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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第三章 命懸けの冒険者
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『路地裏』

「続きはまた後日。言っておくが、逃げようとか思うなよ。捕まえるのは面倒だからな」

「言われなくとも逃げはしない。頼み事をお願いしたい相手がいる」

「そうだった。まあ、今は回復に努めろ」


 そう言い残して部屋を後にした。


 バッカスにもう一度だけ挨拶をしてからギルドを出た。イーニャとアカネはまだ手伝うことがあるからと残った。


 丁度良い。俺も終わらせたい用事があったのでな。


 路地裏にわざと入り、一人なのをアピールする。


「――」


 背後に気配を感じるが、何食わぬ顔で歩みを進める。すると地面を駆ける音が聞こえた。


 あたかも何もしてませんよと言いたげに、颯爽と横を通り過ぎて立ち去ろうとする一つの影。


「危ない!」

「へ!?」


 俺が突然大きな声を出すと影は走るのを止めた。


「気を付けろ。それ以上俺から離れたら爆発するように魔法をかけてあるからな」


 財布を見事な手際で盗んだ影に忠告する。

 あれで気付かない方がおかしいか。方法はどうあれ、手際からしてやり慣れてるのは確かだな。


「なんのことかなー?」


 盗人の正体はウェーブがかった黒髪が特徴の小柄な少女だった。


「俺はお前が勝手に爆発するのは構わないが、都に被害を出すのは望まない」

「……あーもう、わかったよ! 返せばいいんでしょ返せば!」


 渋々俺の財布を返してくる少女。


「それで、俺は合格かな?」

「なーんだ、バレてるんだ」

「逆にバレていないと思っていたのか」

「ふーんだ」


 苦笑する俺に、少女は頬を膨らませてふてくされる。


「今さら俺の名乗りはいらないだろ。お前は誰だ?」

「アタシはシェナ。情報屋をしてるの」

「ついでに盗人もだな」

「う、うるさいっ。バレたのはアナタが初めてよ」


 いつでも盗まれて良いように対策をしていたからな。そもそも財布には取られても困らない分のはした金しか入れていない。


 追跡魔法もかけてあるから、全然盗んでくれて構わないわけだ。


 ちなみに爆発は俺の好きなタイミングでできるので、離れた程度では問題ない。シェナ(こいつ)には効果的だったがな。


「情報屋が俺に何のようだ? まさか、本当に財布だけが目的ではあるまい」

「それはもちろん、〈魔獣バルログナ〉を倒した謎の人物について調べるために決まってるじゃない」


 目的を簡単に話すなんて、本当に情報屋なのだろうか。


「俺について知りたいわけか」

「そういうこと」

「依頼主は?」

「アタシ自身」

「ほぉ?」


 笑顔で答えるその裏に、企みがあるかどうかなら用意に判断できる。

 真の依頼主は話さない。そう言うことだろう。そこだけはちゃんとしているらしい。


「何が知りたい」

「んー、そうだなぁ……。名前はノルン。妹が一人いて名前はイーニャ。イルギットを出たところで、奴隷だった赤い髪の少女を買い、アカネと名付ける――」


 それから懇切丁寧に俺たちの道程を解説してくれた。まるでずっと見てきたように事細かくだ。


 だがそれらはイルギットでの出来事からで、村でのマクシスやトールとのいざこざは含まれていなかった。


「そして、この冒険者の都――パラディエイラに迫る〈魔獣バルログナ〉を見事打倒。動けないように結界魔法で現在も拘束中。明らかにただの旅人じゃないんだよね」


 探るような眼差しで俺の顔を窺う。


 財布からコインを一枚取り出し、指で弾いて渡す。俺たちの情報代だ。


「なるほど。なかなかの腕前だ。なら俺がどれだけ危険な奴かも理解しているよな?」

「確かにこの都でも1、2を争うくらい危険かもね。でもアナタは人を殺さない。自分の身を削ってでも都の人たちを助けた」


 俺に背中を向けた。やれるものならやってみろと試されているようだ。


