒されるのは当たり前の仕事だ。安全な職など他にいくらでもあっただろうに、あいつは情報屋を選んだ。命を懸ける、その覚悟を俺は認めた。そうでなければ、頼りはしないさ」
「信じてるってこと?」
上目遣いで尋ねてくる。
「そうだ。悪く言えば利用し、利用される関係。まともな例えならば価値がある情報に、それ相応の対価を払う対等な関係。つまり、仲良くするのもその一貫なんだよ」
「……ふぅ、わかった。そこまで言うなら特別に仲良くするのを許してあげる」
渋々納得してくれたようだ。
いやまぁ、何故お前の許可がいるんだ、とか思いはしたが余計なことは言うまい。
アカネも早く祭りに行きたそうにしているからな。
「とりあえず面倒事は後で考えるとして、今日は祭りを思い切り楽しむぞ!」
「おー!」
「ん……」
周りから見れば親子に見えるだろう俺たちは、盛大に盛り上がる祭りを存分に堪能した。
祭りとはこんなにも楽しいものなのかと驚いたくらいだ。