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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第三章 命懸けの冒険者
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『奴隷少女』

 俺たちの横を一台の荷馬車が通りすぎたのが、そもそもの原因だった。


 その荷馬車は奴隷商人のものだったらしく、一人の奴隷をイルギットに運んでいた。


 たった一人とは珍しいと思ったが、それ以上は深く考えなかった。


「兄様!」

「駄目だ」

「まだなにも言ってない……」

「顔に書いてある」


 まあ、それ自体は別に気にするほどではない。王国領内である以上、これから何度も遭遇するだろう。


「ケチ、いけず、バカ」

「ああん? 良い度胸だてめえ、俺を罵倒するとは覚悟できているんだろうなあ?」


 問題は荷台の奴隷と偶然目があったから、イーニャが欲しいとか馬鹿を言い始めたことだ。


「良いか、我が妹よ。そんな情を誰彼構わずかけていたらだな――っておい、待て!」


 馬車からのアクロバティックダイブ。馬の手綱は放置で行ってくれたものだから、少々苦労した。


 そして、馬を落ち着かせて道の脇に馬車を置き、イーニャを追おうと降りた時には既に終わっていた。


「……」


 してやったぜ、と言いたげな太陽のような素晴らしい笑顔を見せつけてくる我が妹。


 俺は颯爽と馬車に乗り込み出発。


 後ろから何やら、「待って」だの「酷いよ」とか聞こえるが無視しよう。



 ――かくして、俺たちは奴隷の少女を獲得した。


「じゃねえよ!」

「はいっ、ごめんなさい……」


 しくしくするなら初めから奇行に走るなよな。


 朱色の長い髪をボサボサにし、額上部から2本の角を生やした10歳前後のまだ幼い少女だった。汚れてはいるが、綺麗にすれば相当な美少女なのがわかる。


「よりにもよって〈鬼人族〉とは……」


 しかもイーニャの所持金の減り具合から見ると、かなり安かったか値切りしたかのどちらかだ。


 汚れていても紛れもない貴重な〈鬼人族〉だ。そんなに安いわけがない。値切ったのなら……どんな才能を発揮してるんだ、我が妹は。


 にしても……。

 俺は鬼の少女に違和感を感じていた。


 色が――ないのだ。


 無色透明。こんなことはこの世界に来てから初めての出来事だ。


「お前、名前は何と言うのだ?」

「……」

「たしか〈鬼人族〉は苗字がなく、名前だけだったはずだ。しかも、それは命と同等とされると学んだ。奴隷とは言え、お前にも名前はあるだろう」

「…………」


 あ、あれぇ……?


 全くの無反応なのだが!

 眉ひとつ動かさない。まるで意思や感情の類いがないように……まさか。


「きっと、兄様を怖がってるんだよ」

「違う」

「違わないよ。さっき私に怒鳴ったから怖がって……」


 どうやら胸に秘めたる素晴らしき我が感情が、表情に出てしまっているらしい。


「とりあえず馬車に結界を張るから、その中で水魔法とか何やら使って綺麗にしてやれ。話はそれからだ」

「わかったわ」


 俺の雰囲気から状況を悟ったのか、素直に言うことを聞いた。


「言い忘れていた。そいつのことを考えるなら、ひとまず全て命令しろ。全て、な」

「う、うん、わかった」


 本当にわかったのか怪しいが、すぐに理解するだろう。

 自分がどれだけ大変な人物を買ってしまったのかを。


 運命的な出会いと言えば聞こえは良いが、現実は理想ほど甘くないものだ。


「兄様ぁ……」


 だから言ったのに。

 洗うだけでも一苦労だ。良くこれで買ってきたものだ、と文句を聞ける余裕はないらしい。


 あいにく次の目的地まで日数が必要だ。その間に何とかできれば良い。


 記憶は見れるが、こういう場合本人が口を開くのを待った方が良いだろう。イーニャ次第だな。


 色がないわけではないようで、とてつもなく薄いだけだった。目を凝らさないと見えないくらい。


 極めつけは晩ごはんで起こった事件である。


「はいどうぞ。私特製、野菜スープよ」

「……」


 差し出されたお椀に視線すら向けない。代わりにイーニャが俺に悲痛な眼差しを向けてくる。


「――名前がないと不便だな。我が妹よ、お前が考えろ」


 名前を呼ぼうとして、結局聞けてないことを思い出した。


「私が!?」

「この子を連れてきたのは何処の誰でしたっけ?」

「ぐぬぬ……わかったわ。最高の名前をつけてあげる」


 頭を抱えて悩んだ。これではご飯が冷めてしまうだろ。


アカネ(・・・)、食べて良いぞ」

「あ、ずるいっ。私に考えろって言ったのにぃ!」

「遅いのが悪い。せっかくのスープが冷めては台無しだ」

「えっ……そ、そうね。もったいないもんね」


 何故そこで顔を赤くするのだ?


