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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第一章 召喚されし魔王
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『お勉強』

 グリムの教え方はかなり上手で、流しそうめんのようにこの世界の知識がスルスルと頭に入っていった。子どもたちの世話役に確かにうってつけだと実感させられる。


「では、おさらいです――」


 おかげで座学は難なく終わりが見えてきた。


 気になったのは俺がこの世界に転移してきた玉座の間にいた、8人の側近〈八天王〉が誰も手を出してこないのだ。恐らく前魔王陛下に止められていると考えられるが、隙を見て殺しに来る訳でもなかった。


 実践訓練が早めにできるかもしれないと期待していた分、少し残念だった。ふと疑問に思い首を傾げる。これじゃ死にたがっているみたいだ。率直な感想を心の中で述べてため息を一つ。


 失った記憶が関係しているのか、俺の言動や思考はどうも危険な方向へと進みたがる。変に災いを招かないのを祈っておくか。


「人類が誕生したのがいつなのか、詳しい年代は未だに判明していません」

「たしか、八千年より前の記録がないんだったか?」

「そうです。心ここにあらずかと思いましたが、ちゃんと聞いていたのですね」


 ふふっと微笑するグリム。当たり前だっての。そうドヤ顔をする俺に説明を続けた。

 実際の戦場ではどんな情報が役に立つかわからない以上、座学だからと右から左へはできない。


「ですがハ千年を皮切りに歴史が刻まれていきます。まるで突然現れたようにです。加えて“人類誕生”が記されたものは何一つ残されていません。正確には、真実が記された、ですが。憶測や仮説の文献は多く残っていますよ」


 なのに摩訶不思議なことに、ハ千年以前の記録が全くないのだそうだ。種族問わず多くの研究者が魔法などで干渉しようと試みたが、結果は言わずもがな。壁のような何かに阻まれてしまうらしいんだと。


 こういうのは何かきっかけさえあれば雪崩のように真実が詳らかになる……気がする。根拠はない、ただなんとなくそんな気がするのだ。


 そして俺は思う。なぜそんなに過去を知りたがるのか、と。こう考えるのは俺がまだ部外者(・・・)だからなんだろう。


「レグルス陛下であれば――」

「なぁ、グリム」

「なんでしょうか?」

「堅苦しいのはなしにしてくれ。俺は魔王かもしれないが、少なくとも今はお前の教え子だろ」


 きょとんとした顔をするグリム。俺がこんなことを言うとは思ってなかったんだ。


「……似たもの同士ですね」

「ん? なんだって?」

「わかったと言ったんだよ、レグルス」


 小声すぎて聞き取れなかったと問いただすと軽くはぐらかされた。


 おおよその検討はついている。前魔王のフレズベルク・デーモンロードと俺が似ていると言ったのだろう。

 この城を探検するついでに情報を集めておいた甲斐があった。廊下を歩いていた数人の魔族と話しただけなんだが無駄にならなくて良かった。


 グリムとフレンは昔からの仲で、友人と言っても良いくらいらしい。第三者が言うってことは、もしかしたら本当に似ているのかもしれない。


 しかし、それは俺に記憶がないからとも考えられる。子は親の真似をする。なぜなら記憶、つまり知識がないから実際に試して(・・・)どんな効果になるかを知ろうとしている表れだ。――生きるために、生きる方法を模索する。至極当然の行いだ。


