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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第九章 世界の救世主
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『ゆずれないもの』

 広大に広がる地下迷宮の最奥。その部屋には、仮面をつけた金髪の人物が、大きな球体の前に座っていた。まるでリュウヤたちを待っていたかのような笑みを携えて……。


「あいつが、そうなのか?」

「ええ、間違いありません。あの者こそ、堕天使アルカクィエルです」


 肌から伝わる異様な雰囲気を感じ、リュウヤは冷や汗を流す。


 彼の緊張の要因は怪しげなアルカクィエルだけではない。部屋の壁に、ところ狭しと並べられた水球。中にはエインヘリアルたちが眠っていた。


「ようやくのご到着だね。このまま誰も来ないのかと思っていたよ」


 仮面で性別が判断しかねるが、声からして男のようだ。


「ヤバいな。手汗が止まらねえ」


 真顔でそう言い、汗で濡れた手をバタバタと動かして乾かす。


 緊迫した空気とは無縁のリュウヤに、カグラはやれやれとため息をつく。


「こんな地の底で再会とは、いやはや、運命とは数奇な最寄だ。キミもそう思わないかな――神龍。失礼、今はクラトス・ファルサティアだったか」


 顔につけられた仮面越しでも、不敵な笑みを浮かべているのがわかる口調だった。


「再会を喜びたいのは山々ですが、生憎こちらには時間がない。退いていただけるとありがたいのですが、如何でしょう?」


 立ち振る舞いから口調まで丁寧な提案に、アルカクィエルは声を上げて笑った。


 わかる者にはわかる。

 殺気を包み隠さずに提案するのは、臨戦態勢の宣言と同義だ。


「相変わらずで安心した。人間たちの飼い犬になったかと心配していたが……無用だったようだ」

「飼い犬? そんなの違うに決まってるだろ。クラトスさんは俺たちの師匠(先生)だ」


 リュウヤの予想外の乱入に、アルカクィエルがキョトンとした表情で固まる。


「……随分と気に入られているんだね。好々爺として、若者を導いているわけだ」

「若人たちの活き活きとした姿は、我が心を和ませてくれます」

「神とて歳を重ねる、か」


 感慨深そうに呟き、視線をリュウヤとカグラへと移した。


「開花にはまだ早いな……」


 そして、再びクラトスへと視線を戻す。


「キミは知っているのか? 彼女(・・)が何者なのかを」

「存じ上げません。ですが、推測ならございます」

「推測ねえ……。昔なじみからの助言だ。警戒しておくのをオススメするよ。魔王より恐ろしいのが、その隣にいるなんて笑えない冗談だ」


 苦笑を浮かべた後、アルカクィエルは煙のように姿を消した。気配もなくなったことから、完全に立ち去ったようだ。


「消えた……。てか、取り逃がしちまったぁ!!」

「構いません。陛下のご命令は彼の打倒ではなく、存在するか否かの確認。今はこちらの対処が先です」


 球体の前に歩み寄り、それを見上げてからリュウヤたちに説明する。


「この球体は、地上にいるエインヘリアルの核で間違いないでしょう」

「核ってなんだ?」

「人間で言うと心臓みたいなもの」

「あー、なるほど」


 説明の途中だろうとお構いなしに馬鹿さを発揮し、クラトスに苦笑いをさせるのは流石であろう。悪い意味である。


「核を破壊すれば、全てのエインヘリアルが活動を停止すると思います」

「停止ってことは、また動き出すのか?」

「いえ、生物が心臓を失ったら生きていけないのと同様。核を失えば、彼女たちは死んでしまう(・・・・・・)のです」

「……」


 何かを言いたげにリュウヤは口を開けるが、どう言えば良いか言葉は出てこない。


「どうにか助けられないの?」


 口籠るリュウヤの代わりに、カグラが質問した。


「結論を先に述べるなら、数時間単位の時間がかかります。古代の術式に、現代の手法が加えられ、とても複雑な仕組みなのでどうしても……」


 悔しそうにクラトスは歯を食いしばった。彼を唸らせる程の代物。


 並の魔法使いなら投げ出すような複雑で高度な術式。


