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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第二章 旅立ちの人間界
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『反射』

 バンガスが教えてくれたこの街の実情。それは王都と何ら変わらないとイーニャは言った。


 彼らが過ごしているのはあくまで当たり前の日常。部外者からは狂っているとも思しき環境がだ。


 意識改善なんて面倒くさいにも程がある。


 俺はとんでもないことをサラリと言ってしまったのではないだろうか……と今更後悔。


 ちゃんとバンガスの娘、イアナの遺体は送り届けた。なかなか酷い有り様だったので、ちょちょいと魔法で綺麗にしておいた。


 やはり女性は清潔であるのが一番らしいからな。


 思念体の時も思ったが、やはり美しい女性だった。こないだ戦った騎士――マクシスが美少年。対して、こちらは美少女と言えた。


「――バンガス。来世で娘さんに会ったら、告白しても構わないか?」

「フッ、笑わせるなよあんちゃん。イアナは強い奴が好きなんだ、世界で一番強い奴がな」


 何が言いたいかは察したが、黙って続きを待った。


「だからよあんちゃん、こんなこと言えた義理じゃねえが……仇を取ってくれ」


 取ってやる、と胸を張って答えたほうがバンガスは安心できるのだろう。


 しかし俺は断言できない理由があった。


「犠牲になった者たちの無念を晴らすと約束しよう」


 すまない、バンガス。


 俺は未だに“人を殺したことがない”んだ。


 死を目の当たりにしたことはある。だが記憶を失う前ならいざ知らず、今の俺の手は汚れていない。


 世界征服を目指す以上、いずれは汚れると思っていた。

 思っていた……が、こんなにも早いとは予想外だ。


 だからその時にならなければわからない。


 俺自身に誰かを殺める覚悟があるのかどうか――。




 とまぁ、そんなこんなで俺とイーニャは一旦宿屋に向かった。途中、他の店にも立ち寄り買い物をしたりした。


 これってデートじゃないか、と嬉々とした顔を向けてくるイーニャに適当に返事をする。


 早速尾行されていた事実は、俺に自然とため息を出させた。


 結界を張っていたから、話した内容は聞かれていないはず。


 と、一つ思い当たる節があった。――イアナの遺体を連れ帰ったことだ。


 自室のベッドに腰掛けて顔を片手で覆った。

 今の俺にはふたつのベッドがある部屋を用意され、ようやくふかふかベッドで寝れるのだ、と喜べる状態ではなかった。


 こいつは全く関係ないらしいがな。


 俺のベッドに備え付けられたもう一つのベッドですやすやと寝息を立てる妹。宿屋に着くなり風呂に入り、そのまま寝ようとするから髪を風魔法で乾かしてやったら即座にこれだ。もっと言えば乾かしている最中にカクンカクンしていたとも!


「4人、か」


 宿屋の外に意識を向けると、ここを囲むように4人の見知らぬ人たちが潜んでいた。それで隠れたつもりなのかと疑いたくなる。


 逆にわざと存在感を出しているのかもしれない。


 部屋には勝手な侵入を妨害する結界を張っているから、簡単には手出しはできまい。


 気になるのは宿屋に来る前に立ち寄った店の店主が言っていたことだ。


 〈王国の守護者〉の一人が領主と話をするためにこの街を訪れているらしい。話を聞く限りでは少なくともマクシスではなかった。


 名前は……何だっけ?

