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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第三章 命懸けの冒険者
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『出会い』

 ――それは今やもう戻らない過ぎ去りし、平和ではなくとも穏やかな日々。


 空を覆う黒い雲から雨が降り注ぐ中、青年率いる部隊は山賊の掃討任務にあたっていた。


「隊長、これで全員です」


 最後の山賊を斬りつけて倒した黒装束の一人が青年のもとへ駆け寄ってた。


「よし。雨が降っているから、こいつらの根城の洞窟で燃やせ」

「了解!」


 青年の命令に従い、部下たちは遺体を洞窟に放り込み炎で燃やした。炎は洞窟内には収まりきらず、外への進行を試みるも雨に防がれる。


 人が燃える様子を、青年は焚き火を見るのと同じ表情で眺める。


「こんなことを、あと何回繰り返すのだろう……」

「それはなんとも言えません」

「気にしないでほしい。ただの一人言だ」


 口に出てしまっていたのかとすぐに言葉を付け加えた。


 しかし、思わずこぼした呟きは青年の本心でもあった。


 故に訂正はせずに黒一色に染まる空を見上げた。まるで自分自身のようだと皮肉を胸に抱きながら。


 世界で人間という種が一番多く定住する場所、アインノドゥス王国。そこに属する貴族のトップ、五老公の一人であり、誇り高き王国騎士の頂点〈王国の守護者ナイト・オブ・レギオン〉にも選ばれた者。


 それが青年――シグマ・セイレーンである。


 周りからの印象は、真面目で頼りになる人物として接した誰もが彼を高く評価する。


 だがシグマ自身の自己評価は違った。


 ――なにも成せない弱者。


 表には出さない思いを胸に秘めて、吐き出したい言葉を押し込んで、彼は周りの期待に答えることを選んだ。


 それでも彼が完璧超人とは真逆の存在だと比喩したように、時折外へと出ていってしまう。


 言葉を聞いた部下は思う。


 ――あなたのそういう人間らしいところに惹かれているのだ。


 彼らは〈王国の影(シュヴァルツ)〉と呼ばれる隠密部隊。偵察や暗殺など、いわゆる裏の組織である。


 人道から反した行いを強いられる役割だからこそ脱隊者が多かった。国の機密を知る者が安息を得られるはずもなく、部隊員が抜ける者たちを自ら処理していた。


 とある年を境に、脱隊者がピタリといなくなった。


 平和で安住な暮らしを約束された五老公セイレーン家の跡取りが自ら隊長に名乗り出た、まさにその年からである。


 最初は貴族が隠密部隊に所属するなど、馬鹿にするのも大概にしろと思っていた隊員たちは、秘めていた手腕を振るったシグマに数日の後に考えを改めさせられる。


 そして、貴族の間ではたぶん素晴らしい働きをする者たちだと評価する声が増えていった。評価が上がる反面、それを良しとしない者も当然現れる。


 国王ドレイアス・ウィル・ヴァンタクリーフ・アインノドゥスを筆頭に、他の五老公たちがシグマが単独で力をつけるのを危険視した。


「このままでは危険ですぞ。我らが立場を脅かしかねない」


 反旗を翻すつもりだ、などとありもしない疑いで彼を拘束しようと考えたが、隠密部隊と言う立場が故にいなくなるのは困る。


 打開策として選んだ選択こそ、シグマが王国の滅びを望む原因となる――。




 ◆◆◆




 隠密部隊としての任務を終え、セイレーン家の屋敷に帰ったシグマ。


「――ただいま」

「おかえりなさい」


 全てはこの一言を聞くために自分は頑張っている。幼い頃から堅物だと意味嫌われたシグマを変えた人物こそが彼女――シャロンと名付けられた銀色の艶やかな髪が特徴の少女。


 屋敷の外で倒れていたのをシグマが見つけた。ロマンとはかけ離れた出会いを果たしたふたりは正反対の性格をしていた。


 真面目で堅物なシグマに対して、自由奔放なシャロン。


 既に前当主が亡くなり、若くして当主となっていたシグマ。彼が使用人を雇っていなかったこともあり、シャロンが身の回りのお世話をすると宣言したのが始まりだった。


 最初は読書の邪魔をし、無視しても話しかけ続けるシャロンに嫌悪感を抱いていた。



 ある日、太陽の光が窓から差し込み、それよって目を覚ましたシグマは違和感を感じた。いつもなら朝食の準備ができたと騒がしく起こしてくるシャロンがいないのだ。


 ベッドで数分だけ待ってみるも一向に来る気配はない。


 ようやく出ていったか。ため息をついてベッドから起き上がり、着替えを済ませて朝食を作りに厨房に立ち寄った彼は、息を呑んだ。


「シャロン!!」


 シャロンが床に倒れていたのである。慌てて抱き上げると、顔が真っ赤で息も荒かった。もしやと思い額に手を当てると凄く熱かった。


 原因は誰でもなり得るただの風邪だった。


「ごめんなさい……」


 急いでベッドまで運んで寝かせた。


 申し訳なさそうに謝罪するシャロンに、鋭い眼差しを向けるシグマ。


「体調管理くらいしっかりしろ」

「はい……ごめんなさい……」


 いつもと違う、弱々しいシャロンに戸惑いを隠しきれないシグマ。


「おかゆを作ったから、さっさと食べろ」

「ありがとう……ございます――あつっ」


 力が入らない手で握ったスプーンで、よそったおかゆを口に運ぶと、出来立ての証明が彼女の口を刺激する。それによってスプーンを落としてしまうが、シグマが浮かせて布団につかないようにした。


