『頼み』
「兄様、それにアカネまで。起きてたんだ」
イーニャめ、人を寝坊助みたいに言いやがって。
「ああっ……やーっと話しかけてくれた。事あるごとにいなくなるんだもんなぁ、まいったぜ」
疲れたと言わんばかりに項垂れるリュウヤ。
事あるごと……一度しか見に覚えがないのだが気にしないでおこう。
「せっかくの水の都だ。どうせならもっと晴れやかな場所で歓談を楽しむべきではないか?」
「まさかあんたの方から誘ってくれるなんてな。ありがたく乗らせてもらうぜ。な、カグラ」
「そうね、リュウヤを追いかけるのにも疲れてきたし、願ってもないわ」
こうしてふたりは俺の誘いを承諾した。
「決まりだ。行くぞ、イーニャ」
「うん」
呆けるイーニャに声をかけて我に返らせてから、都で一番人気の店へと彼らを案内した。
以前バッカスに水の都について聞いた際に、是非一度は味わっておくべきだと言われたのでな。
せっかくだからと寝る前に宿屋の主人に頼んで予約しておいたのだ。
予約人数を“6人”にしておいて良かったと胸を撫で下ろす。
店に到着するとシグマが仁王立ちで待っていた。
「――来たか」
道行く民たちが思わず2度見して通り過ぎていくのは仕方ないのだろう。もとから備わっている圧に加え、あの仮面だからな。
興味と恐怖を感じるのは無理もない話だ。
「本当に連れてくるとはな、さすがと称賛すべきか?」
「良いや、ありがたいがその必要はないさ」
こちらも寝る前に、この時間になったらここに来るように伝えておいたのだ。待ち合わせよりまだ10分ほどあるはずなのだが、こういうところはやはり真面目だよな。
〈勇者〉のふたりは店の外装だけで目を輝かせて興奮していた。
特にリュウヤはすごくわかりやすかった。
「うおーっ、すげえ!!」
「ちょ、ちょっと、少しは落ち着きなさいよ。そりゃあ確かに凄いけど」
成人になったばかりのまだ子ども心が残っているのだろう。
連れてきた甲斐があると言うもの。
その中にイーニャが混ざっているのは放っておいて、シグマは慣れているのかいつも通り落ち着いている。ちょっとつまんない。
アカネは……早く入りたそうにうずうずしているのがわかる。
様々な反応を見せてくれるのを俺は楽しんだ。
「今夜予約していた、ノルンだ」
ウェイターに名前を言うと、一番見晴らしの良いテーブルに案内された。
「今日は俺の奢りだ。好きなだけ食べてくれ」
各々が運ばれてきた料理を手に取り、美味しそうに頬張る。
それからしばらく歓談を楽しんだ後、メインディッシュを食べ終えた辺りでリュウヤが真剣な表情で何やら考え込み始めた。
デザートは俺が合図をするまで出さないように伝えてある。
「――あんたにお願いがあるんだ」
俺の方に真剣な顔を見せて真っ直ぐと目を見つめる。
もしイーニャが相手なら「愛の告白か?」とか言えるのだが、あいにく男にそれを言える度胸は持ち合わせていない。
「何だ? 話を聞きこう」
もう一度俯いてから覚悟を決めたように顔を上げた。
「俺たちを……強くしてほしいんだ!」
こうなるだろうと予め内側からの音を遮断する結界を張っておいて正解だった。
ウェイターが料理を運んできたタイミングで話し始められたらどうしようと冷や冷やしていたぞ。
その時は記憶を消さなければならないからな。面倒はできるだけ避けるのが俺の主義だ……たぶん。
面倒事に自分から首を突っ込んでいく過去の自分の姿が脳裏を過った。
「強くしてほしい、か。それは自分の力量を理解していると捉えて良いのか?」
「……そうだ」
悔しそうに拳を握りしめながら答えた。
「〈勇者〉だとか“希望の象徴”だとか言われても、俺らはこないだまでただの学生だったんだ。それが、いきなり魔族と戦えなんて言われてできるわけないだろ」
「何も知らない子どもがいきなり戦場に立たされる。この世界ではよくある話だ」
