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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第三章 命懸けの冒険者
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『夜空』

「オロロロロロ……」


 ぐぬぬ。この俺が乗り物ごときに屈するはずが、ない、のだ。


 アカネに無様な姿を見せないつもりだったのに、これでは計画が総崩れである。


「今日はここにしようか」


 道の脇にある目立つ木の下に馬車を止めた。


「そう、だな……うぷ……ごくん」


 ふっ。俺の手にかかればこの程度造作もない。


 丁度川もあるようだし、顔を洗ってこよう。


 とぼとぼと川へ歩いていると、背中に声が投げかけられた。


「滑らないように気をつけてね」

「馬鹿にする――」


 我が妹は未来予知の能力でも持ち合わせているのだろうか。

 見事に滑って尻もちをついた。


 アハハハと笑い声が聞こえる。


 俺としたことが、イルギットで酔いを止める薬草などを買うのをすっかり忘れていた。それでこの有様では怒りようがない。


「はぁ……顔真っ青」


 水に反射する自分の顔を見て、どれだけ酷い状態なのかを思い知る。


 両手で川の水をすくって顔にかける。冷たい水が気持ち良い。


 川辺に腰掛け、魚が元気良く泳いでいる様子を見下ろしながら思考を巡らす。


 次の目的地は、冒険の都――パラディエイラである。


 〈冒険者〉と呼ばれる、魔物退治や資源の収集などでお金を稼ぐ生業の連中が拠点にしている、王国領内で王都に次ぐ大きな都だと言う。


 グリムの話だと、冒険者は野蛮人が多いと聞いたがはたして現実はどうなのやら。こればかりは実際に行ってみなければわからない。


 魔物退治もしているため、階級が上の者であればかなりの実力らしい。中には〈王国の守護者ナイト・オブ・レギオン〉と同等の奴もいるとかいないとか。


 これはバンガスからの情報だ。


 しかし……俺の中での〈王国の守護者ナイト・オブ・レギオン〉はあまり強いイメージがないのだよ。

 確かに人間界(こっち)に来てからメンバーのふたりと戦ったが、一癖も二癖もあるとしても手強い相手ではなかった。


 はなから格が違うバルムやフィーネを見てしまった影響だろう。


 だからといって油断してはならない。油断は容易に敗北を招く。

 バルムに散々叩き込まれた基礎の一つだ。


「ふぅー」


 軽く息を吐いて立ち上がった。


 ついでに水を汲んでおこう。汲むと言っても、魔力で浮かせて馬車に置いてある入れ物に持っていくのだが。


「…………」


 イーニャは晩ごはんの準備を始めており、アカネはそれを無言な無表情で手伝っていた。


 いたたまれないと言いたげな表情のイーニャ。そろそろ助け舟を出してやろう。


「精が出るな、アカネ」


 反応はない。


「今日は俺も手伝うから、イーニャの料理を試しに食べてやってくれないか。無理にとは言わないがな」

「ちょっと、ダメになる前提で話を進めないでくれる。今度こそ大丈夫なんだから」


 お前のその自信はいったい何処から湧いてくるのかを教えてくれ。

 胸を張るイーニャを見て思った。


「アカネ。こんな大人にはならぬように気をつけろー」

「なにをー」


 賑やかにしてみても、やはりアカネは無表情のまま。


 こういうのは焦らずに時間をかけるべきだ。

 変に俺たち周りが焦って事を急げば、取り返しのつかないことになりかねない。


「もぐもぐ……」

「た、食べたー!」


 アカネが俺も手伝ったと言えどイーニャの作った料理を口に運んだ。


 イーニャはその光景を見て両手を上げて跳び、全身で喜びを表した。


 賑やかすぎて一人でサーカスでもできるのではないかと思えてくる。

 そのまま騒がしくしてくれてほしい。アカネがこうなった原因が何にせよ、嫌がっていないようだからな。気を紛らわせるには丁度良い。


「良かったではないか。この調子で料理の腕を上げてくれ」

「見てなさい。兄様なんか、すぐに追い越してあげるんだから」

「はっはっは、楽しみにしておくよ」


 一応これで舞い上がりすぎないように皮肉を言っておく。

 鍛練を怠って、腕前が逆戻りしては困るのでな。




 ――草木も眠る深夜。

 空には星が淡い光を届けるべく瞬いている。


 イーニャは喜びはしゃぎすぎて疲れたのか、アカネと一緒に仲良く眠っている。


 俺は時折こうして一人で夜風を浴びるのが習慣となっていた。

 周囲の警戒のついでが始まりではあったが、なかなか心を落ち着かすにはうってつけだった。


 川辺だからか、風が冷たくて気持ち良い。


 ――異世界。


 そんな確認もできないような世界があるとしたら、あの空で光る星のどれかなのだろうか?


