『ようこそ』
蘇生魔法を使えるのは俺だけではない。
ネメシスの件が良い例だ。あれは俺のそれよりも完全に近かった。
代償は大きいとしても、十分な見返りがあった。
消滅した者の蘇生である。
少し期待してしまったが故に、イーニャが含まれていなかった時は落ち込んだ。
蘇生した者たちの中に、待ち望んだ者の姿はなかった。
「〈封動〉――っと、効かないか」
あの球体の中にアルヴァンがいるはずだ。
俺がここにいると誇示したのに出てこない。となると、あそこから離れられない理由があるのだろう。
世界を滅亡させる魔法を発動させるために、とかな。
「塔からの魔力の流れ……まさか本当に?」
景色が歪む程の濃密な魔力が、塔から切り離された球体へと昇っていた。
「のんびりとエインヘリアルの相手をする暇はないらしい。フィーネ、正面突破だ」
「え?」
見据えるは塔の上の球体。
「天を駆ける翼竜が如し――〈翔竜〉」
〈飛翔〉より速く飛べる魔法を使用し、フィーネを問答無用でお姫様抱っこする。じたばたと暴れられるかと思ったが、意外と静かになされるままだった。
「センメツ、する」
一体のエインヘリアルが追いついて斬りかかってくる。が、直前に〈短転移〉を発動させて塔の頂上へと転移した。
もちろん、球体への魔力流に触れない端の方にだ。
「レグルス、下」
「下?」
意図することが分からず、どういう意味かと訊いた。
「下にいる」
「――っ、まさかアルヴァンのことか!?」
こくりとフィーネが小さく頷く。
眼前の魔力流のせいで魔力探知が覚束ない。が、フィーネがいると言うのだからそうなのだ。
自信満々だった予想が外れてしまった。両手で顔を覆いたい気分だ。
「下となると、塔の地下か?」
「うん。待ってる」
「……待ってる、か」
塔の中は空洞になっていた。壁に沿って螺旋状に階段があるのみで他にはなにもない。
中心は魔力の通り道。造る時点で前提としていたのだろう。
球体が単純に破裂しただけでも、この都市は軽く吹き飛ぶ威力は想定できる。残念なことに、俺が張った結界は容易く破壊されるだろう。加えて、衝撃により津波や地震が起こる可能性とてある。
「ならば行かねばならんな」
底の見えない暗闇を見下ろし苦笑する。
一人ならば心細いが、今回は一人ではない。誰かがいてくれることがこんなにも心強いとはな。
魔力をいつも以上に練った障壁を張り、底見えぬ暗闇へと飛び降りた。
「――ぷふっ」
「……」
抱きかかえるフィーネの長い髪が舞い上がり、いつもとは違った印象を抱かせる。それに鼻をくすぐってくる。
敵地だというのに呑気なものだ。
「――到着」
そうこうしている内に底と思しき場所に到着した。
「まるで神殿だな」
圧縮魔法が施されているとは言え、驚きを隠せないほど空間が広がっていた。ここが地下だと忘れてしまいそうだ。
これまで地上で見てきたものとは明らかに異なる建造物。何本もの石造りの柱が左右に立ち並び、奥には何かが降臨するであろう座が用意されている。人が座るとは到底思えない巨大なものが。
記憶の中にある神殿。まさにそれがこの場を形容するのに一番しっくりくる言葉だった。
「――ようこそ。歓迎したくはないが、そう言うべきなんだろう」
そして、その座の前に立つはひとりの少年。
右腕を広げ、俺たちを歓迎した。相変わらず左腕は隠れたままだ。
「落ち着いているな。仲間がやられてももう動じないか。意外と薄情な奴だ」
「アンタに言われたくないな。王国との戦争、剛王との覇権争いで」
前王国で戦った時はかなり取り乱していた。なのに今のアルヴァンからは、焦りや怒りなどの負の感情が感じられない。
まるでそれらを感じる心が欠落したみたいだ。――いや、違うな。
「――フィーネ。ふたりを頼む」
フィーネを下ろし、二柱にめり込む〈勇者〉二人を任せた。
おかしい。
あいつらはアルカクィエルのもとへ向かったはず……。
クラトスの姿が見当たらないのも気になる。
「勇者は下した。あとは、アンタを倒せば脅威はなくなる。オレを邪魔をする者は誰もいなくなる!」
握った拳が微かに震えていた。
俺がよほど邪魔らしい。〈勇者〉らの元へ向かうフィーネには目もくれない。
それとも伏兵でも潜んでいるのやら。
「……だけど、オレは無法者じゃない。少し話をしようか、魔王レグルス。勇者の話は退屈で仕方がなかった」
「お前と話すことなど何もない。片方が生き残り、片方が死ぬ。それを決するだけだ」
話が通じない相手を黙らせるには屈服させるか、殺すしか方法はない。
曲がりなりにも全世界に喧嘩を売った男だ。屈服するくらいなら死を選ぶだろう。
「その通りだな。勝者だけが生き残る」
アルヴァンはまだ話し足りないようだが、放っておいても勝手に話し出すだろう。
お互いに相手を見据えた。