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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第三章 命懸けの冒険者
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『図々しい』

 ――話がある。


 情報屋と別れてからギルドに戻ると、受付嬢に呼び止められてそう伝えられた。言伝の主はシグマだった。


 それでシグマとシャロンと言う人物の過去を聞いた。


 他にも訊きたいことはある。特にあの爪魔物についてとかだ。


 都の奴らはすぐにでも必要とする情報だろうが、残念ながら俺にとっては取り急ぎの用ではない。


 だから俺は言いたいことを言わせてもらおう。


「心意気は立派と言えるかもしれないが、お前は自分の愛する者に、手を汚すことを強要したわけだ」

「なんとでも言え。私は必ずあいつらを殺す。そして、王国を変えてみせる」


 強い決意に満ちた眼差しだ。


 自分の決断が正しいと心の底から信じているのだ。


「もはやシャロンは人にはなれない。だが、彼女のように辛い思いをする人を減らすことはできる」

「――お前さ、それ、本気で言っているのか?」

「当たり前だ。腐りきった一部のしこりを取り除けば、王国は正しい道を歩めるようになる。私は王国の民を信じている」


 ため息が出る。


 真面目だ。

 それで頑固でもある。


 もう一度ため息をつく。


 こういう奴には何を言ったって考えを変えたり改めたりはしないだろうが、一応聞いてしまった身としては言わざるを得ない。


「そのクズ野郎共を始末しただけで、本当に平和が訪れると? 笑わせるなよ、あり得ないだろ」

「やってみなければわからない」

「そうだな。やってみなければわからないだろう。その過程でどれだけの犠牲が出るか考慮していないのだから」

「それは……!」


 反論しようと身を乗り出すのを、手を翳して制止する。


「平和を求めるのは結構。お前が目指すのは皆が幸せだと笑える絶対的な平和だ。だがな、皮肉にも人間と言う欲望の塊たる種がいる限り、それは訪れないと断言し得よう。何故か――人は弱いからだ。己の弱さを克服したり、受け入れたりする者もいるだろうが、果たしてそんな難業が人間全員に成し遂げられるか?」


 シグマにではない。これは自分に言っているようなものだ。


「お前は目指す平和を手にいれるために、どのような選択を行った? そうだ、俺と言う“力”を、強さを求めたのだ。反論があればいくらでも聞こう。俺はそれを上から捩じ伏せるがな」


 俺は試している。シグマの覚悟が揺るがないものかどうかを。


「ならば私はどうするべきなんだ。何が正しいんだ、などと言わせる気か?」


 シグマは苦笑を見せた。


「反論はない。私はただ行動するのみ。……それが答えだ」

「悪くない。嫌いではないぞ」


 ならもう一つ訊かねばなるまい。


「お前は、これからどうするのだ?」

「王国へはもう戻らない。もはやあそこに私の居場所はない。貴様は旅をしていると聞いた。それに同行するつもりだ」


 真面目な顔で平然とした態度で答える。


 別に答えるのは構わない。何の返事もないよりは良い。だが……だがな、俺たちの旅に同行するとはどういうつもりもだ?


「断る。お前なんぞいらん」

「貴様が王国の内情を探っているのは知っている。私ほど適任はいないだろ」


 認めるのは癪だが、確かにシグマの言うとおりだ。


 王国の中身の情報は少しでも多いのが望ましい。


「……部隊の連中はどうするつもりだ? 」

「このまま、ニステア村に受け入れてもらおうと考えていた。コジュウロウタ・スメラギほどの武士ならば、大切な部下を託せる」


 最初からそのつもりだったわけだ。


 この様子だと、鈴を鳴らさせる必要はなかったかもしれないな。


 嘘はついていない。本当に自分の過去を話し、本気で俺たちに同行しようとしている。断ったところでこいつは勝手についてくるに違いない。


 容易にその光景が目に浮かぶ。


「はぁ……わかったよ。ただし条件がある」

「甘んじて受け入れよう」

「まだ言ってない」

「贅沢を言える立場ではないのは重々承知している」


 贅沢の代わりに面倒なわがままを言われているのだがな……。


「とりあえず聞け。イーニャとアカネに手を出すな。もし手をだし――」

「私はシャロン一筋だ」


 堂々と胸を張りながら一途さを宣言してきやがった。


 気にしたら負けだ、構わずに続けよう。


「王国のクズ野郎共を殺すかどうかは一旦保留にしろ。旅に同行する以じょ――」

「別の方法が出るかもしれないと言いたいわけか。仕方ない、それも構わない」


 何故お前が上になっているんだよ。この場合は俺が上だろうが……!


