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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第三章 命懸けの冒険者
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『一閃』

「――断る」

「……まだ言っていない」


 内容を聞く前に断った俺に、何とも期待通りの顔をしてくれる。


「何故俺がお前なんぞの頼みを聞かねばならんのだ。俺はお前の仲間でもなければ友だちでもない、当然だろ」

「確かにそうだ……」


 (しお)れた花のように項垂れるシグマに、さすがの俺も胸を痛めてしまう。


「仕方ないな。俺に勝ったら特別に話を聞いてやる。だから、今度はお前が本気を見せる番だ」


 俺の提案に顔を上げ、フッと笑った。


「了解だ」


 やる気と覇気を取り戻したようだ。

 強い意思を表情から感じ取れる。シグマにとって、相当重要な頼みごとなのだろう。


 だからこそ、簡単には聞いてやらんとも。


 願いとはただ望むだけでは叶わないもの。容易く俺が聞いてくれると思われては困る。


 ……俺はシグマ(こいつ)に期待していた。


 人間にも強い奴(・・・)がいるのだと証明してくれるはずだ。


「行くぞ、ノルン」

「来い、シグマ――」


 俺は言い切るよりも先に刀から鞘を半分ほど抜いて正面に構える。直後に金属の衝突音が響き、顔の左側を太刀が通過する。


 軌道を変えてなければ、これが俺の後頭部から生えていたわけだ。


 身の丈ほどの太刀を振り回し、俺に反撃の隙すら与えない。


「すぐに終わらせる」

「それはどうかな?」


 あまりにも速く鋭い太刀筋、全て避けるのは難しいと判断して渋々鞘から刀を抜き去る。


「この程度で俺は倒せんぞ」


 最小限の動きで刀を駆使して太刀を防ぐ。


「片手とは、余裕だな!」


 右手で刀を握り、左手で鞘を掴む俺に文句のような言葉をぶつけてくる。


「お前には片手で十分だ」


 挑発を返したが、これが〈紫電一刀流〉の構えなんだ。文句を言われても仕方ないと答えるしかない。


 と、急に距離を取るシグマ。何事かと首を傾げる俺を余所に、太刀を地面に突き刺す。長さの都合なのだろう、片手で突き刺した。


 俺は思ったとも。――あ、片手だ。


「――っと、当たるかよ」


 悠長に心の中で文句を言っていると、足下から微かに音がして本能的な後ろに飛び退く。すると、先ほどまで俺がいた場所に立派な太刀が生えているではないか。


 危うく串刺しならぬ、太刀刺しになるところだった。


 そして、後ろに下がったことでシグマとの距離を稼いだ。


 刀を鞘に納めようとするも、太刀が目の前に迫っていたので対応させられた。


「ここまで防がれたのは初めてだ」

「俺は久しぶりだ」

「だがそれもここまで。開眼――〈退魔聖典(ラ・ビブリア)〉」


 シグマの瞳が白く光ったと思ったら、背後から無数の気配を感じた。


 後ろであるが故、その正体はわからないが突然そこに現れたように何の前触れもなかった。いや、あったな。


 (かかと)を僅かに上げて下ろす。


 俺の背後でゴゴゴと岩の壁が生成される。そしてそれに何かが刺さる音が後から聞こえた。


「〈煌華星煉陣(ジ・アリストレア)〉」

「まさか――」


 光を帯びたその身を下げ、居合いをするような構えを見せる。それも束の間。光より速く六芒星の軌道を描いて相手を斬り裂くだろう。


 目視は不可能。それにあいつは恐らく特異能力(レガリア)保持者。俺の予測が正しければ、その能力と組み合わさった時には必中となる。


 本気で決めに来やがった。


 実に不可解だ。これほどの実力を持ちながら、俺に頼み事をしてくる理由は何だ?


