『館』
執事部下魔法使いの胸元の魔法陣は強い光を放った直後に、ピキッとひび割れて砕け散った。
「――なん、で……こんな……」
最後の切り札すらも失い、この世の終わりみたいな顔をする。
「おいおい、ありゃなんだ?」
「領主様までいるぞ」
転移してきた位置が悪かった。こいつらに絡まれた場所にそのまま戻ってしまったが故に、街の民たちの目に晒された。
「俺がお前らを殺さないと決めたからだ」
本当は魔法陣を書き換えて発動する効果を変えただけである。
「オレたちを……どうする気なんだ?」
俯いたまま尋ねてきた。
自分たちは完全敗北、主も廃人となれば先行き不安どころではないだろう。
「その前に確認したいことがある、があとにしよう。まずはこいつらの治療が先だ。お前、領主の館まで案内しろ」
ここでは街の者たちの目がある。詳しい話はいろいろ決まってからするべきだ。
「……さっきから黙ってれば、お前お前って! オレにはな、アクナって名前があるんだよ!」
「そうか、それはすまなかった。では改めて――アクナ、案内を頼む」
倒れている連中を浮かせて、アクナについていった。
「皆の者、こやつらは見せ物ではない。各自、己が役割に戻るが良い」
命令のように強めに言うと、素直に従ってくれた。強者に従う、くせみたいなものがついてしまっているのだろう。
この場においてはありがたいが、本当にこのままで良いのか……。
◆◆◆
街で一番大きく立派な屋敷に案内される。中には入らず中庭に浮かせていた奴らを下ろす。
「案内、感謝する」
全員いるのを確認してから、屋敷を囲むように結界を張った。
俺、この街に来てから結界張りすぎでは……?
見せ物ではないと言ったのに、まったく……。好奇心には抗えない生き物、か。度し難いとはまさにこのこと。
「これで大丈夫だな」
気絶している奴らとアクナに回復魔法を施した。
領主以外は軽傷だからすぐに終わった。まだ目は覚まさないように魔法をかけてあるから時間稼ぎも十分だ。
本題に入ろう。
「アクナ」
「なんだよ」
「お前、女子だろ」
「は……な、ななななにを馬鹿なことを言ってんだよ、オレは男だっての」
顔が真っ赤だぞー。必死になりすぎだしな。見てて飽きない奴だ。
「他の奴らを騙せても、俺は騙されない。細かい所作から口調や声色などかなりの努力をしたのだろう。カリントの下で働く以上、何らかの理由があるのは明白。行方不明になった家族を探してってところか?」
周りを気にするアクナ。
そういえば言ってなかった。
「この場で意識があるのは俺とお前だけだ。安心して話せば良い」
皆が本当に気を失っているのかを確認し終えると、ため息をついてから話し始めた。俺の言葉は信用できないとは心外だな。
「……あなたの言うとおり、わたしは女よ」
「よくカリントたちに気付かれなかったな」
「ゴードン様が話を合わせてくれたの。自分は手伝えないから、一人で探すことになるが頑張ってくれ」
「ゴードンがねぇ」
俺の目に狂いはなかったわけだ。
「でも同時にこうも言われたわ。――期待はしない方がいいって」
「くだらん」
「なんですって!」
「くだらんと言ったのだ」
偽善ですらない自己満足に過ぎない。
「どのような理由があれ、お前の恩人とその主は数多くの少女たちの未来を奪った。それを後悔しているとか、笑えない冗談だ」
善なる道から外れてしまった後に、悔い改めて悪の道から抜け出そうとしても既に遅い。
「たった一度であろうとも悪に染まれば、そいつは一生悪のままなんだよ」
「そんなことないわ。だってわたしを助けてくれたのよ。それって決して悪ではないもの!」
「おいおい、お前はまさか、その程度でこいつらの罪が赦されるとでも?」
「たとえ――」
「神が赦さなくともわたしが許す、か? それこそ叶わぬ理想よ。誰かを殺した者が、殺人者ではなかった頃に戻るなど不可能。時を遡ろうと、そいつの存在が残っている限り罪は永遠に刻まれ続ける」
アクナ、お前こそ良い奴なのだろう。そして、心強き者なのだろう。そうでなければ、たったひとりで、自分より遥かに強い相手に向かってはいけないさ。
だからこそ知っておけ、人間と言う生き物がどんな存在なのかを。
イーニャに知れたら、お節介だとか余計なお世話だとか言われるのが容易に想像できる。
「忠告しておこう。目的のためなら手段を選ぶな、だが殺すのは最後の手段だ。他者だけではない……己自身もだ」
自爆なんぞ、二度とするなよな。
「目的を果たす前に死ぬなど、滑稽だからな」
「……あなたには」
「ん?」
「あなたも目的があるの?」
あるとも。内容はとても言えないがね。
そりゃあ“世界征服”だから、言えないよなぁ……。
「あるよ。教えられんがね」
まぁとにかく、これで疑問は晴れたわけだ。俺に突っかかってきたのは、カリントのためではなくゴードンへの恩返しのつもりだったと。
どうりで若いのに行きすぎた忠義だと思ったぜ。
ゴードンに対してなら納得だ。単純で純粋すぎるとも思うがな。
「起きろ、ゴードン」
指を鳴らし、起きるように指示するとゴードンがのそっと起きたがった。
まだ意識がはっきりしないのか、ぼんやりとした様子だ。
「アクナ、魔法で水を出せるか?」
「なにに使うの?」
「良いから、早く出せ」
「わかったわよ――〈アクア・ボール〉」
「ほれよっと」
バシャアッ。
アクナが造り出した水の球体を操ってゴードンの頭上から落とした。
「なにしてるの!!」
「昔から寝ぼけている奴を起こすのは、こうだと決まっているのだ」
そんな習慣の記憶がぼんやりとある。
とにもかくにも、ゴードンは意識を取り戻したらしい。
これ良いな。今度イーニャにもやってみよ。
「起きたか、ゴードン」
「ここは……?」
「カリントの屋敷の中庭だ」
「主様は!」
「生きている。お前の部下たち共々な」
カリントに限っては、あれを“生きている”と言えるのならの話だが。
「お前に聞きたいことがあって起こした。何故、主に嘘をついてまでアクナを庇った?」
「それは……」
どうも歯切れが悪いな。
「さっさと答えろ。お前たちの命は今、俺が握っているのだぞ?」
ハッとするゴードン。現在自分が置かれている状況を理解したようだ。
「かしこまりました。全て、お話いたします」
「そうか。話してくれるなら助かる……が、その前にこいつらを屋敷に入れ、紅茶でも用意してからで頼む。少々疲れた」
執事部下たちに怪我がないのを見ると、回復魔法がかけられたことを見抜き俺に感謝を述べた。
「ですが……」
「あー、屋敷の中にいる奴隷たちには既に気付いているが、その事か?」
「左様でしたか、ではご案内致します」
いるのはもちろん奴隷だけじゃない。
奴隷紋の魔力を感じない人物も一人ふたりではない。街で誘拐してきた少女たちだろう。酷く衰弱しているらしい。
そして、アクナのお次はゴードンの案内で屋敷の中へと入った。