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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第三章 命懸けの冒険者
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『飛翔』

「痛い……痛いなぁ……〈セラフィア〉」


 回復魔法でとりあえず傷を塞ぐ。若干痛みは残っているのは気合いで何とかしよう。


 お腹を貫かれる感覚はこんな感じなのだな。口の中は血の味で満たされるし、貫かれた場所は熱いし痛い。


 バルログナみたいに無尽蔵の魔力を有していないのでな、正直言って余裕がない。

 奴の魔法を無力化するので手一杯だ。数も規模も人が行うそれとは桁が違う。


「結界内で無理したのがまずかったな」


 魔力操作が乱される環境下で無理やり魔法を使った影響が現れ始めていた。


 バルログナの魔法を打ち消す速度が明らかに下がってきている。


 都の方も穏やかではなさそうだし、悠長に出し惜しみしている暇はないわけだ。


 魔獣なら、相手にとって不足は……あるが、経験にはなるだろう。加えて都に恩を売る良い機会でもある。


 俺が企んでいる間に、バルログナは口から光線を放とうと頭を振り上げた。


「〈透征防壁(クリア・ウォール)〉〈風魔守護方陣〉」


 両手を合わせて名称を口ずさむ。


 都前方に地面から透明な壁が斜めに伸びる。


 この場にいる冒険者と駐屯騎士、ついでにシグマに守護の魔法を使う。


 そしてバルログナが口から光線を放つ……が、透明な斜め防壁がそれを空へと方向転換させた。


「仕上げだ――〈十字葬槌〉」


 大地が揺れ、何事かの困惑する冒険者たち。俺は気にせず魔法を発動させた。


 バルログナの真下から岩が上空へと伸びようとし、魔獣の巨体を軽々と持ち上げる。


 地面が盛り上がった影響で吹き飛ばされる冒険者たちは、風の守護を受けて安全な距離まで退避していた。


 足をバタバタとさせる様は面白くてずっと見ていられそうだ。


「シグマ!」

「指図される筋合いは――ない!」


 シグマに首を斬ってもらうようにお願いし、やはり素直に聞いてくれてバルログナに斬りかかった。これで終わり、そう思った瞬間――


「ーーーーー!!!」


 形容し難い音が耳を(つんざ)く。シグマも斬るのを途中で止め、耳を塞ぐほど凄まじいものだった。


 無意識に閉じられた片目は瞼の裏を、反対側の閉じるのを免れた目はバルログナが口を開けている姿を捉える。原因はやはりあいつか。


 離れている俺でさえ気を失ってしまいそうだ。風の守護では音は防げないと気付いた時には既に冒険者たちがバタバタと倒れていった。


「やってくれる……無事かっ、シグマ」

「ふっ、この程度……どうと言うことは、ない」


 ふらふらだぞ。全然無事には見えないぞ。


 俺とシグマが足取りが覚束ない中、バルログナは身体を丸めて見事な球体へと姿を変化させる。更に黒い魔法陣が魔獣の上下に展開される。


 また何かをするつもりなのか?


 俺がそれを許すわけないだろうが。

 魔法を無力化すべく、魔法陣の解析を始めた時、背後で悲鳴が上がった。辛うじて聞こえる程度で、かなり距離があるようだ。


 振り向くと都の外壁から遠距離攻撃を行っていた後衛部隊の連中が、爪が特徴的な謎の魔物に襲われていた。爪の形状から、俺の――正確にはアカネかイーニャの傷の原因だ。


 魔物避けの結界が張られている都の中にどうやって入ったかは置いておいて無視できるほど弱くないらしく、冒険者や駐屯騎士たちが次々と爪の餌食になっていくではないか。


 おいおい、ふざけるなよ。“一人も死なせない”と格好つけた俺の面目が丸潰れではないか。


 先程のバルログナの咆哮は差し詰め奴らへの命令のためのものだったと考えるべきだな。


 そうでなければタイミングが良すぎる。魔法を打ち消せるのが俺だけだと見抜き、冒険者たちを守ろうとしているのもお見通し。


 それで重要であろう魔法の発動を邪魔されないための方法が、爪魔物に距離が離れた場所にいる後衛部隊を襲わせる作戦なわけか……。


 耳劈き咆哮で、前衛、中衛部隊の大半が戦闘不能。幸い魔力からして意識を失っているだけで死んでいないので一先ず安心だ。


 問題は爪魔物。後衛部隊の中には接近戦が行える者もいるが、奴ら何故か遠距離攻撃を得意とする者から襲っている。


 魔物の上位個体の〈魔獣〉だから、鳴き声一つでそれだけの情報を伝えられるのか?


