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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第四章 勇者邂逅
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『退屈』

 〈魔国グランベルディア〉の中心に位置する、魔王の城――デーモンパレスの中庭にて、美しい長い白銀の髪の少女がぼんやりと雲に覆われた空を見上げていた。


 しかし、空を見つめる真紅の双眸には何も映らない。


「フィーネ様、どうかなさいましたか?」

「グリム……」


 小さな背中に声をかけるのは、旅立った現魔王レグルス(ノルン)の世話役を前魔王のフレンから仰せつかった者――グリムである。


 少女は背後の世話役に“わかっているくせに”と言いかけてやめた。


「レグルスがいなくなってから退屈そうですね」


 言葉は返さず、代わりに少女――もといフィーネはそっぽを向いた。白銀の絹糸のように艶やかな長い髪が風に(なび)く。


「今はどこにいるの?」


 少女の口から出た問いかけに、驚いてから微笑みを浮かべるグリム。ここにいる自分が魔法による分身であるとフィーネはお見通しなのだ。


 その小さな体に秘められた力を改めて実感させられた。フレンですら気付かなかった魔法を意図も容易く見抜いたのだから、グリムの反応も頷ける。


「冒険者の都――パラディエイラにいます。襲ってきた〈魔獣バルログナ〉を鎮め、その主にすら敗北を与えました。そういえば、〈紫電一刀流〉を使用していましたよ」

「……そう」


 グリムにはバレないように、嬉しそうに微笑みを浮かべた。


 レグルス(ノルン)が使用した〈紫電一刀流〉の原型――〈紫電八刀流〉の使い手は他でもない、フィーネである。彼女が特別に一度だけを見せたのを知っていたグリムはあえて知らせたのだ。


「いけませんよ」

「なにもしてないわ」

「レグルスのところに行こうかなー、とか考えていたのではありませんか?」


 分身を見破られたお返しと言わんばかりに、フィーネの密かな企みを読み取った。


「わたしには許されないわ」


 生まれてから退屈な日々を過ごしてきたフィーネにとって、レグルス(ノルン)は新たな風を吹かせてくれたきっかけになった。そんな彼が突然旅をすると言い出した時は、叶うなら一緒に行きたいと思ったものだ。


 しかし彼女とて夢を抱く少女であっても魔王の一人娘、立場を無視した勝手な行動をするほど愚かではない。


 だから代わりにこう思った。――煩わしい。


 〈魔王〉となりながらも自由奔放なレグルス(ノルン)が羨ましいと思ったのは言うまでもない。彼との邂逅で、退屈から抜け出したい気持ちが高まったのもまた事実。


「――ですが、あなたは前魔王陛下フレン様のご息女です。元来魔王とは、レグルスのように自由なくらいがちょうどいい。そう思いませんか?」


 グリムの言わんとしていることを理解して、フィーネは呆然としながらゆっくりと振り向いた。


 まさかグリムが自分を焚き付けるとは思っていなかったからだ。


 “魔王とは元来自由である”の言葉の真意をフィーネは持ち前の頭脳で容易に読み取り、若干悩む素振りを見せてから意を決したように顔を上げた。


 本当に良いのかと真面目に悩む様は、まだまだ年頃の少女なのだと実感させた。


「ありがとう、グリム。ー行ってくる」

「はい。いってらっしゃいませ」


 もはやそれ以上の言葉は不要。


 少女は魔王の城をあとにする……前に旅の支度のためにメイド長のところへと赴いた。グリムの手配で既に終わっていたおかげですぐに旅に出ることが叶った。


 残されたグリムは、フィーネがそうしていたように空を見上げた。


「我が娘を(たばか)りよって……」


 影で見守っていたフレンが、フィーネが行ったのを確認してからバルムと共に姿を現した。


「これはこれはフレン様、いらしたのですか」

「フィーネ同様、気付いておったくせによく言うわ」

「良いではありませんか陛下。フィーネ様のあんな嬉しそうなご尊顔を初めて拝みましたぞ」


 皮肉を言うフレンに透かさずグリムの助太刀をするバルム。


 これにはフレンも確かにと納得せざるを得なかった。いつも素直に退屈そうに何処か暗い表情を浮かべていた一人娘が、優しい笑みを見せてくれたのだ。父親としてこれほど嬉しいことは滅多にあるまい。


