『被害』
「これで全員か?」
バッカスに案内された先にいた全ての怪我人に回復魔法を施した。
「は……はい。怪我人全員の回復魔法による処置を終えました。す、すごい……」
感嘆の息を漏らす白衣の中年の男。この都の医師らしいが、俺のせいで役目を失ってしまったようだ。
「終わったならそれで良い。バッカス、あとは任せる。少し休む。……宿に戻ろう、ふたりとも」
医師に仕事を押し付け、付き添ってくれたイーニャとアカネに声をかけて宿に戻った。
頑張ったふたりにはご褒美を与えなくてはな。
「――はぁ、笑わせてくれる」
「こっ、これはノルン様。申し訳ありません、ご覧の通り宿は……」
小太りの宿屋の主人が頭を下げてきた。
その後ろでは宿屋だったものが、瓦礫となって転がっている。
「これではゆっくり眠れない」
だるい、全身が重い。俺の身体が休めと警鐘を鳴らしているのだ。ただし休む場所がないとなれば話は別だ。
都の民は皆同じ気持ちになるだろう。
満足に休む場所がなければ、癒える怪我も癒えなくなる……そう考えて宿屋や医療施設は怪我人の回復ついでに直した。が、肝心の自分が泊まっていた宿屋を忘れていた。
「アカネ、イーニャ。俺が目を覚ますまで、誰も部屋に入れるな。お前たちふたり以外の入出を許可しない。わかったな?」
「え……うん、わかった」
「ん……」
イーニャは戸惑いを見せながらも承諾する。アカネは迷いもなく頷いた。
アカネは賢い子だ。俺の状態を見抜いているのだ。
「〈復元〉」
手を翳して言葉を紡ぐと、魔法陣が瓦礫の下の地面に展開し、みるみる内に宿屋がもとの形を取り戻していった。
本日、何度目かわからない行程を見終える前に、俺の意識は途絶えた。
「にっ、兄様!?」
当然だ。無茶をし過ぎた。こうなるとは目に見えていた。
俺はわかっていながら無茶をしたのだ。
我ながら軽率だったと反省している。
――そして、3日以上はかかると思っていた目覚めは、意外にも翌日にやってきた。
「――もう大丈夫だ」
首の痛みで目を覚ますとは思っていなかった。痛みの原因たる少女の頭を撫でてやる。
「ありがとう」
「ん……」
ぎゅっと抱きしめられる。
〈吸血種〉にとっては生命力に等しい自分の血を俺に分け与えたのか。
まったく、無茶をする。
「すぅ……すぅ……」
ベッドの脇には静かな寝息を奏でるイーニャの姿があった。
「お前もか……」
自然と笑みが溢れる。
窓から部屋に差し込む太陽の光が眩しい。
日の光を浴びても燃えないから、俺はまだ人間のまま……ではないようだ。しっかりと牙が伸びている。
「でだ、何故お前は服を着ていないのだ?」
「……?」
「首を傾げるな。どうせ本当はわかっているくせに……はぁ。まぁ良い。外の様子を確認しに行くぞ。さっさと服を着やがれ」
起き上がって裸のアカネに布団を被せた。
「――何で俺も裸なんだよ!」
朝から騒がしくするのが日常になりそうで密かな恐怖を感じる俺である。
身支度を済ませて出掛けようとすると、イーニャが「お腹がすいたー」とせがんできたので宿屋の主人に朝食を用意してもらった。
「んー、おいしいー」
ほんと、幸せそうな顔をして食べるよなこいつは。
料理人でもある宿屋主人がとても微笑ましくイーニャを眺めている。
作り手冥利に尽きると言うやつだろう。
「もぐもぐ……」
アカネは相変わらず無表情で食べている。しかし、プリンと呼ばれるデザートが出てきた瞬間、キラキラと目を輝かせた。
「うちの自慢だ。さあ、召し上がれ」
「感謝する」
「うわぁ、おいしそぉ」
よだれよだれ。イーニャ、よだれ垂れてる。
「イーニャ……少しはアカネを見習――」
「ん」
「お、気に入ったようだな。まだまだたくさんあるから、満足するまで召し上がれ」
とても見習えと言えるような状況じゃない。アカネめ、出されてから数秒でプリンを平らげておかわりをせがんだ。
「やれやれ……」
貴重なアカネの笑顔を見れたから、良しとしよう。
それから俺たちは十分に腹ごしらえを終え、被害などを確認するためにギルド〈ボルボレイン〉に訪れた。
「たのもー」
ギルドの扉を盛大に開けると、昨日の事後処理でてんやわんやと冒険者たちが騒がしかった。