シグマはどんな気持ちで彼らの言葉を聞いているのだろうな。
「あんたたちにとってはそうかもしれないけどよ、俺やカグラにとってはそれは異常なんだよ……」
俺の言葉に食い気味にリュウヤは意見した。
ずっと続くと思っていた日常を奪われてしまったら、腹が立つし恐怖も抱くし嫌になるよな。
「けど……けどよ、魔族に苦しめられてる人たちを見せられたらさ、俺たちがやるしかないってなったんだ。あんなにグロいと思ってなかったから、吐いちまったけどな」
苦笑するリュウヤの表情には弱々しさが漂っていた。
「――もとの世界に帰りたいとは思わないのか?」
ふと、気になったから訊いてみた。
「そりゃあ帰れるなら帰りたいさ。王様には魔族を滅ぼした暁には、とか言われたよ」
やはり帰りたいと思うのだな。
「まあ、帰れたとしても話を聞いちまった以上、ほったらかしにするのはどうも、な……」
後味が悪い。そう言いたげだった。
「カグラ、お前はどうなんだ?」
「私は……」
決めかねている、と言った感じだな。
巫女少女がもともと宿す優しさなのか甘さなのか。賢いカグラはそれが自分を苦しめているのだと知りながら、苦しんでいる者たちを放っておけないと思ってしまっている。
リュウヤも似たような心境なのだろう。
「シグマ。召喚の儀が何処で行われたかわかるか?」
「知っている」
「さすがだ。――ではもう一つの訊きたい。何故俺に教えを請う? 他にも強者はいくらでもいたはずだ」
俺を選んだ理由が知りたい。
何者かの策略なのかどうか探るより、本人たちの意思なのかどうかを直接訊いた方が早いと判断したのだ。
「なぜって……あんたが一番強いと思ったからだ。それと、カグラがあんたは他の人とは違うって言うんだ」
隣に座るカグラに目配せする。
意図を理解して頷いてから言葉を紡いだ。
「この世界に来る前から私は人のオーラみたいなものが視えるの。ノルンさん、あなたの色はとても綺麗なの。リュウヤと同じくらいに」
俺だけの特別な能力みたいなものではないと思ってはいたが、こうも早く対面するとは予想外だった。
アカネが俺の顔を見た。
こらこらー、そんな動きを見せたら俺も視えますと教えているのと道理だぞー。
しかし、興味深いのは、俺とリュウヤの色が同じように綺麗だと言う点だ。
〈魔王〉である俺と、〈勇者〉であるリュウヤがだぞ。
皮肉にも等しい例えだ。
「私たちが魔物と戦う時、誰も手伝ってくれなかった。そんな時、あなたは見ず知らずの私たちを助け、さらには助言までしてくれた」
「俺たちはさ、魔物と戦って経験を積むべきだって言われて城を追い出されたんだよ。旅をしてこの世界をもっと知れば〈勇者〉に相応しい心構えがどうのって。剣とか服を持たされてゴミみたいにポイだよ」
本当にまともな稽古をされていないのだな。
「じゃあ、自力で魔法を覚えたの?」
俺が言おうとしたことを代わりにイーニャが訊いた。
魔法は独学で使えるようになるのは相当難しいとされるからだ。
「レドさんって人が教えてくれた。城を追い出されてから、どうしようかと悩んでいた俺たちに声をかけてくれた人がいて、その人がレドさんだったんだ」
長い白髪の謎の青年だったらしい。両目は閉じているのに、まるでみえているかのように普通に歩いている。
そんな不思議な人物から軽くだが魔法や戦い方の指導を受け、挙げ句の果てには「水の都アクアゲインに行けば、もっと良い人が君たちを助けてくれるよ」と言われて今に至るわけだ。
――謎で不思議で怪しい奴の言葉を信じるなよな。
人差し指をこめかみに当てて呆れた。
「話に出てくるその良い人が俺だと」
「カグラが言うんだ。あんたに間違いない」
ここでふと疑問が湧いた。
「レドって奴はどんな色だったのだ?」
突然話を振られたカグラは若干驚いた素振りを見せてから首を横に振った。
「……なにも視えなかった。なにも視えないなんて初めてだった」