 魔王として人間から畏怖される存在であろうと、フレンとて一人の父親なのだ。娘の成長に喜んではいるのだが、やはり複雑な心境であった。


「あの方なら心配ありませんよ」


 そんなフレンを励ますグリム。微笑みかける世話役に対して、父親は唸りを返す。


 もちろんフィーネの実力は知っている。魔界でも5本の指に入るほどだから負けたりするなどの心配はしていない。


 料理もメイド長に教わっているらしいからできるだろうし洗濯も同じだ。いつお嫁に行っても構わないくらいの自慢の娘だ。――当然まだ嫁になどやらんがな。


 そんな完璧超人にも思えるフィーネにも、ただ唯一と言っていい欠点がある。


「陛下、何か気になることでもあるのですか?」


 眉をしかめるフレンに問いかけるバルム。


「我が娘は確かに強いし非の打ち所のない奴だ。だが……だがな……とてつもなく道に迷いやすいんだ」

「あー、言われてみれば思い当たる節がいくつか……」


 ため息混じりのフレンの言葉に同意するグリム。バルムはまさかと信じられない様子である。


 現にフィーネが城内で迷っているのをバルムは見たことがない。


「皆に気付かれないように隠れながら必死に覚えさせたからな。城だけで何年かかったことか……」


 こんなにも項垂れるフレンを見るのは、グリムとバルムのふたりにとって初めての経験であった。


 いつも堂々とした立ち振舞いで魔族を導いてきた前魔王陛下の新たに貴重な一面を垣間見れたのは、仕えていて何度でも味わって良い感覚だ。


「大丈夫ですよ、フレン様。既にもう……手遅れです」

「なんだと!?」


 不意に来たグリムの言葉に驚愕を露にするフレン。ここまで良い反応をされるとついからかいたくなるのが世話役の悪いところである。


 しかし真面目に答えましょうと微笑して話を続けた。


「隠れていたとは言え、共にレグルスを見送ったのですが……なぜか逆方向から出発してしまいました」

「あぁっ、フィーネー!」

「陛下、どうか落ち着かれよ。父親として自身の娘の門出を祝うべきでしょうぞ」


 荒れ狂うフレンに、穏やかながらも厳粛な態度でバルムは進言した。


「そうだな、お前の言う通りだ。ここで嘆くのは父親てして相応しくないな」


 古くからフレンに仕えるバルムだからこそ、心に響くものがあったのだろう。


「それにしても、本当にレグルスは影響力があります。あの大人しいフィーネ様を自ら行動させるなんて思いもしませんでした」

「グリムよ、駆り立てたの間違いではないか?」

「言葉選びは難しいです」


 ひらりと皮肉を躱わしてからフレンとバルムに一礼して、グリムはその場をあとにした。


「相変わらずの飄々ぶりだ」

「ですが、彼の言うことも一理あるのではありませんか?」

「悔しいがな。同族である魔族にすら恐れられる我々に、あだ名をつける度胸がある奴などどこにいようか」


 決して怒ってはおらず、むしろ表情は明るく嬉しそうだった。


「別世界の民とはみんなああなのか?」

「人間側の勇者を見てから判断いたしましょう」

「ああ、そうしよう」


 一度空を見上げてから視線を落として魔国を見渡した。


「“魔王は自由である”か」

「陛下も旅をしたくなったのですかな?」


 バルムの問いにキョトンとした顔を見せ、次の瞬間には声を上げて笑った。


「ハッハッハッ。童心を思い出したのだよ。いやはや、本当に面白い奴を召喚したものだ」

「未来に希望を抱かせてくれる、そのような人物でひと安心ですな」


 前魔王陛下と漆黒の剣聖のふたりが立ち並ぶ光景は、通りすがりの魔族全員に二度見するのを強いたのだった。

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