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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第三章 命懸けの冒険者
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『冒険者』

 朝からドタバタと騒がしくしたものだ。まだお昼なのに疲れたぞ……。


 これから冒険者ギルドを覗きに行くのに足が重い。

 そんなヘトヘトな俺などつゆ知らず、乙女たちは元気にはしゃいでいた。


 その体力は何処から湧いてくるのやら、分けてほしいくらいだ。


「着いた」


 周りに建ち並ぶ家などよりも一回り大きい、木造の建物を見上げながら俺は口ずさむ。


 さすがはこの街の象徴、立派な造りをしていた。3階建くらいかな。


 アカネには念のため宿屋で待っているように指示したのだが、聞き入れてもらえず一緒に中へと入った。


 中にいた冒険者たちには稀有な眼差しを向けられた。


 俺はそんなことなど気にも留めずにカウンターへと足を進める。しかし途中で邪魔をされてしまう。


「見ねえ顔だな、新入りか?」


 がたいの良い男が立ちはだかったのである。


 酒の匂いが酷い。この男、完全に酔っぱらってやがる。


 絡んできた男は鼻を摘まみたくなるほどお酒臭かった。


 アカネにすぐに魔法を施して、体に害が及ばないようにした。


「そこを退いてくれないか。お前には用はない」

「オオーいいねー。時々いるんだよなぁ、女の前だからってかっこつけちゃってよ!」

「――俺は忠告した」


 巨体に似合う大きな拳で殴りかかってきた。

 こうなれば遠慮する方が馬鹿らしい。できるだけ穏便に済ませるつもりだったのに、相手が暴れたいのならそれに付き合ってやろう。


 拳を受け流すと容易に体勢を崩したので、足を引っかけると顔から床に転んだ。


「てめぇ……よくもオレ様をこけにしやがったな! 実力の差ってのを思い知らせてやる!!」


 高らかな雄叫びがギルド内に響く。


 うるさいな、アカネが怖がるだろうが。


「てめえを殺したら、女たちはオレ様が面倒を見てやるから安心しな」


 背後で剣を鞘から抜く音が聞こえた。


 俺のものに手を出すと宣言するなど、良い度胸ではないか。


「ドネータが本気で怒ったぜ」

「ギルドを壊すなよー、ドネータ」

「やっちまえー」

「俺はドネータに賭けるぜ」


 周りの冒険者たちは止めるつもりは全くないようで、各々の楽しみを見つけたようだ。


 昼間から酒に入り浸るなど、冒険者とは軟弱者の集まりだったわけだ。


 ドネータと呼ばれた大男も、盛り上がった空気に乗せられて大きな声で笑った。


「光栄に思えよガキが。このオレ様に――」


 話の最中に俺はドネータに振り向き、喉に指を軽く当てた。すると大男は剣を手放して自分の喉元に両手を添えて顔を青ざめる。


「さっきまでの勢いはどうした、ドネータ。たかが呼吸ができなくなったくらいで、そんなに焦るなよ」


 泳ぐように手を動かすドネータ。口の動きで助けを求めているのは理解できた。


 空気が体内と体外を行き来する通り道を魔力で塞いだのだ。


 本人からすれば、ちょっと喉に触れられただけでいきなり呼吸ができなくなりとても焦ったと言ったところか。


 ドネータの変わり様に、先ほどまでの喧騒が嘘のようにギルド内は静まり返った。


「俺は争いに来たのではない。話を聞きに来ただけだ。だが、この男のように敵意を向けられれば、応戦すると忠告をしよう」


 ドネータは床に倒れ、とても苦しそうにしていた。


 イーニャにかわいそうだよと言われたので仕方ないから魔力を拡散させて呼吸ができるようにした。


「はーっ、はーっ、はーっ」


 空気を貪るように吸い込むドネータ。よほど呼吸が好きになったと見える。


 今度こそカウンターの受付の女性へと話をしようとしたら、背後から殺気を感じた。


 アカネにはずっとドネータがいない方向を向かせていた。

 あんなのは姿だけでも教育上よろしくない。アカネには良い子に育ってもらわないといけないからな。


 はっきり言って俺も見たくない。

 なので後ろを向いたまま床を一踏み。


 すると数秒後、ドスンと何か大きなものが倒れる音がした。


 木造で助かった。床の木を上に伸ばして、顎にクリティカルヒットさせたのだ。……クリティカルとは何だろう。とにかく良い感じに当たって、良い感じに倒したのだ。


「騒がしくしてすまない」


 顔が明らかに引きつっているぞ受付の女性よ。


 冒険者ギルドの受付だ、こういういざこざは慣れているのではないか?