ここに来る道中でも、建物の修理やら運搬やらで皆が忙しく走り回っていた。
「あ、ノルンさん。ギルマスにご用なら、上にいますよ」
「そうか、ありがとな。アカネとイーニャも奴らを手伝ってやれ」
「ん……」
「仕方ないなー。行こ、アカネ」
母と娘と言うより、姉と妹の方がしっくり来る。
冒険者の手伝いをするふたりを確認してから、バッカスのいる2階に上がった。
「大変そうだな」
「ノルンか、元気そうでよかった」
笑顔を見せた直後にバッカスは肩を落とす。
「大変に決まってるだろう。〈魔獣バルログナ〉に襲われたんだぞ! しかもそいつは都の前でまだ気を失っているとなればなおさらな……」
書類の山の整理に戻るギルドマスター。
「忘れてた」
「そりゃあな、あれだけの数の怪我人に回復魔法を使えば忘れるだろうよ」
「いや、そうではない。バルログナは俺が許可するまで目を覚まさない」
「……は?」
作業の手を止め、口を開けて呆けるギルドマスター。
「だーかーらー、バルログナとついでにシグマは、俺が許可しないと意識の覚醒はできないのだよ。しっかりと対策済み」
人差し指と中指を立ててピースとやらをしてみる。
「だったらそれを早く言えー!!」
怒るギルドマスター。
表情が豊かだなーと呑気な感想を抱く俺に、夜通しの警戒がどうのとか色々文句を言われたが覚えていない。
「バルログナは後回しだ。被害状況と、シグマの居場所を教えてくれ」
「用はそっちか。てっきり報酬はどうしたとか言われると思ったぜ」
「こんな状態で言って良いのなら、言わせてもらうとも。……まぁ、さすがに俺もそこまで鬼ではないさ」
「被害の方から伝えるぞ――」
それから今回の〈魔獣進行事件〉の被害についての話を聞いた。
主だった被害は建物に集中していた。怪我人に関しては俺が気を失うほど頑張った成果もあり、無事回復に向かっているとのこと。
そして、極めつけは――
「犠牲者が0だ。信じられないことなんだが、本当にいないんだよ。おめえはいったいどんな魔法を使ったんだ?」
「運も実力の内だ。これで有言実行を果たせたわけだ」
都にいる全員に防御魔法を使っておいて良かった。
それに怪我人のもとへとバッカスに都内を案内されている間にも瓦礫の下にいる者を助けたりしたからな。
逆にこれで犠牲者がいられては困る。
「恐れ入ったよ。シグマ、だったか? そいつは隣の部屋にいるぜ」
指で差しながら教えてくれた。
「そうか。では話があるので――」
「シグマだとッ!?」
「ああ、シグマだ」
「シグマってえと、〈王国の守護者〉序列4位じゃねえか。おめえ、とんでもねえ奴と斬り合ってたんだな」
そんなに凄いのかと聞き返したら、一人でそこら辺の国の騎士団一つと同等の力を持つんだぞと力説された。
ならば俺はいくつと同等なのだろうと考えるのは野暮だと思って途中でやめた。
「俺の凄さを実感せよ」
「もう十分だよ……」
両手を上げて降参の意思を示す。お手上げと言いたいのだろう。
「おっと、最後に一つ」
「なんだ?」
「都内に出た魔物だけどよ。目撃者によると、人間の皮を被って人になりすましてたらしい」
「人間の皮?」
俺が首を傾げるとバッカスは付け加えた。
「そのまんま人から剥いだ正真正銘人の皮膚さ。中身は既にお陀仏だろうよ。幸い、都の民じゃなくて、行商人として入り込んでた連中だ。おめえの有言とは関係ないさ」
「お気遣い感謝する。だが、犠牲者を出したことには変わりない。糠喜びさせやがって、人が悪いぜ」
思わず苦笑してしまう。
「悪いな。忘れてたんだ……」
「構わない。あー、せっかくだからお詫びに、俺が部屋を出るまで誰も入れないようにする」
「シグマの部屋か?」
「ああ。ギルドマスターから、誰も入らないように言っておいてくれ。アカネやイーニャも含めてな」
ふたりの名前を出した途端、笑っていた口元が下がった。
「なにをする気だ?」
「質問だ。邪魔をしてくれるな。俺はお前たちを気に入っている」
「……ふぅ、わかった。みんなに伝えておこう」
片手を上げ、感謝を言ってからシグマのいる部屋に移動した。
そこには規則正しい寝息を立てるシグマが、ベッドに横たわっていた。