「まったく、熱いに決まっているだろうが。口を開けろ、私が食べさせる」

「え、でも……」

「嫌だろうと口を無理やり開けて突っ込む。さあ、早く開けろ」

「はい……」

「ふーふー、よし」


 よそったおかゆを息を吹き掛けて冷ましてからシャロンに食べさせる。それを幾度となく繰り返し、おかゆを食べきった。


「……お仕事は、よろしいのですか?」


 寝かせて布団を被せると、上目遣いで見つめて尋ねてきた。


 火照った乙女の顔に、不覚にも思わずドキッとしてしまい、シグマは照れ隠しに視線を反らす。


「貴様が気にかけることじゃない。今日の仕事はもとより休みだ。看病くらいしてやれるから、安心して眠りにつけ」


 シグマは産まれて初めて、貴族の地位に感謝した。


「よかった……」

「回復することだけを考えろ。医者は呼んでも来ないからな」


 来ないのは医者だけではない。シグマ・セイレーンを知っている者なら、屋敷には基本的には近付こうとしないのだ。


 突き放すような態度を日頃からしているシグマだ。因果応報と言えばそうだろうが、あえて人を避けている節もある。


 それは彼が失うことを恐れているのが要因である。


 両親を失った悲しみを、シグマは年月が経った今でも癒せずにいるのだ。


 辛い経験の果てに鉄の鎧に覆われた心を、この日をきっかけにシャロンが徐々に解き放っていった。シグマ自身もそれを拒んだりはしなかった。むしろ受け入れていたのかもしれない。


 シグマに人と接するように説得し、新しいことへの挑戦を促した。


 その結果、秘めていた実力を周囲に知らしめ、信頼を勝ち取っていった。シャロンに言われ、少しずつだが態度を変えたのも相まった結果である。


 隠密部隊に志願したのも、真面目な性格故に王国のためになると考えての理由ではあるものの、シャロンの期待に応えたいと言う密かな思いも確かに存在した。


 その結果は言わずもがな。誰もがシグマを優秀な人材と認め、多くの者が彼を慕った。結果として災いを招くとも知らずに、青年はがむしゃらに我が道を突き進んでいった。


 そして、その日を迎えることとなった。


 この日、シグマは日々のお礼に手土産を手に屋敷に帰った。


「ただいま」


 いつもなら笑顔で出迎えてくれると言うのに物音ひとつしない。


 妙だと思ったのも束の間、何者かが屋敷に侵入した形跡をいくつも見つける。背中を悪寒が走った。


「シャロン、シャロンっ、いたら返事をしろシャロン!!」


 屋敷中を駆け回り、シャロンの姿を探したがやはり何処にもいなかった。


 やがて居間につき、手紙が机に添えられているのに気付いた。


『女を返して欲しくば、城の玉座まで来るが良い』


 手紙には状況を説明する一文と、ご丁寧に名前まで記されていた。


「――キルミエント・ダグレーン」


 五老公が誘拐を行った首謀者である事実を受け入れ難かったが、手紙の印で本人の可能性が極めて高いと判断した。


 真実を確かめるべく城へと駆けた。説明もされぬまま玉座へと案内されたことで、疑いが現実味を帯びていく。


「なにを……しているのですか?」


 彼が玉座で目の当たりにしたのは拘束されたシャロンの姿。驚愕のあまりシグマの声は震えていた。


「我々とてこんなことはしたくなかった。だが、悩みに悩んだ末にこういう結果となったのだ」

「お主は王国に反旗する可能性がある故、人質を取ることにした」

「王国を裏切るなどあり得ません! それより、彼女を自由にしてください。罰するならこの私のみを――」


 必死に懇願するシグマの言葉を遮ったのは国王自らであった。


「非常に心苦しい。皆は貴様を必要としている。我とてその一人だ。しかし危険に対しては事前に対策を取らねばならん。受け入れよシグマ。これは国王としての命令だ」

「しかしっ」

「くどいぞ、シグマ・セイレーン。貴様も由緒正しく誇り高い五老公の一人なら、潔く現実を受け入れろ」


 シグマは察した。この場に自分たちの味方はいない。抗えばシャロンは確実に殺されてしまうだろう。それを理解した上で彼女を誘拐し、拘束した様を見せつけているのだ。


 抵抗など無駄なのだと知らしめるために。


「――国王陛下の仰せのままに」


 跪いて命令を承諾した。


 今すぐにでも殴りかかりそうな拳を強く握りしめ、叫びだしそうな声を別の言葉で捩じ伏せた。


 顔を上げた時に見えたシャロンの精一杯の微笑みを、シグマは一生忘れられないだろう。心配をかけまいといつもと違うぎこちない笑みは彼の心に深く刻まれてしまった。



 それからシグマが〈冷酷騎士〉と呼ばれるようになるまで、時間は要さなかった。もちろん表立って呼ぶ者はいない。そんなことをすれば、彼に殺されるかもしれないからだ。


 王や他の五老公の命令に従うようになってから、皮肉にも彼らが行ってきた悪行を知る。


 だがシグマは黙って従った。もはや人の道から外れていても青年は進み続けた。


「待っていてくれ、シャロン」


 全てはシャロンを取り戻す、その一つの目的のために彼は心を殺した。

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