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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第三章 命懸けの冒険者
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『現実』

 再会は唐突にやってきた。


「シャロン……シャロン、なのか……?」


 長らく姿を見せていなかった〈魔獣バルログナ〉が突如として王国領内の街に現れ、五老公の差し金でシグマは討伐に駆り出された。


 彼が駆けつけた時には〈魔獣バルログナ〉は姿を消しており、騎士たちは各自で警戒にあたっていた。シグマも巡回を行っていた。その最中、導かれるように彼の足はとある建物の瓦礫のもとへと進んでいた。


 そこにはボロボロの布切れを纏った一人の少女が倒れていた。


 見覚えがあった。見間違えるはずがなかった。


 すぐさま駆け寄り、抱き上げて確かめるように名前を呼ぶ。


「……ぁ……よかった、無事で」

「当たり前だ。私は負けるわけが――」


 脳裏を過るあの時の光景。シャロンが連れていかれるのに、何の抵抗もせずに受け入れた自分の姿を。


「すまん。すまなかった。私はお前を守れなかった……!」


 苦渋に満ちた顔に、そっとシャロンが手を添えた。


「いいの。きっと、仕方ないことだったの」


 優しく温かいその手は、もはや人のものとは言えない見た目をしていた。まるで遠方に住まうと言い伝えられる竜のような強靭な手になっていたのだ。


 それを見たシグマは、自分でも信じられないような予測をたてた。


 改めて確認すると、手だけではなく足までも強靭で異形な姿に成り果てているではないか。更に布切れから顔を覗かせる肌の所々が黒い鱗に覆われていた。


 自分の至った考えを、必死に否定しようとするシグマに現実を突きつけた。


「シャロン。ここは危ない、早く離れよう」


 このままここにいては危険だ。もし騎士団の連中に見つかればシャロンは間違いなく殺される。それは何としてでも回避しなければならなかった。


 もう二度と、手離さないために。


 シグマは今度こそシャロンを守ると覚悟を決めた。


「ごめん、ね。もう、無理、みたい……。わたしが……わたしじゃなくなる」

「心配するな。医者を呼ぶ。来なくても連れてくる。だから大丈夫だ」


 鱗の面積が増えていき、ますますその姿は竜に近付いていく。そう――〈魔獣バルログナ〉の姿へと変貌していった。


「なぜだっ、シャロンがなにをした! どうして、こんな……っ」


 あの時成し得なかったことを果たすために、覚悟を決めた青年でも止められなかった。


 ――なにをした?


 ――なにがいけないんだ?


 ――なにがシャロンを苦しめるのか?


 答えを求めても、問いに応える者はおらず、無力さを思い知らされるだけだった。


「わた、しは……あなたを、傷つけたく、ないっ……。だから、その前に……」

「ふざけるな!!」


 仰々しい見た目に変貌していっているにも関わらず、腕に抱かれる体は軽いシャロンのままだ。


 ――魔獣がどうした?


 ――傷つけられるからなんだ?


 ――この先に最悪が待っていようと、私はもう二度と、あんな思いはごめんなんだよ!


 無茶無謀無策……大いに結構。シグマの心に迷いはない。


 たとえ世界を敵に回しても、彼はシャロンと共にいる道を選んだのである。


 そして、シグマが全てを捨てる決断をした直後、最後に微笑みを残してシャロンは〈魔獣バルログナ〉へと姿を変えた。


 一滴の涙を流して――。




 ◆◆◆





 ニステア村、コジュウロウタ宅にて――。


「とまぁ、涙は結晶になって、それを耳飾りにしてずっと肌身離さずって感じっす。言葉は通じないけど、想いは通じ合ってるって感じで、見ててこっちが恥ずかしくなるくらいっすよ」

「あらあらそうなのー。まだまだあるからたくさん食べてねー」

「うっひょー、うまそー!」


 シグマの部下、コジュウロウタに呆気なく倒された隠密部隊の面々はフェイの手料理をご馳走してもらっていた。


 事前に見込みのある相手なら負けていいと命令されていたのである。判断は委ねられていたが、コジュウロウタは彼らに認められたと言って過言ではない。


 ――面目ない、レグルス(ノルン)殿。男は嫁には勝てんのだ。


 言われた通りに鈴の音を聞かせる前に、お弁当を忘れたからと

 走ってきたフェイに見られたのが悪かった。「まあ大変」と言うや否や村人たちが駆けつけ、倒れていた隠密部隊を全員コジュウロウタ宅へと連れていき彼女が看病した。


 すると、あれよあれよと言う間に現在に至る。


 シグマの情報を聞けたから、これはこれでありなのかもしれないと思いたくなるコジュウロウタであった。


 当の本人たちはフェイの手料理をとても楽しそうに頬張っている。


「こんなうまい料理は初めて食べたぜ……」


 と涙を流す者がいれば、


「はむはむはむ……」

「もぐもぐ、ちょーうめぇ」


 ほぼほぼ無言で黙々と食べ続ける者もいた。


 コジュウロウタからしてみれば、いきなり子どもが増えたような感覚に陥った。フェイはもとからそのつもりで接しているのか、それとも単純にもとから備わった性格故なのか、隠密部隊の面影がなくなるほど彼らを餌付け……飼い慣らし……気に入られていた。


 アリサも何だかんだで楽しそうなので安心する。娘が心を許しているなら、悪い者たちではないと断言できるからだ。


「フェイ、あれを彼らに召し上がっていただこう」

「あっ、そうね。いいアイデアだわ。ちょっと待っててね、とっておきを持ってくるから」


 だからこそ、彼らならば成し遂げられるだろう。コジュウロウタは若干の罪悪感と、本当に大丈夫だろうかの心配の感情の思いで心は支配された。


 アリサがいつの間にか姿を消していた。


「お待たせー。かわいいお友だちが丹精込めて作った手料理よー」


 笑顔で楽しく、色とりどりの料理が並ぶ食卓に、一際存在感を放つそれ(・・)が運び込まれた途端、フェイを除いて笑顔が消えた。


「どう、とても美味しそうでしょー。わたしも手伝った自慢の料理よ、たんと召し上がれ」


 ごくり。


 それは覚悟の現れか、誰かが唾を飲み込んだ。


 全員が確認するように互いの顔を見合い、頷いてからそれを口に運んだ。


 次の瞬間、見事に全員が撃沈した。


「あらあら、気を失うくらい美味しかったのね」


 相変わらずのフェイと、やはり駄目だった隠密部隊の面々を前に、コジュウロウタは片手で顔を覆った。


「すまない……」


 イーニャの手料理は、いつしか誰もが食べきれない料理と、ニステア村で伝説となった。

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