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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第三章 命懸けの冒険者
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『内緒』

 レグルスに少年剣士の相手を任されたアカネ。


 調子に乗って速度を上げて突っ込んできた少年剣士の顔を容赦なく殴り飛ばした。


 気絶した少年剣士をちらちらと確認する。石ころを蹴ったりして暇をつぶし、彼の復帰待ちである。


 “殺すな”とレグルスに命じられているため、追い討ちをかけずに自分から向かってくるのを待つことにしたのである。


「……」


 少年剣士が飛んでいった先をぼんやりと見つめながら、過去の記憶を思い浮かべていた。




 ◆◆◆




 ――長い間、あの人と旅をしてきた。ずっと、ずっと、長い時間。

 暖かくなり、寒くなる。また暖かくなり、時期に寒くなる。それを何度も繰り返した。数えられないくらいに。


 旅をしていた理由は知らない。でも、誰ともなるべく関わらないようにしていたくらいは、知識がなくてもわかった。


 だから自分もそうするべきだと思っていた。

 なのに偶然、あの人が馬車を離れている内に、たくさんの人たちが襲ってきた。


 怖くて、怖くて怖くて怖くて……気がついたら、みんな血だらけになって死んでいた。


 自分の手も、身体も同じ色に染まっていた。


 一人だけ生き残っていた少年が指を差してきて、


「――ば、化け物!」


 と怯えるように叫んだのを覚えている。


 すぐにあの人が戻ってきて、抱きしめてくれた。

 大丈夫、もう大丈夫だからと優しく頭を撫でて、ごめんなと泣きながら謝った。


「私たちは人間(彼ら)とは違う生き物なんだ」

「……」


 言っている意味がよくわからなかったから首を傾げた。

 すると困ったように苦笑いを浮かべた。


「まだわからないかもしれんが、お前にもいずれわかる時が必ずやってくる」


 空で小さな光がいくつもあった。そんな空を見上げながらあの人はそう言った。


 微笑む横顔がどこか悲しそうに見えたのは気のせいなのか……。


 あの人の元気がなくなり始めたのは、たぶんこの頃だったと思う。


 それからまた暖かくなり、寒くなって暖かいのが戻ってきた。それは季節と言うのだと教えられた。


 ――四季。


 ――春夏秋冬。


「季節によってそれぞれの良さがある。私たちにとっては暖かいか寒いかぐらいにしか感じないがね。他の生き物たちにとっては、とても重要な役割を果たしているんだ」


 いつも馬車で移動するときは空に浮かぶ火の玉――太陽が沈んでからだった。


 理由は教えてくれなかった。



 ――そして、その日だけ初めて太陽が空にある内から馬車を走らせた。どうしてか理由はわからないけど、首と手に固い輪っかをつけられた。壊しちゃダメだと言われたから壊さなかった。


 あの日はたしか、レグルスとイーニャに初めて会った日でもある。


「もっと一緒にいたかった。それこそ、花嫁姿なんてミリティアに似て、とても美しいものだろう」

「……」

「ごめんな。辛い思いを、悲しい思いをお前にさせる私を恨んでも構わない。愛する家族を、守ることすら叶わなかった私ができる、これが唯一の行いだ」


 とても悲しそうで、今にも泣きそうで、でも嬉しそうで、よくわからない表情をしていた。


 最初の頃より随分と痩せてしまった顔を向け、細くなってしまった手で以前と変わらず優しく頭を撫でてくれる。


「あの男なら、お前を受け入れてくれる。私はそう信じている。幸せになるんだよ――」


 あの人の最後の言葉が聞こえたその時、雄叫びのような声が届いた。




 ◆◆◆




 殴られたせいで気絶していたトウヤが目を覚ました。


「フゥアアアアアア!!!」


 己を鼓舞するように雄叫びを上げる。


「殺してやる、殺してやるよ」


 何度も同じ言葉を繰り返し呟き、剣を握りしめて足に力を入れ、地面を強く蹴った。


 かなりの距離を飛ばされたはずだが、一回の跳躍でアカネのもとにたどり着く。


 トウヤは――歓喜していた。


 嬉しさにうち震える、その感情を誰かと共有したかった。

 故に高速で斬りかからずに、アカネの正面に立って話しかけた。


「今までの冒険者は雑魚だったけどよ。おめえは違うみてえだな。つまんなかった、つまんなかったよ、簡単に死ぬからさあ」

「……」


 アカネはいつものように感情が読み取れない表情で、黙ってトウヤの話を聞く。


「なあ、少しくらい話をしたっていいだろ? あいつに会話をするなって言われたか?」


 おどけた態度でアカネに自分と話すように促す。


 だが、アカネは肯定も否定もしない。

 当然だ。もとよりトウヤなど、彼女の眼中に入っていないのだから。


 興味の対象ですらないのだ。そんな奴と誰が会話をしようか。


 彼女の思考は、ただ一つ。


 ――どうしてレグルスは自分を怖がらなかったのだろう?


