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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第三章 命懸けの冒険者
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『満月』

「…………」

「なんっう……ごくん。何かようか、アカネ」


 馬車の後部にて、顔面蒼白になっているのだろう俺をじーっと見つめてきたので、訊いてみたらかぶりを振って否定された。


 なおも見つめられる。

 これは気にしたら負けのようだ。


 しかし少しずつ感情が行動に出るようになってきた。日頃の行いの成果である。


「見えてきたよー」


 イーニャが言う。


 俺はそっちに背中を向けているから見えないのだよ、我が妹よ。

 馬車の上でロロるわけにはいかないだろうが。


 一度だけロロってしまい、物凄く怒られたのを忘れていないぞ。


 水を飲んで込み上げてくるものを押し返して、馬車の進行方向にある次の目的地を見てやった。


「安い造りだな」

「冒険者が集まる都だから、豪勢である必要がないのよ」

「自分の身は自分で守れると。よほどの自信家だな」

「否定はしないけど、本当に実力者がいるのは確か」


 想像していたのより質素な見た目の場所だった。

 都と言うからには、さぞ豪華な造りになっているだろうと期待した俺が悪かった。


 だがこれでは自分たちの手造りですと発表しているようなものだ。もう少し計画的にすれば頑丈な城壁も用意できるだろうに。


 面倒くさがりなのか?