 俺のその対象が単純に“フレンなだけだった”可能性がある現段階では、素直に頷いてやれないのが残念だ。


「そういえば、レグルスの魔法属性の適性を調べてなかったね」

「地水火風ってやつか。適性がない属性の魔法は行使できないんだっけか?」

「ちすいかふう、はわからないけど魔法行使に関しては惜しい。少しだけ外れてる。適性がなくても初歩的なものなら使えるんだ。戦闘訓練が始まる前に調べておこう」


 授業のカリキュラムはグリムに任せる、の意味を込めて俺は頷いた。

 俺の学習能力は悪くない、むしろ良い方だ。歴史から言語、礼儀作法に至るまで予想以上の早さだとグリム先生も驚いていた。


 なので、予定していた一週間より早く戦闘訓練へと突入した。


 俺の指導をしてくれるのは魔王軍最強の剣士。通称〈漆黒の剣聖〉と呼ばれる――バルレウス・ウィル・リンデベルトだった。


「レグルス陛下の腕前は先日、玉座の間で拝見いたしました。なので今回は手加減なし、本気で来てください」


 練習用の斬れない剣を右手に、体を斜めに向けた状態。左手は背中に回してある。恐らく“ハンデ”なのだろう。


 本気で来いと言っておきながら自分は手加減するなんて、と思ったがそんな甘い考えは一瞬で淘汰される。

 互いに剣を構えた途端、周囲の空気が張り詰めるように変わった。まるで氷の中に放り込まれたのかと錯覚しそうな冷たいものへと……。


「ははは……」


 乾いた笑いが口からこぼれた。なまじ戦闘経験があるらしい俺の全身が警告している。――逃げろ、と。


 動けない。そのくせ震えはしてくれる。なんともわがままな俺の身体よ。


 ようやく俺は理解した。手加減される(・・・・・・)理由(・・)をだ。

 少なくとも今の俺では勝てない。逆立ちしようが何だろうが結果は変わらない。文字通り一瞬で屠られるだろう。


「これから先、あんたみたいな奴らと戦っていくんだよな」


 ならば、と俺は手に力を入れる。……違うな、だからこそだ。だからこそ俺は勝たなくちゃいけない。


 深呼吸をして剣を構え、斬りかかった――。



 それから何度か休憩を入れつつ指導を受けたが、結局一度も勝つどころか傷一つつけることすら叶わなかった。


「だぁーっ」


 全身の力を脱力させるためにその場に大の字で寝転んだ。


「いやはや、噂に違わぬ成長度合い。驚きました、陛下」

「あんたが言うと皮肉にしか聞こえねーよ。見てろ、すぐに追い越して実力も魔王になってやるからな!」

「それは……楽しみにしています」


 柔らかい笑みを浮かべて俺の意気込みに言葉を返した。それには“やれるものならやってみろ”と本当に“楽しみだ”の意味が含まれているようだった。


 戦闘訓練、魔法訓練など様々な稽古や勉強を日替わり、または同日に行って俺は実力を確実に伸ばしていった。

 毎日へとへとになりながらも晩ごはんが美味しくなると張り切ったり、時折あの部屋に顔を出しては子どもたちと遊んだりと、想像していた〈魔王〉には程遠い生活を過ごした。


 そういえば、先日子どもたちがとある伝説を教えてくれたな。


 〈英雄ゼノンの伝説〉


 当たり障りのない子どもが楽しめるおとぎ話だ。

 ゼノン(・・・)の名前を聞いたとき、歯の奥に何かが引っかかったときのような感覚があった。――俺はその名前を知っている。目を閉じれば靄がかかってぼんやりとしてはいるが姿が思い浮かんだ。


 しかしそれ以上のことはわからなかった。まさに歯痒い気持ちではあったが、子どもたちの前なので表情は笑顔を取り繕った。


 そして気になる一文も……。


 ――現し世に破滅訪れし時、彼の英雄は立ち上がらん。


 捻くれた解釈かもしれないが、英雄は破滅が訪れなければ立ち上がれないと言っているようにも思える。子どものためのおとぎ話だ、そこまで深い意味は込められていないか。


 俺は苦笑して考えるのをやめた。



 そして一ヶ月が経過した頃、俺はずっと気になっていた案件の解決へと乗り出した。


 廊下の曲がり角から俺の背中を見つめる視線の主。暗い中でも目立つ銀色の長い髪を赤い組紐を使って左側で束ねた少女、前魔王のフレンの一人娘――フィーネ・グランヴァース・デーモンロード。


 見つめると言っても、目は生まれつき見えないらしいから監視、観察、警戒……まぁそこら辺だ。


 あの日俺の部屋を訪れてからご丁寧に毎日様子を窺ってくれている。最初は興味津々なのかと思い気にしていなかった。それでも一ヶ月も続けば話が違う。明らかに興味津々過ぎる。