 その疑問で支配されていた。


 角を見ただけならまだしも、あの時のように襲いかかったのを覚えている。しかしレグルスは戸惑いこそすれ、恐怖は抱いていなかったように見えた。


 なおかつ自ら首元を晒して“血を吸え”と言ってくれた。


 それがどれだけ驚いたことか。どれだけ嬉しかったことか。


 レグルスは複雑に揺り動き、様々な思いが交錯するアカネの心情を知らない。


 アカネは胸元に片手を添える。


 ――やっとわかった。やっとわかったんだよ。


 溢れてくる思いを伝えたい。長い年月を生きてきた少女が初めて胸に抱く想い。


 そのためには、レグルスの言ったことを守らなくてはならない。


 会いに行くためには、目の前の邪魔な者を倒さなくてはならない。


 耳障りな声を放ち、レグルスを侮辱するこいつを――倒す。


 そう決意するも、殺さずに倒すとはどのようにやるのだろうかと彼女は悩む。戦いとは無縁、とまでは言わなくとも、それに近しい状況であった。そのため戦闘経験は無きに等しい。


 故に少女には、相手を“倒す”方法が思い付かなかった。


「……」


 アカネは微笑んだ。まるで聖母のような、何者も癒す優しい笑みであった。

 本人は悩みすぎてどうしようと困惑している。


 だが、トウヤにだけは逆効果だったようだ。


「お、いい顔すんじゃん。そそるねえ、ぶっ壊してやりたくなるよ、ハハハ――ハァッ!」


 笑っている途中でいきなり距離を詰めて剣を振り下ろした。


 身体を逸らして剣の軌道から外れる。


「いいね、いいねぇ、あんたいいよ。その調子で、俺を楽しませてくれよ!!」


 相手が弱すぎて本気で戦えなかったトウヤが、ようやくその力を存分に振るえる相手と出会えた。


 彼にはこれがまさしく運命の出会いに感じた。


「なあ、名前を聞かせてくれよ。おれはトウヤ・クラカワって言うんだ」

「……」

「さっきからおればっか話してんじゃん。つまんないー」


 恐怖の声とか上げてくれるか期待しながら剣を振るうも、軽々と躱わすアカネ。


 彼は知らなかった。この間にもアカネが静かに怒りを募らせていることに。


「だー、つまんねえ。全然話してくんねえじゃん。まだ一回も声を聞いてないんだけどー」


 猛烈な勢いで斬りかかっていたにも関わらず、突然後ろに飛び退いたと思いきや、アカネに対するぼやきをこぼした。


「なに? そんなにあいつがいいわけ?」


 人の中で一番コントロールが難しい感情とはどれか――怒りである。


 無視し続けるアカネに、トウヤは喜びから怒りへと感情が変化していった。


「じゃあ残念だったな。あいつはもう死んでるぜ」


 アカネが目を細める。


 自分の言葉に反応してくれたのが嬉しくなり、口角を上げてなおも続けた。それが自分の首をしめる行為だと知らずに。


「オレ以外にもあと二人いるんだけど、そいつらもおれみたいにちょー強えんだわ。だーかーらー、お連れの男も今頃他の冒険者みたいに死んでるだろうなー」


 舞い上がった少年は自分の軽い発言がどのような事態を招いてしまったのかを気付けない。たとえ、気付けたとしてももう遅い。


 雨に濡れたあとに、濡れないようにしなきゃと言っているのと道理である。


 何をしようと、神に祈ろうと、既に手遅れなのだ。


「でも寂しがることはないぜ、安心しろ。おれがあんたとたっぷり遊んで――」

「――跪け」

「ぐべっ」


 まるで急に重しを身体中に取り付けられたかのように重くなり、トウヤは地面に跪いた。

 地面に手足が若干めり込み、ついでに頭も一緒に同じ状態。正確には跪くと言うより、土下座していると例えた方が正しいのかもしれない。まるで見えない巨大な足に踏みつけられたみたいだ。


 歓喜に支配されていた脳が、突然起きた事態に理解が追い付けずに彼は困惑する。


「な、なにを……?」

「――さようなら」


 念願が叶ってアカネの声を聞けた時には、トウヤの意識は既に闇へと誘われたあとだった。


 早速レグルスのもとへ軽い足取りで向かおうとするが、ピタリと止まる。


 ゆっくりと後ろを振り向き、這いつくばるように地面と仲良くするトウヤを見下ろす。


 数秒の思考の後、人の腕ほどの木の枝を拾ってきた。それをトウヤの服に先端を引っかけて反対側を自分で持つ。

 触れたくないが放置もできない。彼女なりに考えた妥協案だった。


 そして、そのまま木の枝と、それに引っかけたトウヤを引っ張ってレグルスのもとへと足を進めるのだった。

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