「放ってはおけん。私は彼らを助けに行くぞ」

「その必要はない」

「なんだと……貴様は彼らを見捨てるつもりか!!」


 胸ぐらを掴んで怒りを露わにするシグマ。


 誰かを思いやるのは悪くはないが、落ち着いて物事を見据えることも必要だぞ。


 手を振り払って説明してやった。見てろと言っただけだが、それで充分だろう。


「敵の位置はもう全て把握した」


 シグマが後衛部隊に気を取られている間に〈世の盃〉を発動させておいた。


 こんな人目がつく場所で使いたくはなかったが、わがままを言っていられる状況ではないのでな。相手は魔物、遠慮する必要がないのも理由の一つだ。


「裁きを下す――〈十字葬天(ジャッジメント)〉」


 その名を口にし終えた時、爪魔物たちは一体残らず黒い十字架へと姿を変えた――否。黒い十字架が魔物を食い破るように体内から突如出現したのだ。

 十字架は魔物の血を滴らせていた。


 冒険者や駐屯騎士たちの中には、目の前で起きた惨状に嘔吐する者もいた。


 瀕死の奴、軽傷の奴、それぞれに合わせた回復魔法を施した。

 気を失っている連中にも念の為に使ってある。


 ――チャキ。


 鍔が震える音が耳に届く。音が聞こえるほど近くにいて、鍔がついた武器を持つのは一人しかいない。


 それが意味するのはただ一つ、シグマが俺に太刀(武器)を向けている。


「貴様は……何者だ?」


 回復魔法を怪我人の全員にかけ終わった辺りで、シグマが問いかけてきた。太刀の切っ先を俺の首に当てながら。


 もちろんわざとそれを許した。許さなければ、俺はこんなへまなどしないとも。


「絵描き好きの妹の兄だ」

「嘘をつくな。あれ(・・)はただの平民が使える魔法じゃない」

「今はそれより、重要なことが、やるべきことがあるのではないか?」


 へまはしないが、ちょっとしたミスは犯すとも。俺は魔法陣経由で魔法を打ち消すことができる。最強と思える俺のこの力にも条件があり、魔法陣を“見なければ”解析に時間がかかるのだ。


 俺は現在、一番打ち消したい魔法、バルログナの魔法陣に背中を向けているのである。


 見ていない。つまり解析して打ち消せない。


 背中に伝わる魔法陣からの魔力で解析を試みていはいるが、まだ時間がかかりそうだ。


 魔法陣に収束している魔力量から発動するのは時間の問題。


 さて、どうしたものか……。


「本当のことを話せ。さもなくば、貴様の首を斬り飛ばす。安心しろ、せめてもの情けだ。痛みは感じないよう一瞬で終わらせてやる」


 痛い。太刀の先端が首に僅かに食い込み、血が滲んでいるのが肌を通じて理解する。


「お前に話すつもりはない。俺は頼まれたことをやるだけだ」

「――フッ、いいだろう。貴様が悪しき存在でないと言うのなら、あいつを倒してみせろ」


 太刀を引いて、バルログナの方を指差した。


 俺も一緒に頭上を見上げ、思わず苦笑した。


「格好良いねぇ」

「あれこそが〈魔獣バルログナ〉の真の姿だ」


 翼を生やした黒く禍々しい姿は、まさに伝承に伝わる竜そのものだった。全身を覆う黒曜石のような鱗が光を反射して輝きを帯び、生きた宝石のようにも見えた。


 なるほど、そういうことか。

 今の発言で合点がいった。


 近くに人がいないのは確認済みだ。ならばあとは本人に真実を問うのみ。


「〈魔獣バルログナ(あいつ)〉をこの都に(けしか)けたのは――お前だな、シグマ」

「……フッ」


 俺が睨みつけると、シグマはすぐに答えず僅かに口角を上げるだけだった。

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