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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第四章 勇者邂逅
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『勇者』

「もぐもぐ……」

「なんでっ、なんでなの!?」


 今日の料理当番はシグマである。


 アカネのもぐもぐっぷりに嘆くイーニャ。


 イーニャの料理は相変わらず“頑張って”食べるのに対して、シグマのは普通に美味しいのか手に迷いがない。


「意外だな、お前が料理をできるなんて」

「長い間、屋敷で一人暮らしだったからこれくらいは当然だ」


 シャロンには負ける。そう付け加えて自分の料理を頬張る。


 イーニャは悔しそうに食べるも、やはり美味しいものには抗いたく頬が緩む。


 俺はシグマの肩に乗る、小竜に視線を送る。小さくなっているが、一応〈魔獣バルログナ〉には違いない。ひとまず周囲への影響を考慮して魔法で小さくしたものの、このまま何も起こらないとは言いづらいのが事実。


 〈魔獣〉はもともと魔物の“突然変異”とか“進化”とか言われているから、生態が似ているが別物である。


 存在自体が異常と言っても良い生き物であるが故、俺でも慎重になってしまう。


「問題なし」


 魔力の揺れや体調を綿密に確認するのが最早日課となりつつあった。


 シグマには伝えていないが、もしバルログナが再び暴れる――制御不能な状態になった場合、とある魔法が自動で発動するようにしてある。


 原動力がシャロンのシグマを失うのは忍びないので、こうして俺がわざわざ手を煩っているわけだ。


「兄様、次はどこに行くんだっけ?」

「あ? あぁ、水の都――アクアゲインだ」

「なぜすぐに王都に向かわないんだ?」


 イーニャの問いに答えると、お次はシグマが訊いてくる。


「俺たちの目的はあくまでイーニャの絵を描くこと。王国なんぞ関係ないのだよ」

「優雅なものだ。こうしている間にも、人々が王どもに搾取されているというのに」

「当たり前だろ。お前が危惧する事態や、行おうとしていることを蔑ろにするわけではない。俺には俺の優先順位があるのだ」


 まだ反論しようとするが、シグマの肩に乗る小型バルログナが可愛らしい鳴き声で諭した。


「わかった。貴様の指示に従おう」


 渋々引き下がるシグマに、もとからそういう関係だっただろうが。そう思ったのは言わずもがなだ。


「水の都、王国内でもかなり綺麗な場所だと聞く。それともう一つ、アクアゲインに行くには目的がある」

「……」


 首を傾げるアカネ。何だろう、いつもより可愛く見える。


 あー、俺の血を飲んだからお肌が艶やかになっているのだな。シグマと仲良くする条件として、皆が寝静まった真夜中に血を捧げたのだ。


 決して眷属になったとかそう言うのではない。ないからな。……ないよな?


 それはともかく、シグマの料理は普通に美味しかった。


「王国で召喚された〈勇者〉が丁度今滞在しているらしいのだ」

「そういうことね」

「……」


 俺が〈魔王〉である事実を知っている女子ふたりは頷き、


「どういうことだ?」


 それを知らない序列4位(シグマ)は首を傾げた。こいつの首傾げには全然、ミリもドキドキしないな。わかっていたことだ。


「お前が原因と言っても過言ではないのだぞ。〈勇者〉は王国の連中によって対魔族用として召喚された異世界の民だ」

「私も知っている。近々、大規模な魔界進軍を計画しているとも」

「まぁ、進軍がどうのはさておきだ。王国の戦力には変わりない。つまり国王や貴族連中に楯突くとなれば、正義の〈勇者〉様が黙っていないだろう」


 召喚魔法について文献でかなり調べたが、俺のように記憶喪失になる例は稀らしい。だから〈勇者〉はもとの世界の記憶を持っているだろうから、そこを揺さぶる精神攻撃とかすれば何とかなるのではと考えている。