 しかし一応先代の魔王フレンの一人娘ならば無下にはできまい。だからグリムにどう対処すれば良いかと問いかけたら、


「フフフ。レグルスの思うままにすれば良いかと。あなたなら愚かなことはしないと思っているからね」


 とまたもあしらわれてしまった。それが正しいかわからなくて不安だから訊いたのに無責任な世話役だ。文句の代わりに盛大なため息をついたのは言うまでもない。


 そもそも俺がこうして無事に生きて悪態をつけるのはグリムのおかげと言っても過言ではないため、自信満々に文句を言えないのが残念だ。いずれ見返してやるからなと密かに胸を張った。



 そして俺はフィーネとコミニュケーションを取るべく、話しかけようとしたのだが……、


「ぐぬぬ……いない、だと?」


 気配を感じて後ろを振り向くと既に銀髪は見えない。故に後ろ向きで近づいたり、脚力を魔法で強化した状態を維持し続けて気配を感じたら瞬時にその場に駆けつけたりと頑張ってはみたものの、全然対面できなかった。


「レグルス。場内で最近噂になっているよ。フィーネ様と追いかけっこでイチャイチャしてるって」

「誰がイチャイチャだ、ゼェゼェだっての。気配を感知したら一瞬で行ってるのに、既に遥か彼方なんだよなぁ。世界選手権があれば確実に一位だな」

「セカイセンシュケンとはなんだい?」

「あー、世界中の猛者たちを集めて色んな方法で競い合うんだ。走る速さとか、どれだけ高く跳べるかとか……だった気がする」


 自分でも曖昧な失っているはずの記憶の片鱗がこうして口からポロリと出ることが多々あった。


 本当に時々、ふとした瞬間にだ。思い出そうとしたら出てこないのに、なんとも無責任な話である。


 でも偶然にしては良い言葉を思い出してくれた。今度魔王軍の連中で種目を決めて競うってのも悪くないかもしれないと俺は口角をあげた。


 人間族たちとの戦争中なのに、俺がこんなにも悠長な考えができるのはちゃんとした理由があるからだ。戦争は資源をこれでもかと言うくらい消費する。それが年単位なら消費量は馬鹿にならない。


 そのため継続して攻め続けるというのがお互いにできないでいる。極めつけは人間界と魔界との間に広がる大海原……つまりは海が長続きさせまいと立ちはだかった。


 どちらかが相手の領界に踏み入れば、補給がままならなくなる攻めた側が不利になる構図だ。なのに人間たちは諦め悪くか辛抱強くか、その蛮行を繰り返している始末。


 だがそんな彼らでも年中無休とはいかず、お休み期間があるらしく今はまさにその期間中と言うわけだ。


 ならこの間に魔王軍の全勢力で攻め入ればとふと思ったが、人間たちをもし憎しみや怒り、欲望のままに殲滅すればもとより戦闘狂の魔族たちは味をしめる可能性が高い――同時にそんな考えも浮かんだ。


 良くも悪くも“人間族が魔族たちの標的になっている”と他の種族も一歩引いているが、この微妙な均衡が崩れれば人間族以外の種族との戦争もあり得る。


 こちらのトップがフレンのような優しい魔王でなければ戦況はより悪化していただろう。


 ちなみに〈魔王〉は代々受け継がれるものらしく、フレンが六代目魔王だから、俺は七代目になるらしい。


「フィーネ様はとりあえず置いといて、先代魔王の話の続きをしてくれ」

「……おっと、そうだった。うっかり誤魔化されるところだった」


 誤魔化すも何もお前が話を反らしたんだろうが。と、ツッコミたいのをぐっと堪えて先を促した。絶対に今よりややこしいことになる。


「先代の魔王様方は本当に様々な思考の持ち主。そして全員〈魔王〉に相応しい力の持ち主なんだ」

「だから俺みたいに弱い奴が魔王になるのは初めて……か」

「強い弱いに関しては何も言えないけど、人間(・・)が魔王になるのは初めてだよ」


 グリムめ、さすがに賢いやつだ。気遣いには感謝しておこう。


 まぁしかし、だ。魔王軍、強いては魔族全員がグリムのように穏やかな心の持ち主ではないだろうから、煮えたぎった状態に蓋をしていればいずれ必ず沸騰する。


「限界は近い……か」


 俺の予想は比較的早めに的中した。いや、的中してしまったんだ。

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