『汚い』
「いきなり武力行使とは感心しないなぁ、オカマの化身とやら」
「あぁら、無礼者にしてはやるじゃなぁい」
「あんたも、オカマにしてはなかなかの腕前だ。俺の仲間にならないか?」
拳をブンブン振ってくるルカム。それを平手で受け流す。
互いの手が衝突する度に、空気が破裂したような音が周囲に響いた。
「守ってばかりじゃ、アタシは倒せないわよ」
イーニャはしっかりと距離を取っているのを確認し、改めて正面の相手を見据えた。
とてつもない笑顔で迫ってくるので、身体が勝手に拒否反応を示しやがる。
「言われなくてもわかってるっての」
身体能力強化系の魔法を先に使われたのは手痛い。
速度はマクシスに比べれば全然遅いが、一撃一撃が重い。ハンマーと相対しているみたいだ。
「ホラホラホラァッ!!」
「――っ!」
受けに回っているとルカムは突然距離を取った。
「……」
おいおい、そんなに怖がるなよ。お前に放ったわけではないぞ。
イーニャに忍び寄っていた連中に殺気を飛ばしたのだ。それを敏感に感じ取ったのだろう。顔が引きつっていた。
ほんの少しだけだったのにこんな反応を見せるとはね。
「アナタ、何者よ?」
「絵描き妹の兄だ」
嘘よっ、人殺しの目だわ、とか言いたそうな顔だな。
酷い偏見だ、凹んでしまう。
イーニャに近付いていたふたりは硬直していた。加減したつもりなのに、もっと抑えた方が良いのか?
魔族と人間では精神力が違うものな、仕方ないかと納得することにした。
「――どうしたのかね、ルカム殿」
そこへ一人の小太りチョビ髭が姿を現した。
一目で理解した――こいつがこの街の領主カリントだ。
吐き気を催すほどの汚い色。こんなぐちゃぐちゃに混ざった色は初めて見た。
「あらぁ、カリント様じゃないの。屋敷から出るなんて珍しいわね」
「何やら騒がしかったのでな、気になって来た次第だよ」
ルカムは怯えを誤魔化すようにカリントに挨拶をした。
カリントの後ろには執事の服装をした白髪の老人がひっそりと佇んでいた。気配を微かに残すように。
「おやぁ? よい娘がいるじゃないか。ルカム殿、あれはもしや、わしへの手土産かね?」
「そ、それはねぇ……」
「さすがはルカム殿。わしの好みを理解しておる」
口角を目一杯に上げ、自慢であろうチョビ髭を撫でる。
その視線の向く先は俺ではなく、後ろのイーニャだった。
最悪なことに、バンガスの詠みは当たったらしい。
「なに、あとはわしに任せよ。ゴードン、行け」
「お言葉ですがカリント様。あちらの御仁を先に相手してもよろしいですか?」
ゴードンがちらりと俺を見た。
「お、おう。お前がそういうのだから危ないのだろう。よい、先にあの邪魔者から排除するがよい」
「御意」
ゴードンは手をパンパンと叩いた。すると、周りに黒い服装に見を包んだ連中が颯爽と現れたではないか。数はざっと10人程度。
隠れている奴らを合わせればその倍以上だ。
全員がそれぞれ武器を持っている。
多いぞ。
「ルカム殿にも助力を頼みます」
「仕方ないわね。ここで退いたら〈王国の守護者〉の名が廃るもの」
俺を差し置いて勝手に協定結んでるし。
イーニャに戦わせるわけにもいかない、となると選択は限られる。当の本人は平和なことに俺を応援してくれていた。
ありがたいが、お前は自分の身を心配しろよな。
「ったく、世話のやける妹だ」
指をパチンとならすと、イーニャが消える。
転移魔法で宿屋の我らが部屋へと転移させたのだ。
標的を失った者たちが困惑し、堂々と隙を見せてくれたので――
「〈空破裂掌〉」
まずは執事の手下のふたりに風の衝撃波をぶつけて気絶させた。
「まずはふたりっと」
おいおい、意気込んていた割には弱すぎだろ。
思わず眉をしかめた。
「よくも私の教え子を」
「まだふたりだけだ。そう騒ぐな」
何故その優しさを、犠牲になった少女たちに向けられなかったんだ。
お前たちのような奴がいるから、世界から悲しみが消えないんだよ。
これから行うのはただの八つ当たりになるのかもしれない。
「見られなくてよかった」
ここにはいないイーニャのことが頭を過る。転移させておいて良かったと笑った。
「なにを笑っているのかしら!」
拳を握りしめて迫ってきたルカムが訊いてきた。
「決まっているだろ?」
お前たちに八つ当たりをする、自分に対しての皮肉だ。
周りを見渡して、俺は首を傾げた。
ここでは無実な民に被害が出る。
「お前たち、喜べ。俺がとっておきの場所に案内してやる。翔べ――〈転移法〉」
俺を含めた、領主カリント、執事ゴードンとその手下たち、オカマではなくルカムの全員をとある場所へと転移させた。
あらかじめ魔力でマーキングしておいて正解だった。
抵抗せずに素直に連れてこられた奴らを見て笑いが込み上げてくる。
「ど、どこだここは!?」
「我らがお守りします」
「砂漠……?」
人間界の北側にある砂漠地帯。人が滅多に寄り付かないここなら無用な被害は出るまい。
連れてくることはあっても、連れてこられるのは初めてらしいな。
「喜べ、お前たち。俺の魔法の実験台になってもらう」
カリントが汚すぎてそっちに気を取られていたが、良く見ると執事ゴードンやその手下たちの色もなかなか見れたものではない。
おこぼれをもらっていたな。
俺が見えている色ははっきり言って何なのかは俺にも良くわからない。だがこれだけは断言できる。
「貴様ら外道に、裁きを下してやる」