 ――知りたければ勝利せよ。


 わかったわかった。勝てば良いんだろ。


 もう接近戦だけとか、遠慮してる場合ではないもんな。


「ため息が出る」


 文字通り一瞬で決着がつく。


 だから俺は刀を鞘に納め、目を閉じて魔力を注いだ。


 ――この刀、結構気に入ってたんだけどな。


 その身を光と化したシグマが、光速を超える神速で間合いに入る。そして、太刀が俺の体と邂逅を果たすその瞬間――


「紫電一刀流、奥の義――〈(ユカリ)〉」


 まるで流れる時間が遅くなったように俺は言葉を紡いだ。


 血が空へと飛翔を果たしてから大地に落下する。


「――く、かはっ――」

「――悪いなシグマ。俺は負けられないんだ。まあ、とにかく今は眠れ」


 斬られた血を流す腹を抱えたままシグマは倒れた。


「ぐっ……はぁ……」


 片膝を地面につける。


 さすがの俺も無傷では済まなかった。最後の技を使う寸前で傷口が開いてくれたもんだから、右の脇腹に見事な斬り傷を刻まれてしまった。


 おかげでほんの一瞬だけ正真正銘の全力を出してしまった。すぐに抑えたから被害は比較的ましだ。


 倒れたシグマから顔を上げれば、山が斜めに崩れ去る様が見えてしまう。


「これでもだいぶ“まし”なんだ」


 一人で言い訳をし終え、俺自身とシグマに回復魔法を施していると誰かに呼ばれた気がした。


 誰だと思い周りを見回すと、都の方から手を振りながら走ってくるイーニャとアカネの姿があった。


「よかった……」


 無事なふたりの姿を見れて思わず安堵の息を漏らす。


「うわっ、兄様、ついに、ついに人を……」


 俺のもとへ到着するなり、倒れるシグマを目にして大げさに声を震わせるイーニャ。

 お前はいつでもブレないなぁ……。


「死んでいないから安心しろ。俺がミスると思ってるのか?」

「ううん。でも、やっぱそういう反応したほうがいいかなーと思って」

「余計なお世話だ……と言いたいが、正直ホッとした。ふたりとも、怪我はないか?」


 全ての怪我は俺が肩代わりするから訊く必要はないかもしれないが、一応な。


 俺がそう尋ねると、ムッとした顔のアカネが一歩前に出て、頬をつねられた。


「むぅ……」

「痛いぞ、アカネ?」

「私も同じ気持ち。もっとやっちゃえー」

「お、おいっ、待て。説明してくれ。何でアカネは怒ってるんだ」


 止めるどころか背中を押すイーニャ。

 全く訳がわからない。


ほにはふ(とにかく)みやほにもほほう(都に戻ろう)


 傷の回復を終えたので、シグマを肩に担いで俺たちは都に戻った。頬をつねられたまま。


 構図としては、右側の肩でシグマを抱え、左腕でアカネを抱き上げた状態である。イーニャがしょんぼりとしたのは見えたが、見えていない振りをしよう。


 これ以上の面倒はごめんだ。


 地味につねられるのは痛いんだぞ。


 この後、都の外壁に戻った俺たちを、バッカスが笑顔で出向かえてくれた。


「おお、やっと終わった……よう、だな?」

おえにひふな(俺に訊くな)


 だが複雑な表情への見事なまでの変化を、俺は見せられることとなった。


 このままではまともに会話もできないので、お願いしてアカネに指を離してもらった。


「こちらは後で解決する。とりあえず、怪我人のところへ案内してくれ」

「いいのか、おめえもかなり怪我してるみてえだが……」


 脇腹の服に滲んだ血を見ながら心配してくれる。


「もう済ませた。急ごう、手遅れになりたくない」

「無理はするなよ。報酬がまだなんだからよ」

「もちろんだ。ついでに、シグマ(こいつ)を頼む」

「おう、任されよ。――ベリン、こいつを避難所に運んでやってくれ」

「了解しましたっ、バッカスさんっ」


 語尾に勢いがある茶髪の少年にシグマを渡し、バッカスの案内で都中にいる怪我人たちのもとへと赴いた。


 途中で気付いたが、どうやら血を見てもアカネは平静を保てるらしい。それどころか全然気にならないみたいだ。


 理由を聞こうにも、相変わらずムスッとしたままだった。


 しかし表情では不機嫌なものの、イーニャと一緒に回復魔法を施すのを手伝ってくれたりした。


 冒険者たちの怪我人への介抱にも積極的に参加し、みんなを笑顔にしていく姿は、小さな聖母を連想させた。

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