『対等』
両手でアカネとユイナを撫でる状況から脱し、魔国へと転移魔法で帰還した。
「ユイナはアカネと一緒にフィーネのもとに。グリムは、ロアン、セレナ、ベルガルドの3人を玉座に呼んでおいてくれ。俺もあとで向かう」
「わかりました」
「ん」
「わかったよ」
情報収集するべく、早速シグマのもとを訪れた。
「シグマー、シグマ何処だー?」
最近シグマは軍の稽古場で、皆と稽古をしている。あいつもバルムの指導を受けるひとりとなったのだ。
最初は人間だからと侮られていたが、一度その実力を示すと態度が急変したらしい。
強さを重視する魔族らしい反応だ。
「お、いたいた」
手を振ると、すごく嫌そうな顔して背けられる。
何か悪いことをしただろうか……。
視界の隅で休憩中のメイドたちと一緒に、シグマを見守るミニバルログナも見つけた。
「邪魔してすまない、バルム」
「構いませんよ。陛下は魔王なのですから、遠慮なさらずに」
「魔王とて、臣下たちには敬意を払わねばなるまい。ここにいる者たちがいなければ軍は成り立たないのだから」
「ありがたきお言葉、感謝いたします」
胸に手を当て、礼をする。
「本題に入る。稽古が終わり次第、会議室に来てくれ。軍の編成や作戦を聞きたい」
「かしこまりました」
「加えて、シグマとバルログナを借りる。人間界で魔獣が出たらしくてな、それについての情報収集だ」
ミニバルログナを肩に乗せた、もっと稽古を続けたそうなシグマを俺の自室へと連れて行った。
「第2の魔獣ロズブレクが現れた。バルログナ、知っていることがあったら教えてくれ」
「……はあ、しょうがないなー」
なるほど、とひとりで理解した。
シグマの態度が心なしか悪くなったように感じるのは、こいつの影響を受けているのだろう。
稽古がかなり気に入っているようだ。世界に2人しかいない剣聖に教わるのだ。気持ちはわかるが、今はロズブレクについての情報を優先させてもらおう。
お詫びに今度、もうひとりの剣聖にシグマの手ほどきを頼んでみよう。
「第1の魔獣バルログナ、つまりこのオレサマは様々な生物に憑依する形で転生を繰り返すのが特徴だ。だが、第2の奴は違う。他を吸収し、自らの力に変換する。今の奴がどんな姿になっているかは全く想像がつかない」
「他を吸収……それは生物に限るのか?」
「いいや、植物でも構わないし、無機物でも吸収できる」
「どんな姿と言ったが、もしや吸収したものに応じて見た目も変化するのか?」
見た目が変わるのなら、それでどのような能力か予想することができよう。
「変わるが、見た目だけを信用しない方がいい。形状や性質変化なんて奴には朝飯前だ」
「変幻自在とは、同士討ちをしかねんな」
「人間族は絆を重視するものな。親しい者に姿を変えられ、不意を突かれるのが目に見えている」
口角を上げるバルログナの言う通りだ。
魔族ならほとんどが喜々として相手を殺すだろうが、人間となるとそうはいかない。
「作戦と言うには拙い、下手に知恵がある奴は面倒だ」
「魔王が弱気なことを。オレサマを倒したヤツとは思えん」
「慎重と言ってほしい……が、そうだな。俺にしては臆病になっていたかもしれない」
うぅむ、と顎に手を当てて唸る。
感情の欠落を自覚している弊害かもしれない。物事への関心が希薄になっているからこそ、必要以上に身構えてしまう。
偽りなく怖いのだ。自分が自分でなくなってしまうことが……。
「いじめるのはその辺にしておけ。……貴様も一国の王ならば、民を率いる者ならば言動に気をつけたほうが良い。こと魔族は、何よりも強さを重視するのだから、弱さを見せれば貴様の周りの者まで危険に曝す」
「……ありがとうな。そうやって対等な立場から教えられると身に沁みる」
思わず笑みがこぼれる。
兄がいたら、こういう感じなのだろう。
「魔王と謳われても申し分ない恐ろしいほどの力を持っていても、やはり貴様は人間だ。弱くて当然だが、見せる相手は選んでおけ」
「そうだな。臣下たちには見せられないな」
「この魔獣も信頼しきらないほうが身のためだ」
「おい。なぜオレサマが悪く言われているのだ?」
ここにいる3人……2人と1体は互いに殺し合った相手。それでも、こうして冗談を言って笑い合えている。
策を講じたのもある。弱みにつけ込んだのもある。だが、こうして協力できているのは事実だ。
俺はそれを大事にしたいのだ。
「参考になった。バルログナ、シグマ、感謝する。早急に対処しよう」
部屋を後にし、バルムのもとへと急ぐ。が、先に連合国に向かわせておいたセレナから連絡が入った。――ロズブレク率いる魔物の軍勢を目視で確認したと。
早急にメリィと合流するように伝え、今後の作戦を考えながらバルムのもとへ駆けた。
「待たせた。戦況はどうなっている?」