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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第三章 命懸けの冒険者

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『混血種』

 〈吸血種(ヴァンパイア)〉――血を吸って生きる種族。人と同じ食べ物でも栄養は取れるが、一定の期間に血を吸わなければとてつもない吸血衝動に駆られて自我を失うこともあると言う。


 現在のアカネはまさにその吸血衝動全開の状態。良くここまで堪えていたものだと褒めるべきか、教えなかったことを叱るべきか悩ましい。


 とにかく、アカネ自身もかなり苦しいはずだ。早く解放してやるとしよう。


「落ち着け、アカネ。安心しろ、俺の血を吸えば良い」

「ハァァァァ、フゥゥゥゥ……」


 獣のように息を荒らすアカネの頭を撫でると、気のせいか落ち着きを取り戻したような気がする。その隙に首を差し出した。


「構わん、遠慮するな。アカネになら――くっ、あぁっ!」


 俺が首を差し出したのと同時。アカネの牙が首筋に突き立てられた。かなり痛い。

 これなら〈王国の守護者ナイト・オブ・レギオン〉と殴りあった方がまだましだぞ。


 凄まじい勢いで血を吸われているのがわかる。


 まずい。このままでは俺死んでしまう。


「〈セラフィア〉」


 回復魔法を自分にかけて失った血を無理やり取り戻す。が、アカネの吸血は予想以上で意識が飛びそうだった。


 おいおい、一応上級の回復魔法だぞ。それでも追い付かないとかどれだけ血に餓えているのだ、アカネよ。


 あれだな。血を吸われる感覚とは、魂すら持っていかれるようなものだ。


 いや、実際に持っていかれたら冗談抜きで死んでしまう。


「このっ……〈セラフィアル〉」


 本来、死に瀕した状態の者に施すくらいの回復魔法を、吸血されたから使うとは……難儀なことだ。


 血を吸われ、意識を必死で掴んで離さないようにしながら、俺はひたすら待ち続けた。


 どれだけ吸うつもりだよ!



 ――やがて満足するまで吸い終わったのか、恍惚とした表情で口元についた血を舌で舐めとりながら顔を上げた。


「はぁ……はぁ……はぁ……お腹いっばいか?」


 軽口を叩いてみたものの、正直限界を越えていた。

 どうやら血と一緒に魔力も吸われていたらしく、俺の身体は血と魔力の両方が不足した状態となって指一本動かせない。


 本気で死ぬかと思った。

 俺、良く生きてるな。我ながら自身のしぶとさに感心する。


「……ッ!!」


 正気を取り戻したアカネは戸惑っていた。

 目の前で首から血を流されては当然だろう。


 まぁ、良かった。


 俺は最後に頑張って微笑みながら意識を失った。




 ◆◆◆




「ちょっ、ななななななな、なにしてんのよ!!!」


 翌日。

 俺はイーニャの叫び声で起こされた。


 妙な感覚だ。肌寒いのと生々しいのと温かい感覚が体の……ん?


「待て。勘違いするなイーニャ。俺は何もしていない。俺は無実だ」


 両手を上げて降参の意を示す。


「へえー? その状態でよくそんな嘘が軽々と言えるわね?」


 おい、待て。それは何だね?