 相変わらず匙加減が難しい奴だ。


 だがアカネは食べようとはしなかった。念の為、毒味をしてみると……理解した。


「俺はともかく、育ち盛りの女の子が食べて良いものではないぞ」


 まったく俺としたことが失念していた。

 美味しいとは到底言えない代物。俺は良くも悪くも慣れてしまっていたから忘れていた。


「待ってろ」


 調味料と具材を少々加えて、かき混ぜる。

 それだけで香ばしい香りが引き立った。


 お椀によそいで、アカネに渡した。


「これなら食べれるだろう。火傷するなよ」

「……はむ。はむはむ」


 まるで小動物を見ているかのようだ。


「焦らずゆっくり食べなさい。誰も取りはせん」


 気に入ってくれたのか、無言で黙々と食べてよそいだ分を平らげた。


 背後から視線を感じる。


「すまない」

「いいもん。どうせ私の料理は食べれないですよーだ」

「ゆっくりとだがちゃんと上達はしている。そう焦ることはないさ」


 微笑みかけて頭を撫でた。これで機嫌を直してもらおう。


 お前なりにアカネの身を案じてくれたのは察しているとも。

 痩せこけた四肢から、満足な食事は取れていなかったのは明白。だからこそ、喉を通りやすいスープにしたのだろう?


 こういう奴を“不器用”と言うのかもしれない。


 俺はお前の不器用さは、苦労こそすれ決して嫌いではないぞ。


「アカネがおかわりを欲しそうにしているぞ。お前がよそいでやりな」

「うん」


 ふたり旅のまま終わると思っていたが一人追加だな。


 〈鬼人族〉のアカネ。本当の名前を聞けるまで、そう呼ばせてもらうとしよう。


 しかし、里から出るのはまずありえないとされる〈鬼人族〉の少女が奴隷などになっているのか。

 不可解な点はいくつもある。


 もしかしたら人間たちが攫ってきた可能性もあり得る。

 最悪の場合〈鬼人族〉と戦うことになるかもしれない。


 〈鬼人族〉――人間族と見た目はほとんど変わらない。特徴は額上部から生える角である。それに数が極めて少ないため、基本的に他種族は彼らに関与しない。

 戦闘能力に関しても、〈魔族〉と同等かそれ以上と言われている。

 だが、人間族は例外で、愚かしくも彼らの秘めたる力を求めているらしく、度々いざこざを起こしていた。


 そんな貴重な〈鬼人族〉の少女をあっさりと奴隷商人から買ってきたのは、なかなか凄いことではないだろうか。


 気になって訊いてみると、やはり値切りしたらしい。


「こうしていると、私たち家族みたいだね」

「ぶふっ、けほけほけほっ……くっ、馬鹿な発言を唐突にするな」


 こやつめ、やりおるわ。咳き込んで危うく命の危機に晒されるところだった。


「アカネ、もう寝て良いぞ」


 トロンとした目で必死に眠気を耐えていたので、眠るのを許可した。


 許可すると即座に寝るものだからそのまま倒れかけ、俺が急いで支えた。まったく、イーニャもアカネも、俺の心臓に恨みでもあるのか?


「それって消せないの?」

「枷の痕か。消そうと思えば消せるが……何となくアカネがそれを望んでいない気がしてな」


 手足につけられていた鎖は、イーニャが連れてきた際にすぐに破壊した。


 だが、最後に首輪を壊そうと手を翳すと、弱々しいふたつの瞳が俺を見つめた。まるで壊さないでほしいと訴えかけるように。


 だから俺は首輪だけは壊さなかった。――いや、壊せなかった。


 念のため調べてみたが、魔力を封じる効果しかなかった。


 しかし王国は何を考えているのか。

 明らかに敵を作りすぎだ。自ら滅ぼしてくれと頼んでいるようなものだ。


 このままでは沈黙を貫いている他種族も黙ってはいないぞ……。

 もしや世界戦争でも企んでいるのか?


 次の目的地でその辺りの情報が得られれば良いが、その前にアカネの正体を隠す方法を思案せねば。

 〈鬼人族〉が街中を堂々と歩いていれば当然注目を浴びるからな。


 やはり幻影魔法だろうな。

 イーニャにも教えておこう。


 奴隷紋も消さなきゃだし、やることが山積みだ……。


 一人ため息をつき、夜空を見上げるのだった。

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