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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第九章 世界の救世主
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『全力で応えよう』

 アルヴァンは確かに見た。


「――」


 串刺しになるレグルスの口角が僅かに上がったのを。確認するより先に、展開していた武器が一斉に標的へと突進した。


「――ダンテを信じて正解だった」


 血が滴る武器の塊の上下、丁度レグルスの頭上と足下。そこに魔法陣が展開する。


「配下が覚悟を示したんだ。応えなくては魔王の名が廃る」


 声を聞き取ったアルヴァンは、間違いないと確信する。レグルスはまだ生きている、と。


「我が名はレグルス・デーモンロード。魔を統べる王なり。故に得るは勝利のみ――」


 武器の塊の隙間から光が漏れる。


「させないッ!」


 巨大な大剣を生成するも、即座に両断された。


 驚くべきなのは、アルヴァンが生成したのは大剣だけではなかったのだ。

 レグルスを囲んでいる武器より多い数を生成した――はずなのに、視認できたのは大剣のみ。


「――なんっ」


 直感に従い周囲を見渡し、誰の仕業なのかを見抜いた。その視線の先でフィーネの刀が、小さくチャキと音を立てる。レグルスの邪魔をさせまいと、彼女が大剣を斬り捨てたのだ。


「封じたる力解き放ち、仇成す者を滅ぼせ――〈全解放(アルスェイレ)〉」


 ふたつの魔法陣が交差し、上下が入れ替わった瞬間。広大な部屋を黒い光が支配する。


「――構えないのか?」


 眩い光が弱まり、ようやく目を開こうとしたアルヴァンはそれを聞いた。声から相手の位置を予測し、刀を振るい斬撃を飛ばす。


「……?」


 当たった手応えがあったのに、レグルスからの反応がない。


 目を開ければ、答えはすぐに出た。


「……それがアンタの本当の姿か」


 漆黒の髪は腰まで伸び、耳上に角のように整えられた部分もある。


 赤いラインの入った、髪にも負けない黒さの外套に似たローブを纏っていた。

 そして、先程まであったはずの傷が、全て完治したかのように見当たらない。


「そうなるのだろうな。これが今の俺の全力状態だ」


 自分でも実感がない、そんな曖昧な返答だった。


 彼と対峙するアルヴァンは違っていた。


 冷や汗が額から頬を伝う。

 レドとの手合わせ以来の緊張が、彼の身に降り掛かっていた。


「仕切り直しだ、アルヴァン。死んでくれるなよ?」

「それはオレのセリフだ!」


 ゆっくりと瞼を上げるレグルスの問いかけに、アルヴァンは食い気味で答えた。


 相対する彼が一番よくわかっている。目の前の魔王は、もはや人類ではない(・・・・・・)ことを。


 だがそれは少年とて同様。ようやく同じ土俵に立ったに過ぎない。


「――ッ」


 アルヴァンは攻撃を仕掛けるべく動こうとした。ほんの少し、指先、足先を動かしかけた時――それが見えた。


 他の手段を試す、が結末は変わらず。だから、変わるまで何度も挑戦した。


「……」


 フィーネの位置からは、ふたりがただ見つめ合っているようだった。実際は僅かな呼吸、動きなどから先を予測しているのだ。


 そして彼女は、本来なら当人同士しかわからない、その行程、結果が見えていた。


「ありえ……ない……」


 かつての師にすら届くと思しに現在の己が実力が、この魔王の前では赤子も同然。何をどうしても、訪れるは敗北。


 笑いが込み上げてきた。そんなことはありえない、と。


 信じられなかった。信じたくなかった。


 まるで、今までの自分の全てが無駄だと言われているようで。


 だから――、


「〈終への道標(アルガ・ベニウス)〉」


 地上の魔力球が小さくなり、アルヴァンのもとへ。


「〈終へと導く(アイヅ・レブン)〉」


 魔力球がアルヴァンの胸から体内へ。


「〈終から無に至れ(アルス・ローグ)〉」


 全身を揺らすほど大きく脈打ち、やがて変化へと至る。


 壁を、柱を、外敵を破壊せんとする勢いで魔力波が周囲へと放たれる。その中心で、彼は新たな姿を得た。


 人であることを捨て、目的の邪魔となる敵を排除する装置に成り果てる。


「……」


 何もせず、一部始終をただじっと見ていただけのレグルス。そんな彼がどんな気持ちなのか、フィーネはわからなかった。


「意志というより、ここまで来ると執念だな」


 膨大な魔力を取り込み、自我を失って暴走する。そう予測していたレグルスは肩を(すく)めた。


「なんとでも、言え。オレは必ず、世界を……救うんだ!!」