「いっ、いえ、いつものことですから。今日はどういったご用件で?」


 やはり思った通りいつものことだった。


「冒険者について話を聞きたかったのだ」

「かしこまりました。では――」

「今度は誰がバカをやらかしたんだ?」


 受付が言い終える前に階段上から野太い声が届けられた。


 木造らしいギシギシと音を立て、声の主が階段ですぐに降りてきた。鍛え上げられた肉体と顎から耳元にかけて生えた髭が特徴のドネータよりは小さいとはいえ、俺からすれば大きい男だった。


 それでもドネータよりも迫力がある。かなりの実力者故にそう感じるのだろう。


 心なしか冒険者たちが緊張しているように見える。


 姿を見て理解する。この男がギルドのボスだ。


「おめえは……」


 いきなり睨み付けられた。


 俺はこんな髭男は知らないぞ。


 壁際に座っている細身の男なら知っているがな。


「あの人がギルドマスター、バッカス・ガルヴェリウスよ」


 イーニャが耳打ちで教えてくれた。予想的中だ。

 バッカス……バンガスに名前が似てるな。


「悪いな。礼儀を知らぬ奴にお灸をすえていた」


 バッカスが俺の背後……今は体の向き的に横で倒れるドネータを見下ろす。


「うちのもんが世話になったみたいだな。おめえはここに何しに来たんだ?」


 階段を降りきっても、俺の視線は正面より若干上を向いている。


 改めて見ると大きいな、と思った。


「何者かは聞かないのだな」

「……」


 眉を寄せるバッカス。


 俺の言葉の真意を確かめようとしている。


「ここに来るヤツはだいたい決まってる。聞く必要がね、先に目的が聞きてえんだよ」

「なるほど」


 あくまでしらを切る気か。


「腹の探り合いは苦手でな、単刀直入に言わせてもらおう。俺は合格か、それとも不合格か?」


 質問を投げかけると強面(こわもて)の仏頂面が笑った。


「え? れ――兄様、どういうこと?」

「ギルドマスター殿は俺を試したのさ。ギルドに友好的な人物か否かをな」


 親指で壁際の席に座る細身の男を指差して続ける。


「イルギットで俺の存在を知って以降、ずっと付け狙ってたらしい。この中で唯一、俺はあいつだけ知っている。そしてドネータをけしかけてどう対処するかを確かめたかった……」


 そこまで言うとバッカスがガハハと軽快に口を開けて笑った。


「オレの目に狂いはなかったな。全部おめえの推理通りだ。イルギットで〈王国の守護者ナイト・オブ・レギオン〉を倒したって聞いて目を光らせていたんだ」


 それから俺たちはギルド2階にある客間に案内され、話しついでに食事をご馳走してもらった。といっても、俺とバッカスは話の方が重要だったので、お食事はお姫様ふたりに堪能してもらった。


「改めて自己紹介する。ここ、ギルド〈ボルボレイン〉のギルドマスター、バッカス・ガルヴェリウスだ」

「俺はノルン。こっちは妹のイーニャ。その子はアカネ。この馬鹿妹が拾ってきた元奴隷だ」

「誰がバカですって」


 お前以外に誰がいる?


 それと、どっかの生き物みたいに頬を膨らませて反論するな。


「そんな少女の奴隷になにをするつもりなんだ?」

「勘違いするな。俺はアカネを奴隷とは思っていない。一人の家族として接している」


 奴隷刻印があるから隠さずに話した。


「家族か。いいじゃねえか」


 強面(こわもて)のくせに良く笑う男だ。


「待てよ。〈ボルボレイン〉はあれか、〈神龍ボルボレイク〉の名前から取ったのか?」

「なんだおめえ、若いくせに神龍を知ってるのか?」

「歴史は一通り学んだからな。偉大な龍の名前なら知っているとも」


 グリム先生に叩き込まれたからな。その程度知っている。


 誇り高い竜族で、後に神となった竜の中の竜。

 竜族で唯一、敬意を表して“龍”と呼ばれる存在である。


「オレもいつか、ボルボレイクみてえに強くなりてえ。そう思ってギルドを立ち上げたんだ」

「人が龍のようにか。難しい夢だな」


 決して否定せず苦笑した。


 バッカスの表情から真剣な気持ちなのは伝わったからだ。


「てっきりおめえもバカにすると思ったのによ」

「馬鹿になどしない。夢とは、高く叶えられないような望みだからこそ夢と言い、胸に抱くのだ。それが例えどんなに愚かしいことであろうとも、その者にとっては大切な事柄だろうよ」


 俺なんか世界征服だからな。言えないけど。


「おめえ、いいヤツだな」

「褒めても何も出ないぞ」

「そりゃ残念だ」


 苦笑するバッカス。あんたにもその言葉返させてもらう。


「それより訊きたい。あんたは何を焦っているのかを」

「焦っている、か……。ああ、そうだな、オレは焦っているんだろう」


 ずっと笑っていたバッカスの表情から笑みが消えた。

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