 冒険者が主だった主力のこの都では、彼らがかなりの権力を持つようだ。と言っても、ある程度の実力を認められた者たちになるが。


 力はあっても頭はない。俺の中での最初の印象はこんなだった。


 都に入る際のいざこざがより俺の中での彼らの印象を悪くさせた。


「通行証がないなら、金を出しな」


 門番らしき男がそう言った。

 さすがに通行証は持っておらず、金を払うはめになったのは仕方ないとは言え、男の視線はイーニャやアカネに一直線。


 欲丸出しとはまさにこの事だ。


「お嬢さん、観光かい?」

「えっと……」

「そんなものだ。ではな、通らせてもらおう」


 疲れた身体を無理やり動かしてイーニャの隣に座り、代わりに返事をしてそのまま都へと足を踏み入れた。


 舌打ちらしきものが聞こえたが、今回は許してやろう。


 まずは馬たちを休ませたい。

 そう考えた俺は宿屋の場所を通行人に訊き、早速そこへと馬車を走らせた。


「ありがと」

「気にするな。どうも嫌な予感がする」


 外面は微妙なものだったが、都の中身はしっかりとしており、それなりの賑わいがあった。


 それよりも俺の胸中は言葉通り嫌な予感がぐるぐると渦巻いていた。


 この都で何かが起こる。そんな気がしてならなかった。


 まぁ、人間界に来てから無事ではいたが、騒動が起こらなかった試しはないし諦めるべきなのかもしれない。半ば受け入れぎみでもある。


 宿屋に向かう道中、武器や防具を身につけて連中を何人も見かけた。

 彼らが噂の冒険者らしい。


 男性だけではなく、女性も所属していたのは少々驚いた。


 それなりに実力がある者はなかなか良い稼ぎになるようなので、その影響もあってだろう。

 強力な魔物を倒せば、かなりの大金が報酬として出る。


 一攫千金と言うやつだ。


 そんな賭けのようなことに命懸けで挑むのが冒険者と言う役職である。


 だからといって冒険者への全ての依頼が命懸けではないらしく、行商人の護衛やら、物資の採取なども含まれており、必ずしも魔物と戦わなくてはならないわけではない。


 そして、そんな冒険者たちを管理しているのが〈冒険者ギルド〉と呼ばれる組織だ。


 管理と仰々しく例えたが、実際は依頼の仲介や報酬の受け渡しなどが主であり、基本的にはギルドが冒険者に命令を下すなどはできない。


 ただし、ギルドに所属していなければ仕事がもらいにくいため、ある程度のルールが用意されていても所属するのが当たり前となっている。


 もちろん、ルールが守れない者には罰則がある。


 謹慎やギルドからの追放などがそれに当たる。


 宿屋の用意された部屋にて、改めてイーニャから冒険者についての話を聞くことにした。

 ちなみに何故か宿屋の主人には大変温かい微笑みで迎えられたのだが、いったい何なのだろうか……。


「依頼と言う名の仕事をこなせばこなすほど、ランクとやらが上がり、報酬も上乗せされていくと」

「そういうこと。だから、みんな必死でランクを上げようとするの。だけど、ギルド側としては簡単に死なれては困るから、ランクによって難易度も変わってくるわけ」

「ランクと難易度は比例しているのか。ご苦労なことだ」


 難儀な役職だなと思った。少なくとも俺はなりたくはない。


 しかし、世界のあちこちを飛び回っている冒険者ならば、王国の情報を持っている可能性が高いのもまた事実。


 あまり関わりたくないと食わず嫌いをしていると、いつまで立っても情報が手に入らない。


「腹を括るしかないな」


 ため息が出てしまう。


 冒険者は野蛮。

 かといって、単なる馬鹿の集団では組織として長くは続かないはずだから、それなりの知能は持っているのだろう。


 初心者のことを考えて、ランク制にしているのも頷ける部分だ。


 明日、ギルドに直接行ってみて判断しよう、と話は纏まった。



 それはさておき、久しぶりの都なので外食をと考え、イーニャとアカネを連れて食事処へと向かった。


 アカネの角は都に入る前に幻影魔法で見えないようにしてある。

 だが見えないだけで、そこに角はあるため、当たったり触ったりしないよう事前にしっかり言い聞かせた。


 だからたぶん大丈夫だろう。と思いたいのだが、やはり不安なのでいつでも不足の事態が起きても良いように警戒している。


 イーニャは美味しそうに食べているのに対し、アカネの方はあまり食べていなかった。


「どうした、体調でも悪いのか?」

「……」


 ふるふると首を左右に振った。


 イーニャの料理とは違って、ここの店の料理は普通に美味しかったから余計心配になる。


 食べて良いと許可はしてあるのに、進んで食べようとしない。


 好き嫌いか?


「嫌いなものでもあったのか?」

「……」


 再び首を横に振る。


 何が原因なのだろう?


 無理に食べさせるのも酷だろうと思い、イーニャに出された料理の作り方などを教えたりしてしばらく待つことにした。


「さて、そろそろ宿に戻ろう」

「う、ん……」


 旅の疲れが出たのか、イーニャは凄く眠そうにしてきたので宿に戻ることにした。


 アカネを見ると、申し訳なさそうな顔をしている。


「構わないさ。誰しもこういう時はある。気にするな」


 できるだけ不安にさせないように笑いかけて頭を撫でた。


「お腹がすいたらいつでも言うのだぞ?」


 コクンと頷いたので、ひとまずは大丈夫のようだ。


 アカネの分の料理は俺が美味しく頂きました。


 眠ってしまったイーニャを背負い、アカネと並んで宿屋へと歩く。

 裾を掴んできたので、イーニャを背負い直して手を差し出すと握ってくれた。


 これでは本当に親子だな。と微笑んだ。




 ――宿屋に着き、イーニャをベッドに寝かせ、アカネをお風呂に入れた。


 俺もアカネが出てきてからサッパリさせてもらった。魔法で綺麗にすることもできるが、やはりお湯で汗を流したくなる気持ちがあるのだ。


 先に寝たイーニャは魔法で充分だ。仕方ないからこの俺が特別に綺麗にしてやった。



 ふと窓の外を見ると、淡く白い光が都を照らしているのが見えた。空には無数に瞬く星々と、一際存在感を放つ円形の星――人はそれを“月”と呼んだ。


 日によって形が変わる仕組みはよくわからないが、目を凝らすと光が当たっていないだけなのが見える。


 鏡のように何かの光を反射し、その部分が毎日徐々に変化しているため、形を変えているように見えるのだ。


 今日のように綺麗な円形の状態は満ちた月、通称――満月と言い、逆に月に光が当たらなくなり見えなくなる状態を“新月”と言うらしい。


 何でも名前をつけたがるものだ。


 しかし、不思議なものだ。

 見ているだけでこちらの心を穏やかにする。


 一説では〈神の地〉とも言い伝えられており、世界を創造した神々がいらっしゃり、今も我々を見守っているのだとか。


 そんな嘘か本当かわからない伝説を信じるわけではないが、神秘的な力を感じる気がする。


 ――この時、俺は月に魅入られていたのかもしれない。でなければ、背後から近付く何者かに気付かないはずがなかった。


 アカネにも綺麗な満月を見てもらおうと後ろを振り返った――その時。


「――ぐっ!」

「ハァァァ……」


 何者かに床に押し倒された。


 馬鹿な。結界は張っていた。侵入者がいればすぐにわかるはず。


 なら、俺を押し倒したこいつは誰だ?


「……あか、ね?」


 特徴的な赤い髪は白銀へと変化し、代わりに瞳が血のように真紅に染まり淡い光を帯びていた。さらに明らかにいつもより牙が長くなっている。


 今にも噛みつくようなその姿を見て、俺は思い出した。


 〈吸血種(ヴァンパイア)〉と呼称される、人の血を吸う種族のことを。


 なるほどな。

 アカネは〈混血種(ハーフ)〉だったわけか――。


 押し倒され、乱れた息をかけられ、噛みつかれそうな状況下で、俺は苦笑した。

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