 悪魔や魔物ならまだしも、人間ならやりようはいくらでもある。


 相当な馬鹿か天然でないことを願うばかりだ。


「なぁシグマ。お前は勇者について何か知らないのか? 性別とか強さとか……」

「もちろんそれも知っている。此度の勇者召喚の儀では、2人の異世界人が呼び出された。成人してまだ間もない若い男女だ」


 ちなみに、この世界での成人年齢は16歳である。


「活発な少年と、大人しそうな少女だった」

「活発……もしかして馬鹿ではないよな?」

「いや、あの様子は相当なバカだ」

「おぅ……」


 どうせあれだろ。世界を救え勇者、的なことを国王に頼まれ、この世界を救えるのは俺だけだ、とか堂々と言ってのける奴だろ。


 嘘を平気で信じる、疑うことを知らない奴だ。逆にその方が利用しやすいと考えるべきかな。


「そうか。勇者たちを世界に馴染ませるために旅をさせているんだった。そして今いるのがアクアゲインということか」

「ようやく追い付いたか。遅いわ」

「貴様は言葉が少ないんだ。察する身にもなれ」

「頑張って拾うのだな」


 小さな言い合いは日常茶飯事だ。今に始まったことではない。


 アカネが加わっただけでもイーニャがうるさくなったのに、さらに増えれば騒がしくもなるだろう。




 ◆◆◆




 現在地、水の都――アクアゲインの正門前。

 行商人たちが列を作って並んでいるのを狙って、〈ワイボル〉と呼ばれる〈ワイバーン〉の劣等種が襲いかかっていた。


「とおっ!」

「ちょっとリュウヤ、はしゃぎすぎ!」

「はぁあっ、せい!」


 それに応戦するちょっとお金持ちな冒険者風な格好をした少年と、珍しい見た目の服装をした少女。


 少女のあの服装……たしかコジュウロウタが〈和服〉だの何だのと言っていたものによく似ている。あれはその中でも希少価値が高い〈巫女〉のみが着ることを許される衣装だったような……。


 まあとにかく、そんな場面に俺たちは遭遇してしまった。


「なぁシグマ。お前は勇者を見たのか?」

「もちろんだ」

あれ(・・)ではないよな?」


 猪突猛進に〈ワイボル〉に突進していく少年を指差して問いかける。


「…………」

「答えたまえ、シグマよ」

「――あれだ」


 深呼吸をしてから意を決して答えた。

 お金持ちな冒険者風な少年を物凄く睨み付けながら……。


「アカネ。あんな馬鹿にはなってはならぬぞ」

「……」


 コクンと頷いて純粋で潤う眼差しで高らかに雄叫びを上げる〈勇者〉らしい少年を眺めた。


 無駄な掛け声はさておき、行商人たちより目立っているため、良い囮にはなっている。それに空を飛ぶ〈ワイボル〉にちゃんと対応していることから、強ちただの馬鹿でもないようだ。


 俺ならあんなに時間はかけずに一瞬で終わらせられるが、力量を見定めるとしよう。しばらく安全な距離から〈勇者〉のふたり対〈ワイボル〉8匹の戦いを眺めた。


「わ、わ、わ、危ない――ふぅ」


 イーニャはさながら見世物の試合を見ているようにハラハラドキドキとしながら楽しんでいる。


 行商人や駐屯騎士たちが「勇者様ー!」と盛り上がっている様子から、少年と少女が勇者なのは知れ渡っているようだ。


 だからなのか騎士たちも手出しをしようとしない。


「あれは……」

「気付いたか」


 わざと手伝わないのだ。あの馬鹿――〈勇者〉が「手出し無用!」とか格好つけている可能性も否めないが、恐らくは国王や五老公から命令が下されているのだろう。


 〈勇者〉の成長のために瀕死の危機に陥った場合のみ助けることを許可する。


 細かいのはさておき、おおよそそんなところだろう。


 リュウヤと呼ばれた金持ち冒険者少年が敵を掻き乱す前衛。

 珍しい見た目の服装少女が補助、後衛の役割なのだろうが……正直な感想を言わせてもらうなら素人にもほどがある。


 ちゃんとした稽古や戦闘訓練を行っていないのが丸わかりだ。


 ――代えはいくらでもいる。


 まるでそういう考えを隠すつもりがないかのようだ。


「――嫌いだな」

「同感だ」


 俺の呟きにシグマが同意した。


「お前はここでふたりを守ってくれ。俺が行く」

「……フッ、いいだろう」


 俺がふたりを任せるとは思っていなかったのか、キョトンとした表情を見せる。


 そうでも言わなければ、お前が動いたくせに。


 正体がバレないように目元に仮面をつけているから、今は口元しか見えなくなっている。無断で任務を放り出したのだ、当然の処置と言えよう。


 この仮面は俺の趣味ではなく、バッカスが用意してくれたものだ。俺が選んだわけではないが、個人的にはかなり気に入っている。


 女子ふたりの反応がいまいちだったのが謎だ。


「行ってくる」


 軽く手足を動かしてからそう言った。


「いってらっしゃい。目立ちすぎないでね」

「もう遅いな――」

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