『決闘』
ルシフェルト審判の下、俺とベルグスの命を懸けた決闘が始まった。真剣を振りかざす相手に対して、こちらは訓練用の木剣。
「ハアァァァ!!」
いやー、実に分が悪い……なんてな。
それこそ審判をしてくれてるルシフェルトならいざ知らず、〈八天王〉の中で序列6位程度のベルグスに負けるわけないじゃん。
お相手はそう思ってないっぽいけど。明らかに木製の剣だからって勢いついてるもんな。これが罠だと気付かないのか?
ベルグスの剣の動きに木剣を合わせて軌道をずらす。
端から見れば簡単にやっているように見えるが、これが実は難しいんだわ。相手の動きに合わせなければならない以上、途中で変えられたりすれば必然的に対応せざるを得なくなる。
平たく言えば相手の動きを常に先読み、予想していなければならないのだ。
バルムにはこの難儀なものを“基礎”だと言われて散々叩き込まれた。何度顔面モップをさせられたことか。思い出すと沸々と何か込み上げてきたなぁ。
丁度良い憂さ晴らしが目の前にいるじゃあないか。存分に利用させてもらおうか!
「フーン、意外と粘るね」
「バルムが剣の指導をしているのだ。あれくらいは出来て当然だ」
俺が命を懸けているのに平和な顔で玉座にてそんな会話が繰り広げられているのが聞こえた。余裕なのは事実だが、もっとこう心配とかしてくれてもよろしいのでは!?
「クソッ、避けてばかりとは小癪だぞ貴様!!」
「できるだけ当たりたくないんでな」
頭に血が上っている。冷静な判断がしにくくなっているせいか、さっきより攻撃が全体的に大降りだ。
いなすのが容易になってきた。所詮はなまくらの中で少し秀でていただけに過ぎない奴か……つまらない。
バルムの方も終わったらしいし、これ以上は時間の無駄だな、そろそろ潮時か。
そう決着をつけようと持ち手に力を入れるのと、ニヤリと汚ならしい笑みが見えたのは同時だった。するとタイミングを見計らったように俺の木剣が折れる。
「――っ!?」
なにっ、と驚く俺の隙をついてベルグスが思い切り剣を振り下ろした。
「死ねぇ!!!」
体の軸をずらすことで致命傷を避けるも、肩から腹を盛大に斬られる。
最初に剣の冷たさを感じ、やがて熱を帯びて熱くなる。そして最後は待ってましたと痛みのお出ましだ。
やはり斬られると痛いな。
振り下ろした後に生じる自身の隙まで頭が回っていなかったのか、俺を斬ったことで満足しているのかはわからないが、思い切り油断しているベルグスが目の前にいた。
「俺は言ったはずだ。降参するか――死ぬかだと」
俺に指摘されて我に返るベルグス。悪いが時既に遅し、だ。
折れた木剣に魔力を帯びさせ、もとの状態を擬似的に形成する。そのまま焦って後退りする裏切り者の心臓――は刺さずに剣を振り上げて片腕を斬り飛ばす。手と腕の力で勢いの方向を変えて今度は振り下ろして残ったもう片方を斬り落とす。
体勢を崩して転んだベルグスに追い打ちと言わんばかりに足に剣を突き刺す。
断末魔のような叫びが玉座の間に響く。
「うるせえよ。リルに比べたらこんなの痛くも痒くもねえだろ。誇り高き魔族さんよ?」
「や、やめてくれ、助けてくれ!」
「そうやって救いを求めた少年をお前はどうしたんだ?」
大量の出血と恐怖が重なって顔から血の気が引いていくベルグス。
俺もさっき受けた傷が原因で同じく顔面蒼白になる……なんてへまはできない。血はもう止まっている。正確には治癒魔法を使って止めたのだ。
「降参だ、降参する!」
「……」
降参されては仕方がない。決闘は俺の勝ちで終わりのようだ。
詰め寄る体勢から俺は立ち上がってベルグスに背中を向けた。――わざと。
「そうそう。言い忘れていたが……」
「バカが――よぶっ!」
「前より剣の腕、鈍ってるぞ」
言い残したことを言うべく振り向くと、かぶりつかんとする気持ち悪い顔が目の前まで迫っていたので思わず殴り飛ばしながら最後まで伝えてやった。気を失って聞いてないみたいだ……。
パチパチパチ。
玉座の方から手を叩く音が聞こえて見やると、ルシフェルトが相変わらずの表情で拍手をしていた。妙な既視感を感じてたが、やはりピエロみたいな顔してやがる。
「ホントに勝つなんてスゴいじゃん陛下。痛くないのー? でもベルグスの一撃受けたから、陛下はもうすぐ死ぬよ」
「痛いに決まってるだろ。あー、“毒”のこと言ってるなら心配無用。俺には効かないから」
ルシフェルトの野郎、笑いながら言いやがって俺に死んでほしいのか。実際どっちでも良いんだろうな。
ベルグスの毒――それは奴の特異能力についてだろうな。事前にバルムから聞いていたから全然警戒してなかったんだよな。
斬られたのは痛いけど、予想通り俺には効かないようで密かに胸を撫でおろしているのは隠しておこう。
ちなみに木剣は耐えきれなかったのも想定内だ。相手が武器を失えば調子に乗るだろうと考えた上での作戦。まさかこうもあっさりと引っ掛かってくれるとは思ってなかったがな。
いくつも用意していた作戦が全部パアーだ。
それにルシフェルトや他の〈八天王〉たちが捕らえた人間のスパイに悪さしないか、念のため警戒していたが杞憂に終わった。
「おっと忘れてた。勝者レグルス陛下ー、皆様拍手をー、パチパチパチー」
「あんた、俺のこと絶対馬鹿にしてるだろ」