 それとも、俺たちが認識できないような未知の領域に存在するのか……。


 確かめようがないのは残念だ。


 ホームシックではない。俺にはフレンに召喚される以前の記憶がない。

 だから仲が良かった人物も、麗しい思い出も、帰りたい場所も……ない。


 こういう状況下に陥った場合、普通は帰る方法を探るのが常であろうが、それは何かしらの戻りたい理由があってこそだ。


 最初はいきなり「〈魔王〉になれ」とか化け物みたいな見た目の奴に言われて驚いたさ。だが、現状に不便と感じることはあれど、不満を抱くことはない。


 衣食住には死ぬほど困るわけでもなし、無力で虫けらのように弱いわけでもない。それなりに生きていけるのに、これ以上を望むのは贅沢や傲慢な類いの考えだ。


 あー、でも不満に関しては一つだけ。王国の圧政に対してだな。

 良くもまぁ、ここまで腐りきった国が成り立っているものだ。逆にそこだけは感心してしまう。


 まだまだ必要な情報は足りない。精進せねばな。


 深呼吸をした。


 夜空を見上げて俺は思う。


 俺は何処の誰で、何を目的に生きてきたのだろう。


 ――もし記憶が戻ったら、俺はどうするのだろう?


 やはりもといた場所に、世界に帰りたいと思うのだろうか?


 元々関係ないこの世界の事情など放棄して、帰還を選んでしまうのだろうか?


「……わからないな」


 イーニャとアカネが眠る馬車に視線を送る。


 俺はこの旅が気に入っている。楽しいと間違いなく思っている。


 〈王国の守護者ナイト・オブ・レギオン〉とのいざこざはあれど、今のところ大きな障害はない。


 グリムが正面から戦うなと言っていたわりには、相対したふたりは全然強くなかった。実力の半分も出さなくても良かったくらいだ。


 馬車の方から誰かが歩いてきた。――アカネだ。


「眠れないのか?」

「……」


 否定も肯定もなしか。

 俺は苦笑した。


 いずれ話せるようになることを願いながら、俺は勝手に一人で話しかけ続けた。


 地属性の魔法で土製の椅子を作って、お互いそれに座った。


 座れと言ったら何故か空いている椅子ではなく俺の膝の上に座ったアカネ。仕方ないので許可してやる。


「俺は考え事をしていたのだ……ふぅ。今だけは普通になろうか」

「……」


 変わらず前方を見つめるアカネ。角の先端をツンツンしたい気持ちをグッと堪える。


 俺は大人だ。欲に負けるなんてみっともない真似はしないとも。


「相手を知るにはまず自分からってな。俺はアカネのことが知りたい。だが勝手に一人で知るのは不公平だから、先に俺のことを話そうと思う。と言っても、記憶はほとんどないから、短い話だけどな」


 〈魔王〉としてではない、一人の人間として俺はアカネにこの世界に来てからの出来事を話した。


 一時間も経たない内に終わった話を聞いたアカネは相変わらずだ。


 同時に俺は思った。端折(はしょ)ったにしても、俺の記憶は少ないのだな、と。

 他者に話して改めて思い知る事実。


「それでアカネと出会ったわけだ。ほんと、偶然通り過ぎなきゃ俺たちはこうして話すこともなかったかもしれないんだぜ」

「……」

「でもな、失った記憶の断片にこんな言葉があるんだよ。一期一会。意味は……その出会いは一生に一度にしかないから大切にしろ、だったはずだ。曖昧でごめんな。(もや)がかかったように、はっきりと思い出せないんだ」


 これは比較的思い出せる部類なんだけどな。

 何しろ、失っている記憶がどんなものなのかも検討がつかないんだ。

 せめて元はどんな仕事やら役割やらをやっていたか、それに繋がることでも思い出せたら楽なのに、上手いこと謀られているように記憶の欠損がある。


 まるで何者かが意図的にそう仕向けているようにだ。


「記憶喪失。かといって不思議と恐怖はないんだ」

「…………」

「逆に記憶が戻ったらどうしよう。そっちのほうが俺にとっては怖い。記憶が戻るのは喜ぶべきことだと俺だって思う。だけど、そうなった俺は“今の俺”なのか、はたまた“前の俺”なのか。どっちなんだろう……ってな」


 考えたところで答えは出ない。

 理解しながら考えるのをやめられない。


「だが俺は人間らしいとも思うんだよ。他人から見ればどうでも良いようなことを必死に悩む。馬鹿馬鹿しいと笑えてくる。無意味でどうしようもないそんな一面が、人間の魅力だってな」

「……」

「悩んで、足掻いて、抗って、生きてきた。生きとし生ける数多くの種族、生物の中で最弱とも言える人間が今もこうして存在しているのがその証だ」


 不意に視線を感じて視線を落とすと、アカネが俺の顔を見上げていた。


 この感じ、何処かで……。

 ああ、フィーネにも抱いた感情だ。


 ――綺麗な瞳だ。


「自分はそんな凄い人間なんだ。だから大丈夫だ、って言い聞かせてるんだ。我ながら何を話してるんだろうな」

「……」

「まぁ、これが俺だ。今の俺だ。魔王レグルス・デーモンロード。さて、話は終わりだ。もうそろそろ寝よう、明日の夕方くらいには次の目的地に着くからな」


 お姫様抱っこでアカネを馬車へと連れていく。


 何故か頭を撫でられた。


 驚いたさ。


「ありがとう」


 そう言うしかできなかった。

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