「目の前にあるのに、手が届くってのに、何もできないのかよ!!」


 強くなった……そう思っていた。


 〈勇者〉として、人々に希望を与える存在になるとか、世界を救いたいからとか、そんな高尚な理由ではない。


 ただ、もう二度と、誰かが死ぬところを見たくない。その一心で必死に努力している。


 レグルスが一目置く、クラトスが驚くほどの成長速度である。故に危険性も孕んでいるのだが……。


「――弱音を吐くとは……陛下からお聞きした印象とは、随分異なりますね」


 皮肉を言うのは、両手では数え切れない傷を携え、左足を魔力の塊で補うダンテであった。


「ご無沙汰しております、クラトスさん」

「……ご壮健で何よりです」


 ダンテの後ろから、シグマが顔を出し再会の挨拶をした。


 申し訳無さそうにするクラトスにシグマは苦笑する。


「私は貴方を責める気はない。ギルシアからある程度の話しは聞いていたし、苦労も理解しているつもりだ。謝罪や後悔より、堂々としていてほしい」


 王国を立て直すために、裏でギルシアやクラトスを中心に、数多くの者が動き回っていた事実。人魔大戦後、王国との決別を伝えに言った時、ギルシアから聞かされたのだ。


「貴方は憧れの方だ。それは、今も昔も変わらない」

「……ありがとう。その言葉に恥じぬよう、邁進すると誓おう」


 互いの事情を理解し、納得するふたりの雰囲気は何とも邪魔し難い。が、カグラが勇気を出して手を上げる。


「あのっ。邪魔して申し訳ないのですがっ、早く核を何とかしないと」

「おっと、申し訳ありません」


 彼らを差し置いて、ダンテが球体へと一歩前に踏み出す。一目でそれがエインヘリアルの核だとわかった。


「――退()いてください」

「これをどうする気だ」


 核の前にリュウヤが立ちはだかった。


「…………」


 力尽くで退かせるべきか、それとも真実を伝えるべきか。ダンテは少年の姿を見据えながら悩んだ。


 レグルスに聞かされていた話とは印象がまるで違う。彼の目には、〈勇者〉だと担がれている単なる子どもにしか見えなかった。


「私は陛下より託された使命を全うする。彼女たちエインヘリアルを――解放します。無慈悲な兵器としてではなく、ひとりの命ある者として、皆を自由に……」

「自由……」


 ダンテが何をしようとしているか、それを聞いて俯くリュウヤ。


「邪魔をするなら、たとえ相手が勇者でも容赦できません」

「力尽くってか? おうよ、やってや――」

「おやめなさい、リュウヤくん。この方は嘘をついていません」


 リュウヤの前に腕を出して、威嚇する彼を制止する。


「貴公が望めば、それ(・・)は応えます。奏でるのです、世界で貴公だけの調べを――」


 そこでダンテは理解した。


 レグルスから渡された金属板が何なのかを。


 そして、ハープを手に、彼は指を動かし始めた。


「……綺麗」


 知らぬはずの、一度も奏でたことのない調べ。だというのにダンテの指は、初めからそれを知っているかのように音を紡いだ。


 無数の淡い光の粒が、地面や壁から湧き出て洞窟内を漂う。その情景はまるで、光の雪が舞っているようだった。


 カグラが思わず簡単の言葉を漏らすのも無理はない。奏でられる音と相まって、彼らを包む情景は何とも美しい。


「あっ……!」


 ダンテが胸元にしまっていた金属板が独りでに飛び出し、彼の前に翳されるように浮遊する。そこから空中へと文字が記されていく。それは、たった今奏でられている曲の楽譜だった。


 そして、声が聞こえた。


「――お前は何を望む?」


 声はレグルスのものだった。


 金属板に事前に仕込んでいたものだ。その時が来たら、伝達魔法が発動するようにと。


「エインヘリアルたちの自由を」


 即答にも等しい速さでダンテは答える。曲を奏でる手は止めずにだ。


「その代償に、お前の自由を支払う覚悟はあるか?」

「いじわるなお方だ……」


 レグルスの問いかけに、苦笑いを浮かべるダンテ。


 初めからどう答えるか、それをわかっていながら彼は問うのだ。


「もちろんです。覚悟は既に済んでいます!」

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