「アナタのおかげで犠牲者は一人もいない。こんな結果になるなんて誰が予想していたのやら」

「買いかぶりすぎだ。俺はただ、有言実行を目指しただけ」

「ふーん。気を失うくらい高度な回復魔法を使い続けたのに?」


 ひらひらと宙を舞う木の葉のような印象をシェナに抱く。


「気まぐれだ」

「じゃあ、そういうことにしといたげる。単刀直入に聞くけど、アナタは何者?」

「絵描き好きな妹の兄だ」


 不満そうな表情を見せる。


「それは建前でしょ。本当は何者なのか知りたいの」

「知ってどうする?」

「そりゃあ高値で取引するに決まってるじゃない。三大魔獣と恐れられる〈魔獣バルログナ〉を倒した英雄の情報だよ。みんなこぞって欲しがるよ」


 つまり情報屋が探ってくるほど価値のある存在になってしまったわけだ。


 俺としたことが派手にやり過ぎてしまった。静かな旅を計画していたと言うのに、どうしてこうなったのやら……。


 思わず肩を落としてしまう。


「はぁ、非常に面倒だ」

「大丈夫?」

「心配する余裕があるとはな」


 伏せた顔を覗き込んでくるシェナ。お前の言う通り、俺はまだ人を殺さない。それを知っていても、ここまで近付くのは迂闊だ。


 予想が外れていて、俺が誰彼構わず殺すような隠れた狂人だったらどうする気なのか。


「――俺のことが知りたければ、本体を連れてくるのだな」

「スゴいね。これを見抜かれたのも初めてだよ」

「実体のある分身だから、簡単には見抜けまい。だが、次からはもっと用心しろ。死ぬ以上の屈辱を与えられたくなければの話だが」

「……わかった」


 言葉の真意を正しく読み取ったのだろう。真面目な表情で返事をした。


 情報屋である以上、危険な橋も渡っていくはずだ。対象者の中には王国の上層部の連中が入る可能性もなきにしもあらず。


 そうなれば、俺のように見抜く奴もいるだろう。


「でもどうして?」

「俺はお前を気に入った。それだけだ」

「もしかしてそれって、愛のこ――」

「違う。何故俺の周りの奴らはすぐにそっち方面に走るんだ……」

「女の子だから」


 ニコッと笑顔で言ってのける。


 否定できないのが悔しい限りだ。


「とにかく、どうせこれから俺たちについてくるのだろう?」

「うん。しばらくはそのつもり」

「ならこれを渡しておく。お守り代わりだ」


 赤い宝石のついたシンプルな造りの耳飾りをシェナに手渡した。


「これは……もしかしてアタシのプライベートを赤裸々に覗く魔道具!?」


 そう言いながらもぎゅっと握りしめて離そうとしない辺り、嫌ではなさそうだ。……いや、それはそれでどうなのだ?


「勘違いするな。お前の本体の位置なら既に把握済みだ。それに……そんな回りくどいことをするくらいなら、直接お前のところに乗り込むさ」

「意外と積極的なのね」


 危ない、つい本音を言いかけた。


「面倒事が嫌いなだけだ」

「その割には自分から首を突っ込んでる気がするけど?」

「うるさい。あっちから勝手にやって来るのだ」

「ふふふ、面白い考え。ちなみにこの耳飾りにはどんな効果があるの?」


 耳飾りを指でつまんで、揺らしながら訊いてきた。


「さぁな、お楽しみだ」

「つけないって言ったらどうする?」

「好きにしろ。それで後悔するのはお前だからな」

「スゴい自信。……わかった。話を聞かせてくれた報酬として、特別につけてあげる」


 勿体ぶりながらも、やはり嬉しそうな表情を見せてくる。


 何故なのだろう。シェナが笑顔を見ると、不思議と俺まで嬉しくなる。初めて会った気がしないのも、何かしらの理由があるのかもな。


「そうしてくれると助かる。では、またな」

「うん、またね」


 手を振るシェナに背中を向けて路地裏を抜けた。


 抜ける前に試しに振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。


「お前こそ、何者なんだよ……」


 胸に抱いた疑問を呟きつつ、俺は一人で買い物を済ませた。今度は酔い止めを忘れずに買ったとも。

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