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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第一章 召喚されし魔王
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『召集』

 レグルスが立ち去った後、リルの弔いと事後処理を行うグリム、メイド長マグリノ、ネイレンは会話などをせずに黙々と作業を行った。


 だがそんな沈黙を破ったのはネイレンだった。


「なぁ、グリム兄。リルはどうして死んだんだ?」


 声が震えていた。それでも必死に抑えているのがわかる。


「……」


 ネイレンは子どもと言えど賢い子だ。魔族の本能や人間たちの立場、種族間の交流などは既に把握している。それでも少年は問いかけた。――なぜ、と。


 頭では理解しながら心は納得していないとグリムに訴えた。少ない言葉から心情が察するのが可能になるほどの時間を彼らは共に過ごしてきた。


 故にリルを失った悲しみも辛さも怒りも伝わるし、グリム自身も似た感情を抱いている。


 落ち込む少年にどんな言葉をかけてあげれば良いのか考えた。


「魔王は……レグルスは何をやってたんだよ!」


 やってきたネイレンに言葉をかけることなく立ち去ったレグルス。


 誰かに責任を押し付けなければ、誰かを悪にしなければ心が保たない。賢くてもまだ幼い少年は現実から目を背けようとしてしまう。


 だから親代わりとして子どもたちを育てると誓ったグリムは責任を果たすべく手を下した。


 パシンッ。


 乾いた音が周囲に響き渡る。


「君は何も見えていない。あれを見なさい」


 痛む頬に片手を添えながら、グリムが指差す方へ促されて視線を向けると、血が何滴も落ちておりとある方向に続いていた。


「レグルスのだよ。あれは恐らく、本人も気付いていない」

「それってどういう……」

「血が出るほど拳を強く握りしめたのさ」


 それまで黙っていた答えを出せないでいるネイレンにマグリスが説明した。それを聞いて確認のためにグリムの方を向くと彼は頷きを返して肯定する。


「新しい魔王様は、お優しい方のようだね」

「ええ、とても」

「じゃが……あんたはまだまだだよ、グリム。要領が良いあんたでも、親としては全然未熟者だ」


 反論できずに苦笑を返す。


「ごめんよ、グリム兄」

「いや、私こそ叩いて悪かった。痛くはなかったかい?」

「痛かった、ちょー痛かった。……でも、リルに比べればこんなのへっちゃらさ」


 へへっと空元気な笑みを浮かべるネイレン。


 過程はどうあれ、レグルスの見込み通り少しは精神面の成長があったようだ。


「にしても、こんなに血の匂いがすれば魔族が集まってくるはずなのに誰も来ないなんて、グリム兄が何かしたの?」

「私は何もしていない。理由ははっきりしてるけど」


 言うが先か、グリムはちらりとマグリスを横目で見た。


 誰もが恐れる通称〈鬼のメイド長〉ことマグリス・ウルズベルト。3代目魔王に命を救われた恩義で城のメイドとして仕えて数千年。

 メイドとしての能力の高さ、礼儀作法や所作など様々な面において活躍する古参の一人。


 彼女に叱られたら恐怖で一生忘れられないとトラウマになった者や、過去に「ババア」と呼んだ魔族が消えたなど噂も絶えない人物である。


 ちなみに治癒魔法に関しても一流の使い手で、昔は前線にて戦いで負傷した者たちの治療もしていた程の実力者でもある。


 そんなこんなで肉体の損傷を修復するのと護衛の意味も兼ねてマグリスを選んだレグルスの人選に素直に称賛を送るグリムだった。


「それに今回の件、レグルスは犯人が誰か目星がついているみたいだ。だからネイレン、レグルスを信じてみないか?」

「グリム兄がそういうなら仕方ない。ちょっとは信じてやるよ」


 一時間もかからない内に終わり、残されたのは棺を何処に埋めるかだった。魔界では何処に埋めたとしても掘り起こされてしまい、骨も残されないだろう。


「やっぱりあそこしかないな」


 グリムとネイレンが思い浮かべた場所は同じだった。ふたりは結界に守られるあの部屋へと棺を担いで足を進めるのだった。



 ――彼らには気付かれないように、レグルスに頼まれたフィーネが護衛として気配を消して密かに見守っていた。その甲斐あってリルはあの自然に囲まれた部屋で無事に埋葬された。




