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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第二章 旅立ちの人間界
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『代わり』

 屋敷の中に入ると、こりゃまた豪勢なものがそこかしこに散りばめられていた。


「こんながらくたの何が良いのだか、俺には理解できぬな」


 高いであろう壺を見ながら呟く。

 俺には骨董品集めの趣味はない。


 使用人たちは驚愕していた。が、ゴードンの指示のもと、素早く作業を進めた。おもに執事部下を運ぶのと身体検査辺りだ。


 とりあえず気を失っている執事部下たちを部屋に運んだり、使用人たちに渡したりを終え、客室にて俺は紅茶を待った。


「お待たせいたしました」


 ゴードンが紅茶を乗せたティーワゴンを押して部屋に入ってきた。


 慣れた手際でカップに紅茶を注ぎ、テーブルに置いた。


「良い香りだ」


 貴族風のちゃんとした所作で紅茶を味わう。

 ほんのりと湯気を立ち上らせる紅茶は、なかなかの味だった。


「前置きはもう済ませてあるからな、話を聞こうか」


 俺は紅茶を楽しむためだけにこの屋敷に来たのではない。楽しみではあったけどな。


 目的はもちろんゴードンの話である。


「かしこまりました。……今では誘拐などという所業に走ってしまいましたが、最初は違いました」


 驚いたことにゴードンには生き別れた娘がおり、街中で年頃の女子を見る度に思い出してしまっていた。


 そんな浮かない表情を浮かべる執事を見かねて、まともだった頃のカリントが娘を探そうと協力してくれたらしい。


 それが、年月が経つにつれ、カリントはおかしくなっていった。婚約者もいなかったことが災いし、ある日過ちを犯した。


 全ての始まりは、執事を労う善意によるものだったのだ。


「年老いて、若い女子を見ていたら良からぬ感情に支配されてしまったと。愚かだな」

「弁解の言葉もありません」

「何故、お前は罪を犯す前にカリントを止めなかった。少なくとも、兆候はあっただろうに」


 知能の低い者ではない上に、部下を労う心の持ち主ならば、それなりの葛藤があったのではないかと考えたのだ。


「仰る通り、確かに不可解な行動を取っておりました」

「見抜けなかったのか」

「お恥ずかしながら……」

「途中で止めようとは思わなかったのか?」


 主を本当に思うのなら、心を鬼にするべきではなかったのか。

 罪を償うように促すことは不可能ではなかったのではないか――。


 違うな。


 綺麗事はいくらでも捲し立てることができる。現実は口で言うほど甘くはないのだ。

 異世界人である俺の常識と、ここの常識は異なるのだから。


 ほどよい味わいの紅茶を口に運び、渇き始めた喉を潤す。


「美味しいな、この紅茶。毒でも入れれば良いものを、真面目な奴だ」


 注がれた紅茶を飲み干して立ち上がり、感謝を述べるゴードンに歩み寄った。


「だからこそ、余計に気にくわないんだよ!!」

「――ウグッ!」


 思い切り殴った。


 殴られた勢いで転ぶゴードン。


「ちょっ――」

「……いいのだ」


 間に割って入ろうとしたアクナを、ゴードンは制止する。


「その優しさの一片だけでも、連れ去った少女たちに向けていれば、未来は変わっていたのではないのか! ほんの少しの勇気を出せば、彼女たちの命は失われずに済んだのではないのか!!」


 罪の意識に押し潰されぬように、アクナに娘のように優しく接することで心を保とうとしたわけだ。

 偽善などでは決してない。こんなものはただの自分への言い訳だ。


 怒りに任せて殴りつけ、怒鳴っている俺は――。


「俺は神でも聖人でもない。お前たち罪人に相応しい罰がわからない。だから、俺がお前たちに提示するのは単なる方法だ。成功すれば償いになるかもしれない程度でしかない」


 目を見開き驚いた後に、救いを求めるような眼差しを向けてくるゴードン。


 こいつには、こいつなりの葛藤があったのかもしれない。そうでなければ後悔などしないだろう。


 罪を犯す前に止められたからこそ、本人の中では犯した罪はより大きなものとなっているのだ。


 これでは人間も魔族も何も変わらんではないか。


「ゴードン。お前が領主カリントを使い(・・)、この街を活気溢れるより良い街にせよ。虐げてきた奴隷たちに、人並みの衣食住と働きに応じた報酬を与えろ。そして――この街と、この街の人々を変えてみせろ」