 駄目だ。こいつのペースに呑まれてしまう。


 気にするな。気にしては駄目だ、俺よ。


 自分に暗示のように言い聞かせてなおも続けた。


「俺の命令には従え」


 ふははは、どうだ。これならば遮れまい。


 我ながら何に誇らしげになっているのか……。


「貴様の命令に?」

「不服か?」

「本当に良き未来に繋がるのならだ」


 提示する条件に自らの条件を出してきやがった。


 俺はどうしてこんな奴を助けてしまったのか、思わず過去の自身の選択に頭を抱えて後悔する。


 いや、何らかの理由があるのだろう。実際、シグマの実力なら即戦力になり得る。


 アカネはともかく、イーニャが戦闘には役に立たない。そこを補ってくれる奴は大歓迎だ。


「それはお前次第だ、シグマ・セイレーン」

「誤魔化されよう」


 いちいち鼻につく言い方をするのに、俺は慣れるべきなのか……。


 ふとした疑問を抱きながら最後の話に繋げた。


「最後は条件ではなく、単なる問いだ」

「答えよう」


 王国の貴族だから、〈王国の守護者ナイト・オブ・レギオン〉だから訊くのではない。


 シグマ・セイレーンが“人間”だから問うのだ。


「お前の()は国王と五老公か、それとも――魔界の民(魔族)か?」


 さすがのシグマも驚きを見せる。まさか俺がこんな問いかけをしてくるとは思っていなかったのだろう。


 当然だ。シグマは今、国王や五老公が諸悪の根元として話をしていた。なのに全く話題にも上がらなかった〈魔族〉が出てくれば、このような反応を見せるのはごく自然な反応なのだ。


「その問いかけの真意を訊きたいが、答えてはくれないのだろうな」

「当然だ。お前が今言葉にした通り、問いかけているのはこの俺だ。お前に与えられた選択肢は、答えるか答えないかだ」


 俺から目を逸らして俯き気味になる。考えを整理しているのだろう。


 ただの国民に訊けば、迷わず〈魔族〉だと答えるであろうその問いへの返答。人間ならばそう答えるのは当たり前とも言えるものがシグマ(こいつ)にとっては、悩むほどの重要な案件なのだ。


「敵……皆の幸福を虐げる輩、それが私の“敵”だ」

「皆、ねえ……。曖昧な表現をしやがって」


 熟考した挙げ句に出た返答ははっきりとしていなかったが、シグマにはそれで十分なのかもしれないと思った。


 決断が早いのは悪いことではない。かといってそれが良いことかと訊かれたら、断言はできるだろうか。答えは――否だ。


 考えなくてもわかる。


 シグマが言った――やってみなければわからない。まさにそれに尽きる。


 未来を知る術があり、それを使ったとすれば話は変わってくるが、少なくとも俺たちにそんな神秘的な力は備わっていない。精々、起こるであろう事柄を予測する程度だ。


 だからシグマの返答は良くも悪くも妥当なものなのだ。


 勝負をした記憶はないのに、してやられた気分になる。


「同行を認める。変な真似をすれば即座に消す」

「望むところだ。そうと決まれば、部下たちに会いたい。ニステア村に連れていってくれ」


 手を差し出して村に連れていけと図々しく所望するシグマ。


「怪我を治すことが先だ、馬鹿者が」

「治った」

「子どもかっ。命令に従うのではなかったか?」

「……ちぃ」


 文句をふんだんに込めた「ちぃ」を聞かされた俺は、こいつを叩き斬っても罪には咎められないだろうか?


「魔獣騒ぎで都は大忙しなのだよ。その手伝いが先だと言っている。魔獣についても調べなければだし、俺はやることが多いんだ! 怪我人はさっさと寝て傷を治せ!」


 バタンッと勢いよく扉を閉めて部屋を後にする。


 ギルド内に響き渡るほど強く閉めたらしく、ギルドメンバーたちの視線が俺に集中していた。


「気にせず、作業を続けたまえ諸君」


 苦笑いで対処した。

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