 強さはかなりのものだが性格に難あり。普通じゃない。そっち方面の説明に衝撃が大きすぎて、名前が思い出せない。


 オカマで変態で男なのに男好きのツルツル。


 俺の中でのそいつの印象だ。

 ちなみにオカマとは、身体と精神の性別が逆な者のことを呼ぶ呼称だと学んだ。男性の身体だが、心は乙女みたいな……気持――コホン。大変なんだろう、きっと。


 ツルツルは、ツルツルだ。うん。ツルツルなんだよ。


 出くわした時に笑わないか不安だなぁ……。


 俺の不安をよそに眠る妹に視線を送る。

 て言うか、〈王国のツルツル〉にこいつの正体がバレたりしないよな。




 ◆◆◆




 翌日、街の構造を知るためにイーニャを散歩に誘った。


「兄様からデートに誘うなんて、私の魅力に――て、ちょっと待ちなさいよ!」

「行くぞー」


 寝起きから冗談を言える神経の図太さは認めてやるよ。

 頭がボサボサな我が妹の身支度を待ってから街に出た。


 やはり尾行さ(つけら)れている。


「どこに行く? やっぱり、あの店は行くべきだよね」

「そうだな」

「じゃあ、その次は――」


 人数がふたりに減り、魔力の質的に昨日の連中とは別人だ。休憩のために交代したのか。


「……兄様」

「どうした?」


 この世の終わりみたいな声を出した妹の視線の先に、それ(・・)はいた。


「アナタが噂の絵描きさんかしら?」


 堪えろ。耐えるんだ。俺ならできる。

 必死に自分に言い聞かせる。ここで笑っては、ふふっ、いけない。


 ヤバイ、見事に光を反射している。あれこそ芸術じゃないか。


 何処とは言わないが、太陽の光を反射するとある部分から視線を逸らす。ツルツルじゃん。


 それこそ噂の人物に対面するなんて思ってもみなかった。にしても、光りすぎだろ。


 よし、ここは誤魔化そう。そして落ち着こう。


 人違いです、それだけ言って立ち去ろう。このまま対面していては耐えられない。俺の精神は素直になってしまう。


 よし。気を引き締め、覚悟を決めて正面を向いた。


「いえ、人違――」


 すると素晴らしき輝きと素晴らしい化粧をした人面画があるじゃないか。


 俺は悟った――無理だ。


 全力で笑った。お腹を抱えて笑った。声が街中に響き渡るくらい盛大に笑ったのだ。


 無念。俺はツルツルには勝てなかった……。


 街行く人々が青ざめて俺たちから距離を走って離れていく。


 話には聞いていた。その時点で笑った。なのでそれなりの覚悟をしてきたつもりだ。決して笑うまいと。


 ツルツルの眉がピクピク動いている。怒っているのだろう。


 しかし、俺の身体は笑うことをやめてくれない。あまりにもおかしい見た目だから仕方ないのだ。


「イイ度胸じゃないの。この勇気に免じて、ここで殺してあげるわ」


 殺気を露に凄むオカマツルツル。長いな。オカツル、マツル、オカマツ、カマツル……カマツルにしよう。


「殺すとは、ふふ、物騒だなカマツルよぉ」

「ダレがカマツルよ!? アタシはね〈王国の守護者〉が一翼、美の化身――ルカム・テロンツーノよ!」

「何だって? オカマでツルツールだって? なかなか難儀な名前だな、今まで苦労しただろう」


 さぞ、大変だったはずだ。そのツルツルと言い、ピエロ顔と言い、壮絶な人生を送ってきたに違いない。せめて、俺だけでも労ってやらねば……。


 おや、周りの街の方々の小声が聞こえる。何々、あいつ死んだぞ、ルカム様にあんなこと言って……終わりだ?


 わかっていないなチミタチ。

 手を差し伸べようとしたら拳が飛んできた。


 受け止めた時に生じた風で髪が靡いた。


 あ、これは俺の髪がだぞ。


「絶対に殺してア・ゲ・ル」

「断る」


 鳥肌が立つ言い方はやめろ。


 それに近付いて来るなよな。ピエロ顔は近くで見ると、また、笑ってしまいそうになる。


「暴れるなよオカマの化身」


 さて、妹との楽しい楽しい散歩を邪魔する無粋な輩は、さっさと倒してしまおうではないか。


 俺は口角を上げた。

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