 本来なら見えないはずの魔力が、黒い奔流となって手足から吹き出ている。体内に抑え込めなかった分が漏れ出ているのだ。


 痛々しい、という言葉がパッと浮かぶ。そんな見た目と化していた。実際、アルヴァンは全身の痛みで叫んでもおかしくない状態である。


「ハァアアアアッ!!!」


 雄叫びと同時に姿を消し、レグルスの背後に現れて斬り掛かる。


「くっ、速いな」


 一手防がれれば、ニ手目へ。それも駄目なら三手目へ。


 息をつく暇も与えない猛攻が、四方八方から繰り出されてレグルスを追い詰める。が、それら全てを攻撃を二刀流で見事に受け流していた。


「オレは……オレは負けない!!」


 思いの力、とでも言うべきか。


 〈全解放(アルスェイレ)〉を使用したレグルスの方が、強さでアルヴァンを上回ったはず。なのに、傷を増やすのは力を解き放った彼の方だった。


「この身は人なれど、多くの魔族の命運を背負っている」


 膨大な魔力による身体能力の強化は、レグルスの予想を超えていたのだ。


「だから俺は……何者にも負けない」


 正面からアルヴァンの刀を受け止め、相手の目を見てレグルスは言う。勝つのは俺だ、と。


 フィーネに見られているので、無様な負け方ができない、というわけでは決してない。そう考える自分の胸中に苦笑を見せる。


 宣言を皮切りに、彼らの優劣が逆転し始める。


 アルヴァンの二刀流による連撃にレグルスが追いついてきた。


 受け止めはせずに、受け流すか躱すかの二択で徹底する。

 故に一撃に力を込め過ぎれば、容易に体勢を崩される。


 そう、防ぎながら相手への精神的牽制を行っているのだ。


 切った張ったの攻防を繰り広げる彼らの周りでは、様々な武器が衝突を繰り返して金属音をまき散らしていた。アルヴァンが生成した武器と、レグルスがバンガスに造ってもらった武器である。


 焦り出したアルヴァンに対し、無表情に近いレグルスの瞳だけが忙しなく動く。


 そしてついに、完全に剣筋を見切り、二刀相手に一刀で追い詰める側へと返り咲く。


「これでは師に怒られるな」


 だが、突然レグルスの方から間合いを外し、アルヴァンを見据えて一呼吸。


「悔しいな……」


 アルヴァンはため息を吐くように心情を呟いた。


 限界も、全力も超えた状態でさえ、レグルスを斬るビジョンが見えないのだ。


 人がどれだけ手を伸ばしても、雲を掴むことができないように。


「それでも……」


 刀を掴む両手に力を入れ、対峙する相手を睨むように見据える。


 全身全霊。全力全開。全てを込める。


「……来い」


 アルヴァンの意思を汲み取り、レグルスは刀の切っ先を下げ、受けの構えを取る。


 彼らの周りには既に、金属音を奏でていた数々の武器の姿はなかった。


 左手を鞘に添え、右手は柄を握り、待つ。


「スゥ――フゥゥゥ」


 アルヴァンから白い影が左右に分かれ、彼と同じ姿形となる。


「駆け抜ける――」


 腕を胸の前で交差し、前傾姿勢で標的(レグルス)を見据えた。


 〈日の道を刻む(テシア・イフス)〉――分身と繰り出す二振りの刀、分身を含めた3人分の六斬撃。一直線に進む3人が重なる一点にいる標的を斬る技である。タイミングをずらすことで、相手の不意をつくことも可能。


 構え、光を超えるかのような、目では捉えられない速さでアルヴァンと分身は直進する。


 小細工など必要ない。ただ正面からぶつかり、斬るのみ。


「――」


 レグルスの口が微かに動いたような気がした。


 今更止められないし、止めるつもりもない。


 これで終わる。


 そして、レグルスを通り過ぎる。確かな手応えを感じたが、油断するまいと、すぐに振り返った。


 彼の目に映るレグルスの後ろ姿は、先程までの立ち姿と何ら変わらない――。


 あまりにも速すぎる斬撃で、傷口から血が吹き出るのも時間がかかるのだろう。


 そう思ったアルヴァンは、違和感を覚えた。分身が消えているのだ。

 技が終わったのだから消えて当然のはずなのに、彼の感覚はそれを見過ごさなかった。


 固まる少年に背中を向けたまま、レグルスが口を開く。


「――使うつもりはなかった。だがな、覚悟を決めて本気でぶつかってくる者に対し、半端な対応では失礼に値しよう。だから最後のは正真正銘、俺の本気だ」

「なに、を……?」


 何を言っているのか皆目見当もつかず、思わずアルヴァンは聞き返していた。


 しかし、レグルスは答えずに、身を翻してこう告げる。


「さよならだ、アルヴァン・ニヒル・オーレディア。相見えたことを誇りに思う」


 レグルスが言い終わる頃を見計らったかのように、現実がようやく事象に追いついた。


 陸が、空が、海が、そして――アルヴァンが分かたれたのである。

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