「えーそんなーひどーい、なんてね。だってわざと攻撃受けるなんてバカじゃん」
見抜いていたのか。飄々として掴み所のない人物。
「だけど面白かったよ。特別にルシファーって呼ばせてあげる。人間で許可したのはレグルス陛下が初めてさ。光栄に思ってほしいなー」
「そうか、ありがとうルシファー。だが俺はあんたが嫌いだ」
「……プッ、フハハハハハッ。イイよ、面白いよホント。いつか決闘しようよ、もちろん命を懸けて」
「しばらく先でも良いなら受けて立つ」
フレンの方に視線を合わせると苦笑をこちらに向けていた。無茶しやがって、と言いたげだ。
ショーは盛り上がってこそだと思ったんだよ。一方的になぶるのは簡単だが、それでは下手な恐怖を植え付けるだけになる。
俺はそんなのは好まないのでな、わざと攻撃を受けたわけだ。
傷に見合う成果は得た。〈八天王〉と呼ばれていてもベルグスみたいな正直名前だけの奴も中にはいる。決闘の最中に様子を窺ってみるも、残り半分が当てはまるようでため息が出る。
この際に思いきってメンバーを見直した方が良いのかもな。
「――失礼します」
考え事が纏まったタイミングで扉の外からバルムの声がしたので入るのを許可した。パッと見傷は見当たらない、無事で何よりだ。
「なるほど、やはりベルグスが……」
「バルム、報告を頼む」
「ハッ。陛下の命によりホーグドリアに向かいますと、魔王軍所属の魔族による反乱が起きておりました故、直ちにそれを鎮圧。負傷者は55名、重傷者17名、犠牲者は42名です。反乱を起こした者たちは皆、牢へと閉じ込めました」
「ありがとう。バルム、ご苦労だった」
合計114人か……思ったより多いな。これが後手に回った代償。
「反乱とは、どういうことですか陛下?」
「言葉のままだが? うぅむ、その様子だとわからないみたいだな。わかった説明する」
それから俺は質問に答えた。内心察してくれないのかと落ち込みながら。
戦略の勉強をグリムに頼んだ方が良いんじゃないか?
課題がまた増えてしまった……。ルシファーが楽しそうに笑みを浮かべる中、肩を落とす俺である。
◆◆◆
決闘が行われる少し前、ホーグドリアへと向かったバルムは都市内部から煙が上がっているのを視認。すぐさま状況を確認しようと都市を守るように囲む塀の上から見下ろすと驚くべき光景が広がっていた。
「これは……!」
「バルレウス公、これはいったい?」
バルムがレグルスの指示通り信頼できる部下を5人連れてきたが、剣聖と呼ばれる彼自身を含め全員が同じ反応を見せた。
民を守るはずの魔王軍が民を攻撃しているではないか。バルムは行く前にレグルスの言っていた言葉を思い出した。
「――行けば理由はわかるとは、言い得ています。だからこそ……いえ、今は同胞を救うのが最優先。私とテイルのふたりで暴れる魔王軍の相手をします。セフィンダ、メリッサ、ウァンクの3人は市民の治療と避難誘導を頼みます」
「「「了解!」」」
暴走する魔族の中には市民も含まれていた。ほとんどが理性を失っており、暴走と言う表現はあながち間違ってないようだ。
薬か魔法を用いて強制的に暴走させていたのがわかったのは、暴走魔族の全員を牢屋に閉じ込めた後だった。
捕らえるのは比較的早めに終わったが、市民の治療や救出で時間を取られてしまった。
犠牲者が出たことをバルムは悔やんだ。――もっと早く駆けつけていれば。
悔しさに拳を握るバルムのもとに、一通りの治療と救出を終えた部下たちが集まった。
そして、一度首を振って落ち着いてから彼らと共にレグルスの待つ魔国へと急いで帰還した。焼け落ちた家屋を見て、絶望の表情を浮かべる市民が視界に入り、3人をホーグドリアに残して手助けするように命じた。
――城に戻ったバルムは玉座の間の扉に張り付くフィーネの姿を見ることとなる。どうやら中を覗いているようだ。その様子を見て思わず微笑みを浮かべた。
フィーネ本人はバレていないと思っているらしいが、実はレグルスには気付かれている。
剣聖は魔王の娘が自分より強いのを知っている。なのに胸に広がる温かいものは歳のせいなのだろうと苦笑する。
「――姫様、レグルス陛下はいらっしゃいますか?」
「っ!?」
努めて優しく声をかけたはずなのに、ピューッと脱兎のごとく立ち去るフィーネに、バルムはついに少しだけだが声を出して笑った。ありがとうございます、と会釈と共に感謝を心の中で言いながら、扉の方に体の正面を向ける。
部下がこの場にいないのは、ホーグドリアに持っていくための食材や資材などの物質を集めてもらっているからだ。報告を終えた後、すぐにそれらを持って戻ろうと考えていた。
たとえ魔王に反対されたとしても、処罰されるとしても実行に移すのが〈漆黒の剣聖〉の異名を持つバルレウス・ウィル・リンデベルトの信念である。
「――以上です」
「……ちっ、多いな。最低限の犠牲は仕方ないと覚悟していたが俺の考えが甘かった。あんたのことだ、物資の調達は既に命じているんだろう。一先ず最低限の分を持ってすぐにホーグドリアに行ってくれ。こっちの用が済んだら俺も行く」
「御意!」
踵を返して玉座を出るバルム。表には出さなかったが内心驚きながら喜んでいた。――善いお方が魔王になられた。
急ぐためか喜びの表れか、剣聖はいつもより早足で物資を集める部下のもとへと駆けつけるのだった。