 ◆◆◆




 城下町に降りて目的の場所へと足早に向かう。途中妙な違和感を感じて手のひらを見てみると血で染まっていた。リルの血には触っていないはずなのにな。


 手のひらの血を確認すると、まるで待っていたと宣言するかのように痛みが伝わってきた。


「痛い……」


 そこで理由がわかった。これは俺の血だ。いつの間にか爪を食い込ませて血が出るくらい握りしめていたのだ。


 ふっと鼻で笑った。俺はどうやら怒っているらしい。


「――さてと」


 首を振って気持ちを切り替える。感傷に浸るのは後でいい。俺がここに来た目的を思い出せ。


 城にいるメイドたちは噂話が好きで良き情報源となってくれた。特に城下の情報が直接向かわなくても手に入るのは大いに助かった。


 俺がこうして真実にたどり着けるのも彼女たちのおかげだ。褒美とか与えた方が良いんだろうか。またグリムに相談しておこう。


 あっちはフィーネがいれば大丈夫だろうし、集中できるのはありがたいな。


 グリムやマグリスがいるとしても、安全とは言い切れない以上は別の手を打っておく必要があった。それが隠密護衛フィーネである。


「――ここだな」


 何の変哲もない一軒の宿屋の裏手にたどり着いた。


 この世界の全てのものには魔力が宿っている。もちろん生き物も例外ではない。というか、いくつか例外はあるが、生き物の方が宿す魔力は圧倒的に多い。なので意識を集中させれば、外からでも建物内の人の数や動きが把握できるわけだ。


