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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第十章 冥界よりの侵略者
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『未熟な語り』

 アルヴァンの騒動から1ヶ月が過ぎた。


「お、おいっ。次は竜人姫だぞ!」

「あれは……もしかしてっ、長耳族(エルフ)じゃないか!? オレ、初めて見た」

「大国の王様や姫様がみんな集まって……いったい何が始まるんだ……?」


 そして、俺は今、各国の王と同室にいる。


「まずは、我が呼びかけに応えてくれたことを皆に、この場を提供してくれたアイオン殿に感謝しよう」


 会釈をし、早速議題に入る。


「社交辞令はここまで……早速本題に入る」


 皆が俺に注目する。


「魔界の扉が開きかけている」


 各々が事前に情報を得ていたのだろうが、動揺が走ったのがわかった。


「今回、アルヴァンが行動に出た要因がそれだ」

「貴様が先に寄越した伝聞では、魔界の連中がこの世界を支配する未来を見たが故――そう記されておったが……」


 〈長耳族(エルフ)〉のレンフィアが目を細める。


「その通りだ。ここに集った皆は、国の長であると同時に、世界でも有数の実力者だ。そんな我々がいても未来は変わらなかった」

(にわか)には信じ難いの。小童めの見た未来とやらも気になるが、わらわとしてはそなた自身の意見を聞きたいぞ。この戦、勝てるのか?」


 〈竜人姫〉――メルリツィアが鋭い視線を俺に向けてきた。


 見た目は幼くとも一国の主。そして、竜と人との間に生まれた者。

 嘘などつこうものなら、お気に入りとは言えどただでは済むまい。


 他の王たちもメリィと同意見らしく、再び俺に視線が集まる。


「正直……分からないんだ。魔界の住人――〈悪魔族〉は〈魔族〉の上位互換のように記されている。事実、伝承でも世界を支配するまであと一歩だったと。それに脅威は奴らだけではない。魔界の瘴気が、奴らより厄介かもしれない」

「瘴気……」


 毒薬を混ぜた霧のようなものだ。

 この世界の者たちには有害以外の何物でもなく、吸えば数秒で全身が腐り死に絶える。唯一、〈魔族〉のみが耐性を持っているらしい。


「結局は全て、伝承による知識だ。現実とは異なる可能性もある。が、恥ずかしながら胸騒ぎがしてな。一向に落ち着かんのだよ」


 沈黙が降りる。


 それもそのはずだ。

 数千年前の負債が、我々の首をしめている。しかも、少数ではなく、世界全体の問題と来た。


 アルヴァンの件とはまた違ったベクトルでの世界の危機なのだ。


「しかし、滑稽と言うか、不思議なものだ。世界存続の危機を一番に心配するのが魔王とはな」


 嫌味な視線を俺に向けながらレンフィアが言う。


「何が言いたい、エルフの長よ」

「いやなに、貴様は世界征服を企んでいるのだろう? 我々としてはどう転んでも懸念する。魔王である貴様を筆頭に、魔族と悪魔族が結託するのではないか、と」


 その顔は娘の許嫁に向けるものではなく、相手を見定めるものであった。


「……耳が痛い。では逆に問おう。どうすれば我々を信じるのかを」


 数秒の沈黙の後、レンフィアが口を開いた。


「魔族の王に、()を付けてもらう。裏切ったと判断した場合、貴様には死んでもらう。そして、その鍵は……ギルシア王に預かってもらう」

「――っ!? お言葉ですがレンフィア殿。それはあまりにも酷だと主張する」


 ギルシアが言うことは間違っていないのだろう。

 我々だけが不利になるならまだしも、レンフィアが提示したのは王国にも枷となり得るからだ。


「自国を攻め、あまつさえ先代の王の命を奪った魔王であろうと、貴様は義理や人情を忘れぬか。よもや……この後に及んで、手を汚したくないなどと言わんよな?」


 鋭い眼光がギルシアに向けられる。


 剣聖と謳われる彼であっても、たったそれだけで動きを封じられる。が、意を決して声を出す。


「我が手はとうに血に染まっている。しかして――否、故にこそ誇りは失わぬ。魔王の所業は残虐なれど、消して外道ではなかった。それとも、レンフィア殿は当方を陥れるのが目的か?」


 双方譲らぬ睨み合い。空気による摩擦でバチバチと言い始めるのではないかと思われた頃、まさかのレンフィアが沈黙を破った。盛大に笑い声を上げたのだ。


「いやはや、相すまぬ。今代の人の王は良い器であるな」

「あらあら。わざわざそれを確かめるためにこの場の空気を悪くしたの?」

「もちろんだ――」


 満面の笑みでのまま、レンフィアは顔から机にめり込んだ。何かに掴まれて叩きつけられるように。


「程々にと言ったはず。少し反省しましょう」


 うふふ、と優しい微笑みで痙攣するレンフィアを見下ろす、皇女エルミシア。一番敵に回してはならぬのはこの者だ、と俺以外の全員が悟ったことだろう。


「枷の件はこの人の暴走でしたが、より気になるのは〈ワルキューレ〉と呼称する者たちのことです。ひとりひとりが神代魔法に匹敵する破壊力を秘めている、そのような少女たちが多数存在する……。さすがに見過ごせません」