「そ、それは……」

「不可能ではない。他の奴らはともかく、俺はお前が本気で改革を望んで行えば可能だと考えている。一人では難しいだろうから、補佐にアクナをつけてやる」

「なっ、なんでわたしが!?」

「父親みたいな存在だろう。お前の探し人は俺が旅の道中で見つけておくから安心しろ。もうこの街の何処にもいないからな」


 砂漠から戻ってきた時に、街全体に意識を広げてアクナと似た魔力を探したが見つからなかった。


 他の街にでも売り飛ばされたのだろう。

 目的がまた増えてしまったな。イーニャにも説明さておくか。


「あの、主様を“使う”とはどういうことなのでしょうか?」


 気付いたか。


「そのままの意味だ。カリントはもはや自分の意思を持たない、いわば生きた屍にしてやった」


 驚きの表情を見せるゴードン。


「言っただろう。俺は神でも聖人でもない。故に、あいつがやって来たことをそっくりそのまま再現しただけ。その結果、心が壊れた。まあ、もとより壊すつもりだったから好都合だがな」


 拳を握りしめるゴードン。今にも殴りかかってきそうだ。


「期限は次に俺がこの街に戻ってくるまで。案ずるな、少なくとも一ヶ月以上は先だ。それまでに街を変えてみせろ」

「できなければどのような罰をお与えになるのですか?」

「カリントのように生きた屍になり、俺に道具として使われる……とかか。人として扱うつもりはない、とだけ思っておけ」


 部屋の扉を開けて、出ていく前に――


「もう一度言うが、紅茶美味しかったぞ。また頼む」


 そう言い残して今度こそ部屋を出て、屋敷を後にした。屋敷の結界もついでに解いておいた。


 さてさて、宿屋のイーニャの様子でも見に行くか。




 ◆◆◆




 宿屋の俺たちが泊まっている部屋にて。頬を膨らませたイーニャが、扉を開けると仁王立ちで待ち構えていた。


「ど、どうしたんだ、そんな怖い顔をして……」

「どうしたは私の台詞よ! いきなりこの部屋に飛ばされたと思いきや、出ることもできないし説明もない。挙げ句、全然戻って来ないじゃない。怒るに決まってるでしょ!」

「まぁ、待て。それには事情があってだな」

「事情も勘定もないの。そこに座りなさい!!」


 この後散々怒られ、事情を説明できたのは一時間経ってからだった。足が痺れたのは言うまでもない。


「――そ、そうだったんだ。助けてくれて……ありがと」


 説明したらしたらで急にしおらしくなりやがって、調子が狂うっての。


「でもそれじゃ、奴隷が力をつけて反乱が起こるんじゃない?」


 イーニャにしては鋭いな。


「何だ、突然賢くなって」

「悪かったわね、今まで賢くなくて」


 いやー、ほんとに苦労したんだぞ。というのはよそう。また説教なんぞされたら堪らない。


「ゴードンの腕の見せ所だ。反乱されたらされたらでこの街は終わりだ。文字や商業などの学問を学んでいない奴らに、生き延びることはさておき、街興しなど夢物語だろうからな」

「もし本当に反乱されたらどうするの?」

「賢そうな奴をリーダーに添えて、ゴードンと同じように街を変えさせる」


 首を傾げるイーニャ。それじゃ繰り返しじゃない、とでも言いたげだ。


「俺が統治を行えば、改革なんぞ容易に完遂できよう」


 何だ、その冷めた目は。

 もしやお前、俺の手腕を疑っているな?


「しかしだ、俺の身分ではここにいつまでも滞在するわけにはいかない」

「ある程度は人間たちでやらせるべき、ってことね」

「そういうことだ」


 イーニャも理解したようだし、話を変えるとしよう。


 俺は立ち上がって、手を差し出した。


「続きをするぞ」


 再び首を傾げるイーニャ。やはりこいつは賢くない。


「デートではなく、散歩の途中だったろ。だからその続きをだな」


 パァとみるみる表情が明るくなるイーニャ。


 この街で必要なことはもう終わらせた。

 だからこいつのご機嫌取りをしておこうと考えたのだ。


 賢くなくても一応、旅の道案内をしてもらわなくてはならないからな。

 それなりに俺は信頼を得られているようだし、情報も……ある程度は、な。

 王国の現状が知れただけでも収穫があったと言うべきか。


 さすがにここまで腐りきっているとは思わなかったが。


「行こう!」

「こらこら、はしゃぎすぎ――だっ」

「あ、ごめん……」


 手を引かれて部屋を飛び出した俺たち。

 俺は考え事をしながら窘めようとしたら、扉に顔を思い切りぶつけた。


「くぅぅ……気にするな。この程度、造作もない。さあ行くぞ!」


 気を取り直して、俺たちは散歩を再開した。

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