 そんな氷の尖ったものを向けられたら怖いではないか。こっちは寝起きなのだぞ。物騒なものはしまいたまえ。


 俺こそ何でこんなことになっているのか訊きたいくらいだ。


 俺は上半身が裸。脱いだ記憶はない。つまり脱がされたのだろう。


 そして、そんな鍛え上げられた我が肉体の上に、全部脱いでるアカネが静かな寝息を立てていた。


 とにかく落ち着け、落ち着くのだレグルス。俺は冷静沈着、品行方正、偉大なる魔王だ。こういう時こそ持ち前の頭脳で場を切り抜けるのだ。


「アカネは〈鬼人族〉と〈吸血種〉の混血種(ハーフ)でな、吸血衝動に駆られていたので血を吸わせたのだ」

「で?」


 冷たい視線を突き刺してくる。


 で、って。いやいやいや、続ければ良い。まだ話せる。


「血を吸い、満足したのか何とかアカネは正気を取り戻した」

「で?」


 あの、もう少し待っていただけると嬉しいのですが……。


「俺はそれを見届けて……」

「で?」


 早い、早いよ。まだ続きがあるのだ。


「気を失いました……」

「ふーん、へぇ、そー。気を失っちゃったんだー」


 わー、凄い棒読みー。それに心なしか氷の尖ったものが増えてるような気がするー。


 アカネに魔法で服を着せて……もちろん見てないとも。


 そっと、隣に下ろして俺は壁の方へ。よしよし、そうだ、尖った先端を俺に向けたまま。


「さあっ、やるならやれ。一思いにやってくれ!」

「じゃあ、遠慮なく」

「何だって――」


 俺にかかればこの程度見事に躱わすことが……あれ、離れられない。頭の一部が壁から離れない。


 我が寝起きのチャームポイント、ではない。はねた髪の毛が氷によって壁に引っ付いていた。


「本当にやる奴があるか!」

「どうりでふたりきりなのになにもしてこないわけね。幼い子が趣味だったなんて……」


 ブツブツと小声で言ってやがる。俺を串刺しにしかけておきながら余裕だな。


「何を言っている? 聞こえないぞ」

「へぁっ!? 違うわよ!!」


 ガキッ。


「はふはいはほふぁふぁふぉふぁ。ほうふほひへははふほほほはっははほうは」

「え、なんですって?」


 口で何とか受け止めるも、俺としたことがまともに喋れなくなってしまった。


 氷を噛み砕いて仕方ないから、寛大で凄すぎる俺がもう一度言ってやろうではないか。


「危ないだろ、馬鹿野郎。もう少しで……まぁそんなことは置いといてだ。事情は説明した通りだ」

「あ、誤魔化した」

「うるさいわ!」


 もう一度最初から説明し直してようやく理解してくれた。


「でも、私の知る限りでは〈鬼人族〉と〈吸血種(ヴァンパイア)〉は相当仲が悪かったはずよ」

「ロマンチックに言うなら、愛は種族を越えるのだろう。可能性は極めて低いかもしれないが、実例が目の前にいるのだからそう考えるべきだろう」


 何しろ〈吸血種(ヴァンパイア)〉は数が少ないとされる〈鬼人族〉より数が少ない。百にも満たない程度だと聞いている。


 しかし、疑問がある。基本的には不老不死であり、驚異的な再生能力や魔力量を持ち得る〈吸血種(ヴァンパイア)〉だが、太陽の光を浴びると全身が燃えて灰になる。


 最強種族と謳われる彼らの数少ない弱点の一つだ。


 なのにアカネは俺たちと一緒に、普通に太陽の下で過ごしていた。


 イーニャにもその点を指摘された。


「恐らく、そこは〈鬼人族〉の特性で補っているのだろう。〈鬼人族〉は強靭な身体能力と適応能力を持っている」

「それらが上手く働いて太陽の下でも動けるというわけね」

「魔法の使用は確認できないから、そうだろうな」


 もともと〈吸血種(ヴァンパイア)〉は〈魔族〉の亜種であり、太陽の光が弱点なのも相まって、魔界から出ないはずなのにどんな巡り合わせがあったのやら……。


「アカネがこうなった事情は想像がつく」

「どういうこと?」

「〈鬼人族〉は自分たちの血に誇りを持っている。強き者の証としてな。そこにもし、最も嫌悪する〈吸血種(ヴァンパイア)〉の血が混ざったとなればどうするか……」


 ハッとなるイーニャ。


 あら、今日はやけに賢いな。


「――どんな方法を使ってでも追い出す」

「おおかたそれで間違いないだろう。両親の生存は絶望的だ。一人でさ迷っていたところを捕らえられた、とかな」

「そんな……酷い」

「種族によって考え方は異なる。同情していては身が保たないぞ」


 あの奴隷商人はアカネが〈混血種(ハーフ)〉なのを見抜けていなかったのだろう。


 もし気付かれていたらこんな辺境には来ず、真っ先に王都に向かったはず。希少な〈混血種(ハーフ)〉は、裏の世界では金になるからだ。


 俺は手を口元に添えて首を傾げる。


「……なぁ、イーニャ」

「なあに?」

「アカネを連れていた奴隷商人はどんな奴だった?」

「いきなりどうしたの?」


 突然の問いにイーニャも同じように首を傾げた。


「気になることがあってな。何でも良い、商人の特徴を教えてくれるか」

「そうねぇ……。フードを被ってて顔はよく見えなかったわ」


 んーと思い出しながら答える。


「声や性別はどんなだった?」

「低くていい声だったよ。あの声はダンディーな男の人だね。それに奴隷商人にしては珍しく、ものわかりのいい人だった」

「……」

「あっ、あと元気がなかったよ。何日も食べてない……みたいな? だから手持ちのお菓子をあげようとしたけど断られた」


 俺は片手で顔を覆った。


「やられた……」

「え……えっ? どういうこと?」


 前言撤回。やはり賢くない……。


 今更気付く俺も同じだ。


「その男がアカネの父親か、それに等しい人物だろう」


 〈吸血種(ヴァンパイア)〉は血を吸う種族。血を吸わなければ干からびて死んでしまう。


 だが同族の血は吸えない。……いや、正しくは吸えないではなく吸っても意味がないのだ。

 同族同士で血を吸っても、それは血を吸う行為であっても栄養を接種したことにはならない。文字通り無意味なのだ。


 栄養分としての血を吸う場合は、必ず他種族でならなければならない。

 彼らが嫌われる理由の一番の要因だ。


「じゃあその人に話を聞けば――」

「無駄だ」

「急いで戻れば探せるよ」

「無駄なんだよ」


 何故俺は気付かなかった?


 あの奴隷商人の魔力が著しく減っていることに。

 これは推測に過ぎないが、血の代わりに魔力をアカネに与えていたんだろう。その魔力供給が途絶え、吸血衝動が起こってしまった……。


 あの異様なまでの吸血は、しばらく血を接種していなかった反動だったと考えれば辻褄があう。


 俺たちにアカネを売ったのは、魔力供給ができなくなったから。つまり――。


「すぅー、ふぅー」


 可愛らしい寝顔で眠るアカネに視線を送る。


 自由主義の〈吸血種(ヴァンパイア)〉ならともかく、誇り高い〈鬼人族〉がアカネの存在を知ったらどうなるか……考えるまでもない。


 乗り掛かった、と言うよりイーニャに乗らされてしまった船だが、どちらも乗ることには変わるまい。


 髪の毛を巻き込んで壁に突き刺さる氷を砕き、アカネに歩み寄る。


「世界征服ついでだ。お前が一人前になるまで面倒を見てやる。お前にも手伝ってもらうからな?」


 イーニャに振り返って約束させる。


「私が連れてきたもんね……。いいわ、一緒(・・)にこの子を育てましょ」


 変にとある部分が強調された気がするが追求しないでおこう。面倒だ。


 〈吸血種(ヴァンパイア)〉と言うことは見た目は年齢に比例しない。もしかして俺より年上だったりするのか……?


 何はともあれこうなった以上、自分の身を守る術も教えなければな。


 宿の裏庭で軽く特訓だ。あとで宿屋の主人に頼んでおこう。

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