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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第三章 命懸けの冒険者
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『居場所』

 ギルド〈ボルボレイン〉の客室にて、イーニャは暇を持て余していた。絶賛不機嫌中である。


「おめえさんはいつもお留守番なのかい?」


 かといって今回は珍しく話し相手がいる。ギルドマスターのバッカスだ。


「ええ。兄様は私を大切にしてくれているので、“いつも”待たされます」


 自分も戦えるからと主張したのに、毎回駄目だと断られる。


 だが彼女が不満に感じているのはまた別件だった。――アカネを連れて行った。


 断固として拒まれたのに、何故アカネは連れて行ったのか?

 それが疑問であり、不機嫌の原因だった。


「考えようだろ。おめえさんのもとへ帰る、それがあいつの目標になってるとは思わねえのか?」

「帰る? 目標?」


 言っている意味がわからないと首を傾げるイーニャ。


 ちょっとした仕草で他者を魅了できるほどの容姿の持ち主なのを本人は気付いていない。


 正しくは自信を無くしていた。レグルスは色気付いても全くの無反応だからだ。思い出すと余計に腹が立ってしまう。


「帰る場所ってこった。誰かが迎えてくれる居場所ってのは、男には必要なんだよ」

「居場所……私が?」

「違うのか? 第三者から見たら、おめえらはまさにそういう関係だと思ったがな」


 ガハハと見た目に似合った笑いをするバッカス。


 私がいる場所が帰る場所、イーニャの頭の中でぐるぐると回転する。


「妹と兄ってより、妻と旦那って感じだ」

「ば、バカ言わないでよっ。私たちが、そそそ、そんな仲良し夫婦だなんて」


 そこまで言ってないと出かかった言葉をバッカスは飲み込んだ。


「だがよ、オレも誰かを待つ気持ちは知ってるぜ。そういや、おまえさんはあいつが心配じゃねえのかい?」

「……」


 呆けた顔を見せるイーニャ。まるでバッカスに指摘されるまで、“心配”を忘れていたように。


 そして、一度俯いてから顔を上げ、降り初めの雨のようにポツリポツリと話し始めた。


「最初はそりゃ、嫌いだったわ。生意気だし、偉そうだし、上から目線だし」


 全部同じな気がする、と横やりを入れたくなるのをぐっと堪えたバッカスは軽い相づちを返す。


「だけど私を絶対に守るって言ってくれたの。嬉しかったわ。そんな優しい言葉を言ってもらえたのは生まれて初めてだった」


 酷い家庭環境だったんだろうな、とバッカスは真実とは(いささ)か違うイーニャの人生を思い浮かべる。


 真実は言わないように気をつけながら彼女なりに話すと、悲惨な人生を送ってきた妹を懸命に守ろうとする兄。そんなとても立派な兄弟の構図が出来上がっていく。


 潜入していたスパイと、それを脅迫して協力させた魔王なのだが、この話し方をされたバッカスには到底たどり着けないだろう。


 本人の知らぬところで評価が上がるレグルスであった。


「この人となら一緒にいれる。ううん……一緒にいたいって思ったの」


 微笑みを浮かべるイーニャの目には、恐らくレグルスが映っていることだろう。


 そんなイーニャを、孫を見守る爺の如く、涙を盛大に流していた。


「だからね、私は――って、なんで泣いてんのよ!」


 それに気づいて困惑するイーニャ。


「ぐすん。いやぁな、ずず……いい話を聞いたんだ、泣けてもくるだろう」


 大人としてもギルドマスターとしてもいたたまれない状態に陥っていたが、本人は不思議と満足そうであった。


「とにかくっ、私のもとにレグ……兄様は絶対に帰ってくるの。だから心配なんてしてないわ」

「いいっ、いいぞっ。兄と妹の禁断の兄妹愛。オレは大いに応援するぞお!」


 そして、火のついた木々のように謎に盛り上がっていく。


「え、ちょ、ちょっと、待ちなさいよ。私たちはそんなんじゃないんだから」

「またまたー、隠しても隠しきれてないぞー」


 傍から見たら、なんとも怪しい光景であろう。耳まで真っ赤にして狼狽する少女を、髭を生やした体の大きな男性がニヤニヤしながら弄っているのだから。


 不審者と、拐われそうな少女と例えた方がしっくりくる。


 コンコン。


「ギルマス、気になることが――」


