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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第二章 旅立ちの人間界
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『色』

 誰かに盗み聞きされても困るので部屋に結界を張った。

 これで準備万端だ。俺が話すことは他言無用にするようにと伝えてある。

 バンガスが約束を守るかは俺の行動次第って訳だ。


「俺は生物の心、または魂と呼ばれるものを色で見ることができるんだ」


 最初はぼやけていたり魔法の作用かと思ったが、魔界の書籍を調べてみてもそのような記述はなかった。


「バンガス。あんたには悪いが、恐らく娘さんはもう生きてはいまい」

「そんな、まさか……」

「死してなお、あんたを守ろうとしている。色から察するに、謝罪と感謝の感情だな」


 バンガスを守るように覆う色は見ているだけでも温かさが伝わってきた。もとの色の持ち主が本当に心優しき人物だったのだろう。


「バンガスよ、娘さんともう一度話がしたいか?」

「あんちゃん、今死んでいるかもって言ったじゃないか。そんなことが可能なのか!?」

「死者を蘇らすのは今の俺にはできない。だが、あんたを覆う色に込められた思念を具現化する程度ならできる」


 初めての試みでな、成功と失敗の確率は五分五分だ。まぁ、ここで成功させずにいつ成功させるのか神にでも聞きたい。


 両手をバンガスに翳し、詠唱を行う。


 詠唱が進むにつれ、両眼が熱を帯びてくる。かなりの負荷がかかっているのだろう。何せ学んだ魔法についての知識を活かして、俺自らが編み出した術式だからな、無茶苦茶なのは百も承知だ。


 それがどうした?


