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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第九章 世界の救世主
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『さよならだ』

 剣を打ち上げ、露となった腹部へと蹴りを入れる。


「かはっ――」


 防御が間に合わず、蹴り飛ばされて床を転がるかと思いきやその場で踏ん張った。


 素直に転がっていれば良いものを。


 手を握って拳を作り、思い切り振りかぶりながらそう思う。


「なっ――ぐはっ!」


 体勢を立て直すのに意識を向けていたアルヴァンの顔面に、小細工なしのただの拳がめり込んだ。


 今度こそ床を転がる。


 俺はそれを見下ろして、今度は追いかけなかった。


「ぐ……どうして、殺さない?」


 殴られた頬に手を添え、ふらふらながらも立ち上がる。


 俺であれば殺せただろ、とアルヴァンはどうしてなのかと理由を尋ねてきた。


「俺がお前を殺して楽にさせると思っているのか?」


 だから嘘偽りのない返答をしてやった。


「その甘さが、敗北に繋がるとしても?」


 アルヴァンが口角を上げて指を鳴らす。


 すると、地上にいるはずのエインヘリアルが次々と出てくるではないか。


「ヒョウテキをハッケン。センメツする」


 ターゲットを見つけ、一斉に襲いかかってくる。決して無作為ではなく、計算された配置で効率よく仕掛けてきた。


「――っ、なるほど」


 息づく暇すら与えない猛攻。


 迫る無数の剣に加え、視覚外からの遠距離攻撃もある。


「いくら魔王でも、この数のエインヘリアルは倒しきれないだろう!」

「そうかもしれん」


 魔力による衝撃波でエインヘリアルたちを吹き飛ばし、僅かな時間稼ぎを行う。そう、ほんの少しで良い。


 刀を鞘に納める。それだけで十分だ。


「四天影心流、第六式――〈陽楼(カゲロウ)〉」


 刀は抜かれた。

 その瞬間、全てのエインヘリアルが停止する。


 〈陽楼〉は対多数に有効である。認識領域内の標的の、肉体ではなく精神を斬る技。造った奴が何者であれ、生命体としたのが仇となったな。


 時間稼ぎ程度にしかならないだろうが、その間にダンテたちならやり遂げてくれるとも。


「――なっ」


 突然起きた出来事にアルヴァンが呆然と口を開ける。


 隙だらけなので、腹に蹴りをお見舞いしてやった。


「ぐっ――がはッ!!」


 蹴りをまともに受けたアルヴァンは柱の一本に叩きつけられた。


 優位な立場に立った時。人は慢心しやすい生き物らしい。俺も例外ではなかった。


「――レグルス(・・・・)! あいつを、アルヴァンを助けてやってくれ!!」


 リュウヤが目覚め、俺の名を叫んだ。ほんの一瞬、アルヴァンよりそちらに意識を向けた、向けてしまった。


「……」

「――あの人(・・・)との手合わせ以来だ」


 王国で初めて会ったあの時から、ずっと隠されていた左手が露わとなる。手の甲に描かれた見たことのない紋様は間違いなく魔法陣。


「〈神麗〉――開門」


 どんな効果か読み取れない。


 何故だ?


 あぁ、そうか。原因はその左手が持つ剣だ。

 右手のと合わせれば、俺は2本の剣に刺し貫かれているのだ。


「ぐ――っ」

「これでアンタの負けだ、魔王レグルス」


 左右に振り抜かれる2本の剣。俺の体から飛び出したそれらに鮮血が纏わりつく。


 勝利を確信したアルヴァンが美酒に酔う。それは、攻撃してくれと自ら宣言しているのと同義に思えた。


 斬られて重傷の俺がそこを突かずしては相手への侮辱となろう。


「――〈電雷槌蹴/ボルテック・パイル〉」


 身を翻し、雷を纏った右足による回し蹴り。油断しきっていたアルヴァンには効果的だった。


「――ぐふッ!」


 蹴り飛ばした直後より、回復魔法で傷を癒やした。


「勝利に酔うのは、敵の死を確認してからだ。教わらなかったのか?」


 アルヴァンが衝突した衝撃で舞い上がった砂煙。


「……そうだった。すっかり忘れていた」


 まるで意思を持つかの如く、砂煙がアルヴァンの姿を晒す。


「おいおい、冗談だろ」


 思わず苦笑い。


 右が黒で左が白色。4枚の光の翼が、アルヴァンの背中にあるではないか。顔には模様が、瞳にも紋様が描かれ、魔力の質も量も今までとはまるで違う。


 量だけなら地上の魔力球にも匹敵する。

 いったい何処から湧いて出たのか聞きたくなる。


「お前、やはりただの人間ではないな?」

「ご名答。オレは人間族、魔族、精霊族、そして――神族の血を継ぐ者」


 滅びたとされる精霊族と神族は信じ難い。が、感じたことのない魔力の質が、裏付けのように俺に示される。


 纏う雰囲気すら変化せしめた。つまり、これこそがアルヴァンの真の姿なのだろう。


「4種族の血を継ぐか……。ますます理解に苦しむ。望めば世界を制覇し、統治することも可能だったろうに。」

「強大な個であっても、虚弱な万に倒されることがある。一時(いっとき)の偽物の平和は、絶望へのカウントダウンだ」


 辛いのだと憂いに満ちた表情が語る。


「平和なんてものは、次の争いまでの単なる空き時間。そこで紡いだ希望は、すぐに絶望へと変わる。その繰り返しに、なんの意味があるんだよ!」


 動き方も速度も今の俺を上回っていた。

 傷が瞬く間に増えていく。防ぎきれていないのだ。


 変革を望み、悩み、苦しみ、嘆いた。その結果が世界のリセット。


「やはり、くだらんな」

「強者だからそう言える!」


 鍔迫り合いに負けて吹き飛ばされる。何とか体勢を立て直した俺が目にしたのは――


「〈天の威光/コウア・ヴァルス〉」


 手を翳すアルヴァンの前方に、一瞬で展開する魔法陣。そこから膨大な光が放たれ、俺を呑み込んだ。


「――ハッ、笑わせる」

「あれを受けて、まだ生きているのか……さすがは魔王。しぶとさは一流だ」


 視界がぼやけ、全身の感覚がほとんどない。


 痛みが健在なので、生きてはいるようだ。


 口も動くし、嫌味だって言える。


「ひとつ聞かせてほしい」


 無数の武器が俺を取り囲む。

 開かれた手が握られれば、これらは俺を刺し貫いたり、斬り刻むだろう。


 そんな絶対的優位な状況で、最後だからとアルヴァンは問う。


 我ながらよくここまで追い詰められたものだ。欲張りはろくな目にあわんな。


「魔王レグルス。アンタは……アンタはこの世界を、どうするつもりなんだ?」


 息も絶え絶えの今の俺に訊かないでほしい。と文句を返しそうになるが、真剣な眼差しなのが見えてしまった。


「……決まってるだろ。今より良い世界にする。お前が見限ってしまったこの世界をな」


 記憶を失った何者でもない俺が呼ばれた世界。


 そこに住まう誰もが、幸せに笑っていられるような平和な――。


「……そう、か。見てみたかった。アンタが望む、良い世界を」


 哀れみではなかった。

 それは羨望を込めた笑みだった。


 アルヴァンの言葉は、本心からのものなのだろう。


「さよならだ、魔王レグルス」


 死を経験したこの体。果たして、どう適応するのやら――。


 アルヴァンは別れを告げ、翳した手が握られた。

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