「あの子らは兵器ではない。心を有する生きる人だ。ただ、生まれたばかりで白紙の紙と同じ。育て方次第で如何様にもなろう」

「それでは、あなた方なら正しく育てられると?」

「いーや、はっきり言って我々魔族には難しい。故、他の国に未来を選べるような育成を頼みたいが……」


 あえて言い淀む。


 言葉の先を理解し、皆も悩んでいるようだ。


「俺は正直、子どもが苦手……いや、はっきり言って嫌いだった。あいつらはこっちが必死に仮面を作って隠してる内面を、いとも容易く見透かしてくるからだ」

「……」


 エルミシアが目を細め、話の先を待つ。


「だが、ここ最近、子どもたちと接する機会が増え、思ったことがある。あいつらは真っ白な画用紙で、自ら何の絵になろうか……それを必死に模索しているのではないかと。手段も結果も何もわからないから、全力でぶつかっているんだ、と」


 思い返す記憶が俺にはない。だからこそ、わからないからこそ恐怖を感じたのだ。


 人は未知なるものに恐怖を感じる生き物だ――と聞いたことがある。魔王という肩書を経てもなお、俺はやはり人なのだと知らされた気がする。


「俺には……俺には記憶がない。フレン――、前魔王フレズベルク・グランヴァース・デーモンロードに召喚される(・・・・・)以前の記憶(・・・・・)が」


 その事実を口にした俺以外の空気が変わった。


 わかっている。記憶が云々もそうだが、皆が衝撃を受けているのはそこではない。――俺がフレンによって召喚された者だということだ。


 唐突に現れた次代魔王。各国の代表が予想はしながらも踏み込まなかった部分だ。


「各々気になることはあるだろうが、話を続ける。――記憶がないから幼い頃にどうやって接しられたかがわからない。俺がどう接すれば良いのかもわからないんだ。自らの意思で決められない者たちの道しるべに、俺はなれる自信がない。それでも、あいつらには幸せになって欲しい。だから……協力してくれ」


 言い切った。


 自分でもうまくまとめられていないのは承知の上だ。

 気持ちが先行したのは言うまでもない。だが、紛れもない本心だ。


「未来は自由であるべきなんだ。争いが絶えない世界だから強くならなければいけない。たくさんの種族がいても、己が種族の誇りを優先し、決して交わるべきでない。そんなのは間違っている」


 止めるべきだと理解しながらも、口は言葉を紡いで止めようとしない。


「人間が空を飛びたいと思って何が悪い? 魔族が絵描きになりたいと言って何が悪い? 獣人が人と同じように身なりを整えて何が悪い? 自らの意思で、何者になるかを選べる。喜びも、悔しさも、悲しさも誰かに与えられるのではなく、勝ち取るものなのだと。俺たちが彼らにしてやれることなんて、ほんの些細なことなんだ」


 まるで、過去の、幼かった頃の自分が抱えていた不満を曝け出したように俺は語り尽くした。


 全員が若干引き気味になるほどだ。


「魔王レグルス、あなたは不器用な方ですね。このような場で感情的になるのはよろしくありません……ですが、誠意は伝わりました」


 ため息まじり、といった様子でエルミシアは微笑みを消した。


「古代都市で得た武器や兵器、物品など含め、そこで得た情報の全て、ここに集った国々に開示、共有していただくことを条件に、ファンヴァース帝国はワルキューレたちを受け入れます。当然、武器や兵器の扱い、所有に関しては後ほど詳しく決めさせていただきます。皆様は如何でしょうか?」


 柔らかな微笑みの奥に隠された真意はどのようなものか。


 悔しいが俺にはわからない。

 どうやら舌戦はまだまだ学ばねばならないようだ。


 エルミシアの手のひらの上で踊らされている。


「わらわも賛成じゃな。こうやって集まることが叶ったのじゃ。我々が争わぬ方法があるならそれに限る」

「当方も無益な争いは好まぬ故、賛成しよう」


 メルリツィアに続き、ギルシアも彼女の提案を受け入れた。


「……感謝する」


 お礼を告げ、一礼した。


「では、次こそ〈悪魔族〉への対処を話し合いましょう」


 再び微笑みを浮かべ、エルミシアは進行役として議題を進めた。


 そこからは特に問題なく会議は終わりを迎えた。


 ここに、歴史上初めての〈人間族〉〈長耳族(エルフ)〉〈魔族〉、そして他種族の国家による〈四国同盟〉が成立した。

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