 辛いのなんて当たり前。奴隷暮らしの奴らに比べれば全然幸福だ。この程度の痛み、耐えてやるさ。


 俺は――〈魔王〉だからな。


「大丈夫、私がついてるよ」


 そっと肩に手を添えて優しく声をかけてくれる我が妹(イーニャ)。百の応援より嬉しい限りだ。


 バンガスが――否。彼の周りの色が具現化して一つの形へと変化していく。


「我が声に応え、顕現せよ――〈思念具象化(アヴィ・ラフト)〉」


 光が部屋を包み、俺以外のふたりが目元を隠す。


 やがて光が収まり、手を下ろしたバンガスは息を呑んだ。


「イアナ……イアナなのか」

「お義父さん!」


 魔法を使った代償で俺は目を閉じているから見えはしないが、再会した親子は抱きしめ合っているのだろう。


 終わり次第即座に治癒魔法を施したが、熱と痛みは和らぎはしたものの完全に引くことはなかった。


 予想よりいろいろと消耗が激しい。改善の余地ありだな。

 実際に使ったおかげで何処が悪かったかはだいたい理解した。


「兄様……」

「そのまま隣にいてくれ」

「うん……」


 イーニャはどうやら俺の心配をしてくれているようで、手間をかけさせるなと心の中で苦笑した。


 顔を上げると、そこでは親子は久しい再会を大切に過ごしていた。ぼんやりとしか見えはせずとも、聞いているだけでも充分微笑ましい。


 まだまだ続けてほしいのは山々なんだが、そろそろ魔法の効果が切れる頃合いだ。


「バンガス、それと娘さん。楽しんでいるとこ悪いが、そろそろ時間だ」

「名残惜しいが仕方ない。こうして会えただけで満足だよ」

「ありがとうございます。もう一度お義父さんと話せてよかった」


 声が涙ぐんでいる。よほど嬉しかったのだな。

 痛みに耐えた甲斐があると言うもの。


「でももう一つだけお願いがあります」


 イアナと呼ばれた娘さんが俺の方を向いた。

 言われなくともわかっている。ふたりが家族団欒を楽しんでいる間に、場所も特定済みだ。


「ああ、もう見つけてある。話が終わったらバンガスにちゃんと渡すから安心しろ」

「……本当に、ありがとうございます。感謝してもしきれません」

「気にするな。俺が自分のために勝手にやったことだからな。しかし、感謝の気持ちは素直に受け取っておく」


 目は見えずとも魔力で周囲の状況を把握する手段を持っているのでな、お前たちの一挙一動は我が手中の上なのだ。


「生き返らせてやれなくてすまんな。来世に幸あれ――」


 俺の言葉をきっかけに、部屋を静寂が支配する。


 どうやら今度こそ本当に逝ってしまったらしい。バンガスの鼻をすする音が聞こえた。


 すぐにでも話をしたかったが、俺もさすがにそこまで野暮ではない。落ち着くのを静かに待った。


「――待たせたな」

「構わん。それよりもう良いのか?」


 無理そうならまだ待っていると伝えた。するとバンガスはもう大丈夫だと明らかに空元気な笑みを見せた。


 これ以上は問うまい。本人の意思に従うとしよう。


「話を聞かせてもらおうか。この街の実態を」


 それから俺たちはバンガスに、栄える街の裏の事情を聞いた。



 街を治める領主――カリント・フォン・ルドクリント。王国のお偉い貴族、五老公の一人であるヴァテッロ・ルドクリントの息子らしく、相当な権力者。


 屋敷から出ることはほとんどなく、気が向いたら程度なので領主の姿を見るのは稀だと言う。


 統治に関してカリントは部下に丸投げで、今は執事のゴードンが取り仕切っている。

 この人物は護衛役も兼任しており、年齢も相応だがかなりの実力者なのだと。

 更には駐屯騎士たちの指揮も執っていると聞けば、自ずと腕前は見えてくる。


 とりあえず執事は置いといてだ、問題はカリントの所業だ。


 気ままに街に出た際に偶然見かけ、気に入った女性を連れ去りお楽しみをしているらしい。とんだクズ野郎だな。


「それであんたの娘さんが運悪く気に入られってわけか」

「ああ、必死に抵抗したんだが……全くの無力だった」

「そんな……」


 バンガスは視線を落とした。

 鍛冶屋として修行の旅をしていた頃に拾った人間族の赤子。まるで我が子のように大切に育て、明るい未来が待っていると思っていた矢先に訪れた絶望。


 先程のやり取りを聞けば、血の繋がりはなくともれっきとした親子だったことがわかる。


 イーニャは辛そうな表情になった。下手なことを言わないように釘を刺しておいたが心配だな……。


 抵抗する者は権力で捻じ伏せる。


「バンガス。あんたはこの街をどう思う?」


 部外者ではない当事者の意見を聞きたかった。


「最低最悪さ。オレたち亜人族は役立たずと判断されれば奴隷に成り下がっちまう。抗っても無駄だとわかってるから誰も反抗しようとしない」


 それを聞いて俺は、ある意味で王国は成功しているのかもしれないと思った。


 こいつらは隷属を受け入れて(・・・・・)しまっている(・・・・・・)


 完全な絶望で押し潰すのでは無意味だと知っているからこそ、希望をちらつかせて不安定という形で安定させているのだ。


 根っこから腐ってやがる。


 単純な話、王を殺してもこいつらは何も変わるまい。むしろ悪化するだろう。


 縋る相手がいなくなった時、当たり前を甘んじて受け入れてきた者たちが自立できるとは到底思えない。


「ならあんたはどうしたいんだ? このままその最低最悪な生活を続けるのか?」

「よそ者のあんちゃんにはわからんだろうが、オレたちに残されたのは従うことだけなんだよ」


 本当に性根から叩き直すしかないようだ。


「もしあんたが領主になったら、この街をどんな風に変える? それともただ領主の座に鎮座するだけか?」

「オレが、領主……?」


 困惑しつつも悩むバンガス。

 そんなことありえない、とか言う馬鹿でなくて助かった。


 一考の後、顔を上げた。


「難しいことはわからねえが……奴隷たちを自由にして、街の皆が協力できる街にしてえ。大切な家族が奪われねえ平和な街によぉ」


 ぼちぼちな答えだな。

 そもそもドワーフに統治がどうのこうのなど種族の特徴柄難しいから、これでも立派な答えなのかもしれない。


「そうか。あんたには統治は向いてないのはわかった」

「うるさいわい」

「だが、心意気は悪くない」


 領主には向いていないが、同じ考えを持つ者たちの先達者にならなれよう。


「あんちゃんまさか、領主様に楯突く気じゃねえだろうな?」

「ん? 楯突く気などないさ。ただ、領主に相応しいか試すだけだ」

「悪いことは言わねえからやめとけ。あんちゃんには死んでほしくねえんだょ」

「俺はな、見てみたいんだよ。バンガスが言った、皆が協力しあい助け合える街をさ。お前もそう思うだろ、我が妹よ」

「また無茶をする気なの?」


 腰に両手を添えて訝しげな表情を向けてきたイーニャ。

 俺の問いは無視ですかい?


「無茶ではない。こんなところで躓くようでは、俺の夢は叶えられんからな」

「本気なんだな、あんちゃん」

「冗談に聞こえるか?」

「いーや、聞こえねえな。いいぜ、あんちゃんの無茶にオレも付き合ってやる。娘に会わせてくれたお礼だ」


 律儀なオヤジだ。


「あとで娘さんの遺体を持ってくるから、供養の準備をしておけ」


 俺はふっと口角を上げた。


 バンガスは一瞬唖然としたが、言葉を理解すると顔を両手で隠して「ありがとよ」と震えた声で感謝を述べた。

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