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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第四章 勇者邂逅
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『タイミング』

「そこからは直接本人に聞くとしよう。バルログナを起こしてくれるか?」

「はい」

「……」


 相変わらずふてくされた子どものような顔をするシグマの頬にシャロンはそっと手を添えた。


「大丈夫です、わたしを信じてください」

「…………わかった。私はシャロンを信じる。そして、ノルン(こやつ)が変なことをしたら即座に斬ると約束しよう」

「もう……」


 不満よりも嬉しい感情がこぼれたように俺には感じられた。


 足下の床に魔方陣が展開し、それが消える頃にはシャロンの身体中に線のような紋様が浮かび上がり、頭の両の側面には〈魔獣バルログナ〉のものに酷似した角が生えていた。


「お前が〈魔獣バルログナ〉だな」

「ワタシを呼び捨てとは良い度胸だな、人間」


 ふんぞり返るバルログナ。


 まさか()まで変わるとはな。


 本当に別の人格、いや、別の魂と言うべきなのだろうか。


 もしかしたら多重人格者と言うのは、魂の同居かもしれないな。


「自分を偽る必要はない――ヘリスメギストス」

「――なぜ人間がその名を知っている?」


 一瞬で距離を詰めて爪を俺の首筋に突きつけてきた。


 シグマが反応できても対応はできないほどの速さだった。


 アカネは俺が止めた。


「わからないのか?」

「まさかキサマ……」

「それ以上を言う必要はないだろ」

「ああ」


 納得したようで引き下がった。


「兄様、大丈夫なの?」


 首にほんの少しの痛みを感じる俺に、イーニャが心配してくれる。


「無論だ」

「よかった……。でも、ヘリスメギストス? ってなんなの?」


 安心したように胸を撫で下ろして、気になったことを訊いてきた。


「貴様は知らんのか。ヘリスメギストス――かつて存在していたと言われる〈錬金術師〉だ。現在では物の加工や製造は〈炭鉱族(ドワーフ)〉が主流だが、その技術は()から教わったと伝えられている。しかし……」


 ご説明ありがとう、シグマ。


「え……でも、この人は女性じゃ……」


 イーニャが鋭い指摘を行い、シグマも少女なバルログナに視線を向ける。


「なんだ、そんなに見るな」


 照れるように顔を逸らす少女バルログナ。


「書物に記されたことが真実ではない場合がある。単純な話だ」


 歴史とは残す者によって容易に内容を改竄できるものだ。


 未来で過去に起きたことを知るには、結局残されたものに頼るしかないからだ。


「しかし、謎なのはお前がシャロンを助けたことだ。人間風情と見下すお前が人間を助ける理由がわからぬ」

「ワタシはキサマが嫌いだ」

「俺はお前を気に入っている」

「なっ!?」


 魔獣の時と違って良い反応を見せるから、ついからかいたくなってしまうのだよ。


 シグマの視線が痛いのでほどほどにしておこう。


「ハァ……この娘を気に入ったからだ。あのような仕打ちを受けてもなお、他者を憎まない人間が存在するなど思いもよらんかった」


 バルログナはやれやれと両手を広げる。


「ふーん」

「キサマ、信じておらんな?」

「まぁ、半々だな」

「キサマ、嫌いだ」


 ふんと顔を背けられる。


 早々に嫌われてしまった。


「キサマはなんなのだ、ワタシの魔法をことごとく打ち消しよって。あんなの初めてだ」

「私もあの魔法はなんなのか知りたい」


 少女なバルログナに同調して頷くシグマ。


 仲良しかよ、お前ら。


「なんたって俺は強いからな」


 口角を上げてみたが、お気に召さない様子。不満げな視線が突き刺さる。


「やろうと思えば誰でもできる」

「できないから聞いているんだ」

「イーニャ、説明してやれ」

「へっ、私!?」


 素っ頓狂な声を出して俺を楽しませてくれるイーニャ。


 期待通りの反応に感謝する。


「簡単な仕組みだ。相手の魔法を発動するために集束させた魔力を乱して散らせば良い。静かな水面に波紋を立てるのと同じ道理さ」

「言うのは簡単だが、実際に行うとなるとそううまくはいかない」


 シグマは呆れるように顔に片手を添える。


「慣れだ、慣れ。仕組みが簡単だから手練れには効かないのだ」

「ちょっと待て、キサマ、さりげなくワタシが手練れでないと言っているように聞こえるが?」

「魔法陣なしで魔法を発動させるのが一流だろ?」

「ぐぬぬ……」


 悔しがるように頬を膨らせる。


 こうしていると年相応の普通の少女にしか見えないな。


「かくいう俺も魔法陣なしで発動可能なのは半分程度だがな」


 フォローしておくとしよう。


 見た目は少女でも〈魔獣バルログナ〉には変わりない。


 倒せるとしても敵になられたら厄介だからな。


「ちなみに、お前とシャロンは記憶も共有しているのか?」

「もちろん」


 腕を胸の前で組んで誇らしげに仁王立ちをする。


 俺の気のせいか?


 シグマの仕草と時折似ているような気がする……。


「結局バルログナと呼ぶんだな」


 肩を落として残念がる少女バルログナ。


「まだ人々が知るには早いと思ってな。バルログナと呼ばれるのは嫌か?」

「別に、嫌じゃない」


 もじもじとシグマをチラ見する。


 あー、なるほどね。


「だってさ、シグマ。お前もこいつをバルログナと呼んでやるのだな」

「事情があるなら仕方ない。私もそう呼ぼう」


 いちゃいちゃするふたりは置いといて、俺も祭りを楽しむとしよう。


「行こうか、イーニャ、アカネ」

「うん」

「ん……」


 直後、俺の両手は塞がれた。右手はアカネに。左手はイーニャに掴まれてだ。


 ちなみにしばらくはシャロンは人の姿でいられる。


 アカネにヒントをもらってではあるが、完成に近い状態に仕上げてあるので、俺が魔力供給を怠らなければ心配ない。


 あつあつでいちゃいちゃなふたりを放って宿屋から出ると、まさかの人物が待ち構えていた。


「良いのか、そんなに堂々と姿を晒して」

「兄様、知り合い?」

「そんなところだ」

「ひどいなー。れっきとした知・り・合・いでしょー」


 長い髪を揺らして変なところを強調してくるのは情報屋――シェナだ。


「情報屋のシェナだ。ふたりとも、仲良くするんだぞ」

「はーい」

「ん……」


 俺たちを見ながら何度か大袈裟に瞬きをするシェナ。


 来た理由は察しがついていた。


「ついに〈法儀国〉が動き出したのだろ?」

「もーっ、なんで知ってるのさー」

「情報は戦において勝敗をわける。基本だろ?」


 念のためを思い、探らせるために向かわせた〈魔法鳥ヴァード〉が法儀国の映像を俺に見せた。その直後に繋がりが途絶えたのである。


 およそ一万人程度の騎士が行進しているのを見た瞬間にだ。


 方向から予測するに、目的地は王都に違いない。


 嫌な予感がするな。いや、逆に成長の好機だと考えよう。

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