『手助け』
皆がお慕いする勇者様の見せ場を奪わない程度に手助けをするとしよう。
「おいっ、危ないぞ!」
少年勇者が忠告してくる。
ゆっくりと歩く俺を狙って〈ワイボル〉の2匹が突進してきていた。
ふむ、周りに気を配る余裕はあるようだ。
「〈封動〉」
その一言で〈ワイボル〉は羽ばたく手段を失い、俺の横を通過して地面へと激突する。
「よそ見している場合か? ほらほら、お前も狙われてるぞー」
「なっ――うわぁあっ!!」
「か、回復をっ」
少年勇者は〈ワイボル〉の突進を食らって吹き飛ばされ、さらに風魔法で身体中に切り傷を刻まれる。
巫女少女は回復魔法を使うが、上空から急降下してきている〈ワイボル〉はどうするつもりなのだろうか?
防戦一方とはまさにこの事だ。
残り6匹。〈勇者〉とはもっと一騎当千に優れるものだと思っていたが、単なる見かけ倒しだな。
このまま放っておけば死んでしまうかもしれないのに、騎士たちは……やはり加勢せずに見ているだけか。
〈魔王〉としての立場を優先するなら、はっきり言ってその方が良いのだろう。現状で弱かったとしても、未来で強くなる可能性を秘めている。何せ――〈勇者〉だからな。
「はぁ……」
目立たないように――やはりもう手遅れなんだよなぁ。
俺としたことがお節介を焼きすぎた。
だから今さら勇者を助けても状況は変わらないさ。
「グリムに怒られるかもな……」
指を動かして気流を操り、巫女少女に迫る〈ワイボル〉の軌道をずらして地面に刺さるように仕向けた。
いきなり落ちてきた魔物に驚いて体勢を崩す巫女少女。本当に素人でしかないな。
「どうしたー、お前は勇者なのだろう。この程度の魔物に苦戦するのかよ」
「うるさいっ。今倒すところだ!」
威勢は良いが、状況は良くない。
「お前が使える魔法属性は?」
「え、えっと……」
急に知らない人に声をかけられて戸惑いを見せる巫女少女。
「さっさと答えろ。あいつを死なせたいのか?」
「――っ。全部の属性に適性があります」
「おお、それは羨ましい」
“死ぬ”。その一言を聞いて息を呑み、俺の問いに答えた。
火、風、水、地、光、闇属性の全てに適性があるなど稀だ。
俺だって4属性しか適性がなかったのに、さすがは勇者様と言ったところか。
「よし。なら、回復魔法を止めて魔法による攻撃に切り替えろ」
「でも……」
「奴は男で、しかも勇者だろ。お前は自分のできることをしろ。少し傷を負った程度で簡単に死にはしない」
お腹を貫かれても生きている俺が言うのだから、説得力は充分にあるだろう。
そんな自信に満ち溢れた俺の言葉を聞いても、回復魔法を止めるのを渋る巫女少女。
生粋の非戦闘員が、急に戦場に送り込まれた時によく似ている。敵を倒すより、仲間を助けることを優先するのがまさに良い見本だ。
「――迷うな! お前のその迷いが、仲間を殺すと知れ!」
「うぅ……ああぁぁぁぁああああ!!!!」
どうするのが正しい。自分はどうするべき。どの選択をしたら良い。
葛藤の末に少女が選んだのは――
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「やればできるではないか」
火属性の魔法〈ファイアボール〉を半ばやけくそ気味に放ったのは悩みものだったが、ちゃんと〈ワイボル〉の1匹を撃ち落とした。
本人はその場にへたり込んだがな。もしかして魔物を殺すのが初めてだったのかもしれない。
さすがにこれ以上は不利と判断したであろう残りの〈ワイボル〉たちが逃げようと翼を羽ばたかせて飛び去ろうとする。
「待てっ……ぐっ、まだ、まだ終わってねえぞ!」
剣を地面に突き立てて体を支え、全身の傷から血を流しながらも諦めない姿勢なのは評価できる。
これは一つ貸しだからな勇者。
「形質変換、構成完了――突き出ろ」
勇者の前方の地面から上空の逃げる〈ワイボル〉目掛けて何かが発射されて見事に撃ち落とした。
「誇り高き王国の民よ。我らが勇敢な勇者様が、魔物を倒して見せたぞ!!」
俺がそう高らかに宣言すると、わっと歓声が沸き上がる。
「やっぱ、すげえぜ勇者様!」
「勇者様、サイコー!」
「ありがとよー!」
盛り上がる水の都の民や行商人たちに勇者ふたりは称賛されながら連れていかれ、俺のもとには騎士たちが近寄ってきた。
「貴様は何者だ」
「俺はただの冒険者さ。ほれ」
バッカスに渡された冒険者プレートを渡すと納得してくれたようだ。
「本物だな。だが勇者様の邪魔をするのは無礼だぞ」
「そのようで。手助けするつもりが助けられるとは面目ない」
俺に突進してきた2匹や、最後の逃げる〈ワイボル〉を仕留めたのも勇者のおかげだと説明すると、何故か誇らしげになる騎士たち。
「だろう。王国が誇る勇者様だからな、それくらい当然だ」
「おまえたち冒険者も、勇者様のように強くなるのだぞ」
「精進する」
確認作業を終えると何事もなかったように騎士たちは立ち去った。
「無事だな」
「当たり前だろ。あの程度の魔物に殺られるならここにはいない」
「貴様ではない、勇者の方だ」
一度思い切りぶん殴ってやろうかこの貴族騎士野郎。
騎士が去ったのを見計らい、イーニャたちが歩み寄ってきた。
「にしてもこいつら、ずっと思っていたが……魔物を前にしても堂々としてるよな」
馬車を引く2頭の馬、ベスタとレルカを撫でながら呟く。
旅の道中で何度も魔物との戦闘は経験済みだ。その度にこいつらの堂々たる佇まいには驚いていた。
普通は魔物に対して本能的な恐怖を感じるはずなのだが、そのような素振りは全く見せない。
もしかして実は凄い能力を秘めた凄い馬だったり……そんな都合の良い話はないな。
「俺たちも都に入ろう。王国一美しい街並みを拝見しようではないか」
水の都――アクアゲインに到着するなり、いきなり面倒事に付き合わされたのは仕方ない。今さらこういうのに文句を言っても始まらないからだ。
予定より旅が早く終わりそうなのは残念ではある。
それもこれも俺が色々とやり過ぎたせいなので、自業自得しか言いようがないのは悔しい限りだ。
当初は半年を想定していたのに、まだ1ヶ月程度しか経過していないこの状況で魔界に帰った日には、グリムに笑われるだろうな。
――おや、随分とお早いお帰りですね?
あの優しい笑顔で凄まじい皮肉を言ってくるに違いない。
もう少し旅を続けるための策を考えねば……。
「うぅむ……」
「どうしたの?」
イーニャが唸る俺の顔を覗き込んでくる。
「今後のことを考えると、先が思いやられるなとため息が出てな」
「それはれぐる――兄様が暴れるからでしょ……」
やれやれと手を振るイーニャ。
油断するとぼろが出そうになるこいつにだけは言われたくないのに、否定できないのがとてつもなく腹立たしい。
「まぁ良い。策はもう考えてある」
ここで接点が持てたのも何かの縁だろう。大いに利用させてもらうとしよう。