 探知魔法を使えば広範囲の索敵も可能らしいが、また必要な時にでも試すとしよう。


 当然そんな探知に対して対策の魔法が存在する。更に対策の魔法がなどと数は切りがない。


 まるでいたちごっこだ。


 俺は面倒なことに真面目に付き合うほどお人好しじゃないのでな、既に条件は満たしている。目的の人物はどうやら動き出すつもりのようだ。


 残念ながらそうはさせない。

 この様子だと俺の存在に気付いていないのか。


 そりゃ当然か。面倒なことに付き合わない代わりに面倒なことをしているのだから。そのせいで町行く方々の目に俺は見えないし気付かない。


 〈隠蔽術(トレース)〉と呼称される文字通り隠れるための魔法。初歩の初歩の魔法なので、ある程度の実力者には見えるし気付かれる。


 しかしここまで迫っても反応がないとなると、実力はたかが知れている。かといって油断するのは命取りだ。魔界に潜入するくらいだもんな。


 どうしたものかと悩んでいると、2階の窓から外へと飛び出した。さすがは潜入者、なかなかの速さだ。フィーネと比べれば全然だけどな。


 では、追いかけっこの成果を見せるとしますか。……そう決してイチャイチャしていたわけではない、追いかけっこをしていたのだ。


「よっと」


 身体能力を〈強化(ブースト)〉でまたまた文字通り強化して追いかける。


 フードを被っているせいで顔が見えん。もとより後ろからだし、フードがなくても見えん。


 屋根から屋根へとなんともアクロバティックでスタイリッシュな動きで進んでいくものだから追いかけるのも一苦労……なわけがなく、余裕でついていけた。


 ホーグドリアに向かう前に提示報告ってところか。まぁ、行かせないがな。


 一気に距離を詰めて横に並んで一言。


「こんにちは」


 やはり最初は挨拶だ。


「――っ!?」


 驚いて足を踏み外す潜入者。空中で一回転しながら体勢を立て直して俺との距離を取る。


 踊り子のような見事な動きだ。……でも隙だらけなんだよな、簡単に()を仕込めた。


「駆けよ――〈瞬速(ソニック)〉」


 一瞬で距離を詰めて腹へと一撃をお見舞いする。そのまま俺の腕に体重を預けてくる潜入者。気絶させることに成功したみたいだ。


 しかし、この程度なのは拍子抜けも良いところだ。警戒していた俺が馬鹿みたいじゃないか。


 とりあえずこいつの寝床の部屋に戻るとしよう。


 気を失った潜入者を肩で抱えて、一旦戻るために踵を返した。




 ◆◆◆




 玉座の間には集められた、バルムを除く〈八天王〉の7人と、前魔王フレン、そしてグリムがある人物の到着を待っていた。


「すまない、待たせたな」


 扉を勢いよく開けて、肩に一人抱えたまま、俺登場。


 疑問やら何やらの思いを込めた視線が俺に集約する。それぞれの思案は気にせず、ずかずかと前を歩いて玉座に座る……前に肩に抱えた人を下ろしてから座った。


「遅かったな」

「情報収集に手間取ってな」


 隣に用意したもう一つの玉座にはフレンに座ってもらっている。まだ頼りたいことが山積みであるので、部下と言うより同僚みたいな立場でいてほしいからだ。


「集まってもらった理由は他でもない。もう耳にしているだろう、子どもが一人殺された件……も含まれている。本題は貴様らの中にいる“裏切り者”をはっきりさせるためだ」


 静かな動揺が〈八天王〉たちの間を駆け抜ける。バルムがいないから7人だけどな。


「レグルス陛下、それはいったいどういうことですか?」

「言葉のままだ。ここにいる者たちの中に、人間たちと内通している愚か者がいるんだ。俺としては自分から名乗り上げてくれた方が楽なんだが……」


 質問してきた一人に口角を上げて返答する。反応を窺うべく全員を見渡したが、名乗り出るつもりはないらしい。犯人以外の〈八天王〉が報告したりとかを期待したのに買いかぶりのようだ。


 いや、これは気付いていながら見逃しているな。ご丁寧に俺を試してやがる。


 わかったわかった。お前たちの期待に応えてやるよ。なんたって俺は“魔王”だからな。


 玉座から立ち上がり、


「名乗り出たら罰は軽くしようと考えていたのに無駄のようだ。じゃあ条件を付け加えよう。俺と魔王の座を懸けた決闘を行う許可を与える。勝敗はどちらかが降参するか、死ぬまで。さーて、これでどうかな?」


 揺さぶりをかけてみる。俺の予想ではこれなら乗っかってくると思うんだよな。


 予想通り効果覿面だ。建前もあるから頑張っているようだが、握りしめた拳がわなわなと震えて口もへの字だ。


 ふっと思わず鼻で笑ってしまう。


「俺はな、実は面倒事は嫌いなんだ。さっさと出てきてくれよ――ベルグス・インドクトルさんよ」


 名前を呼ぶとキッと鋭い眼光が俺の方を向く。同時に何人かがベルグスの方を向いた。


 奇しくも俺がこの世界で初めて剣を向けられた相手だ。


「まさか、お前が?」

「裏切り者はー、ベルグス君なのー?」

「貴様ッ、よもやここまでの狼藉を働こうとは。裏切りには覚えがないが、受けた屈辱は張らさねばならん。決闘に受けて立ってやる!」


 剣を抜くベルグス。


 俺は思う、こいつは正真正銘の馬鹿だ。

 魔王の座を狙っているのが丸見えだ。魔族と言えど誇り高き〈八天王〉の一人なのに欲に忠実過ぎる。


 そもそも人間側の潜入者――もといスパイが捕まっているのだから言い逃れはできないだろうに、未だに違うと嘯くなんて、この人間を信頼しているのか救いようのない馬鹿なのか。果たしてどっちなのか……。


 呆れてため息が出てしまう。


「ベルグス、お前が負けた場合、どうなるか承知の上だろうな?」

「俺が貴様ごとき人間に負けるはずがなかろう!」

「承諾していると受け取ろう。審判は――ルシフェルトにお願いするよ」


 ルシフェルト・ウェルテクス。通称――〈堕天の皇〉と呼ばれるバルムと並ぶ最強格の一人で、初代魔王の代から仕えている最古参だ。


 フレンやグリムとは親しい間柄でふたりには“ルシファー”と呼ばれている。俺も早く呼べるようになりたいものだ。


 飄々とした雰囲気や嫌みな言葉選びで本心が掴めない人物として、魔王軍の中でも苦手意識を持たれまくっているらしい。逆にそこが良いと密かなファンもいるとかいないとか。


 俺が指名するとは思っていなかったらしく、一瞬だけ驚くもすぐにいつものニヤケ顔に戻り承諾した。


「イイよ。やったげる。準備はもう済んでるね。じゃあ――始め」


 ルシフェルトが始まりの合図を気だるそうにやり、俺とベルグスとの命を懸けた決闘が開始する。


 あちらは真剣。こちらは訓練用の木製の剣。果たして結果や如何に――。

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[一言] 情報収集に戸惑ってて草
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