 そこへタイミングよく客室を訪れたギルドメンバーの青年。彼はとても真面目でギルド内でも好青年と人気の人物である。


「あ」


 時間が止まったように、3人全員が動作の存在を数秒の間だけ忘れ去った。


「……」

「……」


 バッカスと好青年の視線が交錯する。

 先に笑いかけたのはバッカスで、応えるような笑顔を返すのはさすが好青年。


 安心しかけたバッカスだったが、好青年が息を大きく吸った。


「――ま」


 待てとたった二文字より早く、好青年は見たままを叫んだ。


「ギルマスがかわいい女の子を襲ってるぞ!!」


 ギルド中に響き渡る好青年の爽やかな声が耳に心地よい。そのあとに冷静さが訪れ、内容の深刻さにギルドメンバーたちは慌ただしく客室へと集まる。


「ナニしてんすか、ギルマスー」

「あんた、ノルンにこのこと知られたら燃やされるわよ」

「まあまあ、イーニャちゃんは可愛いから仕方ないさ」


 各々が好き勝手自分の考えを口にする。


「おめえら、誤解だって言ってるだろうがー!!」


 周囲の建物にまでバッカスの声は届き、またいつものバッカスのバカ騒ぎかい、と苦笑する住民たち。


「みんな、誤解しないで。私はこんなおじさんには興味ないから」


 キッパリと言い切るイーニャにしょんぼりと落ち込むバッカス。別にやましい気持ちがあったわけでもないのに、彼女の言葉は彼の心に的を射る矢の如く、見事に刺さるどころか貫いてしまった。


 さすがはレグルスの日々の悩みの原因たる人物である。


 一頻(ひとしき)り騒いで満足した者たちは、昼間から酒を飲んでギルドのあちこちで寝息やいびきを立てて眠っている。


「うるさかっただろう……。こいつらなりに立ち直ろうとしてるんだ」

「仲間がいなくなるのは、みんな辛いと思います。だけど、大切なのは自分の行いだと思う」


 出された料理を満面の笑みで頬張りながら、イーニャは返事をする。


「オレはな、時々思っちまうんだ。オレなんかがギルドマスターで、本当にこいつらは幸せなのかって。もっと適任がいるんじゃないかってな」


 ギルドメンバーではない、半ば部外者であるイーニャだからこそ話せるのだろう。仲間にそんな言葉を漏らしてしまえば、余計な心配をされかねない。


 たとえそうでも、いつもは気丈に振る舞っているバッカスは誰かに話したかった。


 我が子同然のギルドメンバーを守れなかった自分を責めて罪滅ぼしのつもりなのだ。


 ギルドマスターとなる以上は、覚悟はしていたはずだったのに、いざ現実になってしまうと揺らいでしまうもの。バッカスも例外ではなかった。


 ギルドマスターは王国も認めるほどの強者が多い。それ故に反乱などをされては困るため、近くで監視するために設けられたのが、都を出る際の許可や多々もろもろのルールである。


 それをバッカスは薄々気付いているからこそのもどかしさがあるのだろう。自由を求めて冒険者になったのに、知らず知らずの内に鎖に繋がれた獣のようだ……と。


「――バカじゃないの」

「な……バカ、だと?」

「大バカじゃない。他の誰でもないあなただからこそ、この人たちはここにいることを選んでいるんじゃないの? 自分を責める余裕があるなら、ギルドメンバーを一人でも笑顔にしなきゃね。ギルドメンバーとか、リーダーはそうあるべきだと思うわ」


 驚愕と感嘆が内包された息を吐くバッカス。


「胸を張れ、バッカス・ガルヴェリウス。――兄様ならきっとそう言うわ」


 そうだなと肯定し、頷いた。

 レグルス(ノルン)が一目置くの頷ける、と一人納得していた。


「私も仕方ないから特別に応援してあげるから」

「頼りにしてるぜ」


 バッカスの覚悟は決まった。


 レグルスから条件を提示された時は首を縦に振るのに勇気が必要だったが、今や枷となる悩みは少女のおかげで取っ払われた。


 あとは、当の本人の帰還を待つのみである。


 どのような結果であろうと、受け入れる器をバッカスは手にした。これもまた数奇な運命の巡り合わせなのだろうか……。


 モグモグと未だに料理を口に運ぶ、胃袋モンスター少女からそこら中で眠りこけるギルドメンバーたちを見て自然と口角が上がった。


「オレにとっての居場所は、こいつらがいる場所なんだよな」

「幸せ者ね」

「だな。誇らしい仲間――家族だ」


 堂々と言ってのけるバッカス。


 恥ずかしがるイーニャとは大違いだ。やはりギルドマスターになるほどの度量の持ち主と言うことなのだろうか。

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