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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第九章 世界の救世主
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『降臨』

 フィーネがレグルスを追いかけて迷宮に入った直後、地上で異変が起きた。


 都市の5ヶ所から真っ白な光の柱が天へと伸びた。

 それらは線で繋がり、大地に巨大な五芒星を描く。


「あれは……」


 死の恐怖を忘れた者たちを一通り退け、中央塔へと走っていたダンテが胸騒ぎを覚えて足を止めた。


 彼の直感は不幸にも的中することとなる。


 光の柱から凄まじい速度で何かが飛び出す。

 目を凝らすと、人の形をしているのを確認できた。


「〈障壁の調べ(プロテクトス)〉」


 ハープの和やかな音色は、彼らの周囲に展開した障壁に衝突した何かに遮られる。


 それら(・・・)は明らかにダンテたちを狙っていた。


 障壁に阻まれて必然的に動きを止めた者の姿を確認する。


 2本の大剣を携えた銀の鎧を身に纏いし、全く同じ顔の白髪の少女たちだった。


 眉ひとつ動かさず標的だけを瞳に捉える姿に、ダンテは不快感を抱く。


「何者ですか?」


 返ってこないだろうと思いながらも、ダンテは質問を投げ掛けた。


「ワタシタチは――エインヘリアル」


 返ってきた答えはとても質素で、心を感じさせないものだった。

 まるで自動で動く人形が奏でる、何か足りない音楽のようでダンテは眉を歪める。


 与えられた命令に疑問も迷いも抱かず、ただ従うだけの姿には気味の悪ささえ感じた。


 つまり、彼女は死の恐怖がないとも捉えられる。

 戦場で死を恐れない者ほど厄介なものはない。


「ヒョウテキを、センメツする」


 じりじりと力を強めていくエインヘリアルは、障壁に亀裂を生じさせる。


 ダンテの頬を汗が伝う。


 生半可な攻撃で破壊できるような脆い障壁ではないと、ベルグからもそれなりの評価を受けたからだ。


 亀裂が生じた、それ即ち、エインヘリアルとやらは周りに転がる有象無象とは別だと認識せざるを得ない。


「気を引き締めてかからなければ負けますね」


 障壁をあえて消滅させ、急に力の矛先を失ったエインヘリアルが体勢を崩す。


 心地よい音色が奏でられ、エインヘリアルの体は宙を舞った。

 まず足元に高密度で衝撃波と同等になった音を当てて体を浮かす、次に下から隙だらけの胴体に音を当てる。


 物理攻撃にも等しい衝撃を受けて吐血なりするはずなのに、首をぐりんと動かして無表情をダンテに向けた。


「カイセキカンリョウ。センメツをサイカイする」


 舞った体勢のまま空中を蹴り、一気にダンテとの距離を詰めようとする。が、当然彼も接近は想定しており、目に見えない障壁を張っていた。


「――ハッ」

「笑えませんね」


 先程、力を入れてようやく亀裂を生じさせるだけの役割を果たした障壁が、無惨にも一振りで両断された。見えないはずの障壁をいとも容易くだ。


 幸なのは標的がダンテだけのようで、周りにいる彼の配下には見向きもしないことだ。


 彼の配下の中で精鋭であっても、狙われれば数秒と保つまい。


 ――エインヘリアル。


 強者と認めた相手。同時にダンテはひとつの疑問を抱く。


 力、速さ共に凄まじい。なのに魔力を一切感じないのは何故か。

 魔力及び魔法で強化せずに、純粋な身体能力のみでここまで脅威となり得る存在を彼は知らなかった。――否、知っている。


 たったひとり。

 同じでなくとも似た者を、ダンテは記憶から掘り起こす。


「まさか……?」


 身近にいるからこそ意識しないが、魔力を感じない点ではフィーネと共通する。銀髪に加え、圧倒的な強さも含めてだ。かといって敵になる理由がわからない。


「あり得ない。あり得ませんよ。あの方がレグルス様を裏切るなど断じてあり得ない!」


 フィーネとの初めての邂逅を果たしたダンテは呼吸を忘れた。


 ――こんなにも美しい方が、この世に存在したとは。


 彼は密かにずっとフィーネを慕っていた。

 想いが実を結ばなくとも、傍で見守れれば満足だった。


 彼女がレグルスと名乗る新たな魔王に惹かれていくのに、確かに嫉妬もしたが喜びの方が大きかった。


「謝罪しなければ……。そのためにも、こんなところであなたなんかに負けられないんですよ!!」


 内に秘めたる強大な力を自覚するフィーネは、他者と接するのを極力避けていた。レグルスが召喚されるあの日までは。


 変わっていく姿もまた美しく、春の陽光のようにダンテの気持ちを穏やかにさせた。


 故にこそ、ほんの数秒とはいえ、疑ってしまった自分が憎らしい。


「〈斬骸の舞曲(ブレイヴ・ワルツ)〉」

「――ッ!」


 ダンテとの間に幾重にも張られた障壁を苦にしなかったエインヘリアルの動きが止まった。


 障壁よりも音が集約した剣が、エインヘリアルの大剣を受け止めたのだ。


「少々個人的な理由で恥を晒すところでしたが、もう立ち直りました」

「センメツする――〈セイクリッド・キャリバー〉」


 大剣が円を描くように魔法陣を展開。そこから周りの天に突き刺さる柱の如し目映い光がダンテに迫る。


 いつもの優雅な立ち姿でハープに指を流す。


 防ごうとするから余計に力んでしまう。

 防ぐのではなく受け流せば、余裕が生まれるというもの。


 障壁の前部分を尖らせることで襲いかかる光を割った。


「――センメツする」

「気に入っていただけて何より――〈破壊の重奏(ブレイク・ワルツェ)〉」


 右から迫る大剣は、上から振り下ろした拳のような音が叩き落とす。


 投げられた大剣にダンテが気を取られた隙に、反対側からエインヘリアルが突進する。


「――カハッ」


 突進してきたエインヘリアルの大剣が腕を掠めても気にせず、身を翻して顔面を掴んで投げ飛ばす。


「私はあなたと似た方を知っています。もし違った出会いならば、私は……」


 そして、再びハープに指を添えた。


「まだ名乗っていませんでしたね。私は魔王レグルス様に選ばれし〈七ノ忠臣(ヘタイロイ)〉がひとり、〈地獄の奏者〉――ダンテ・ヴィ・ヴァンタレイです。では、さようなら」


 終幕を彩るフィナーレの如く、一際大きな音が奏でられた直後、エインヘリアルは身体を、頭、胴、腕、足の合計6つに分けた。ごとりと落ちた頭部が転がり、その瞳が最期に写すは、無惨な彼女の冥福を祈るダンテの姿だった。


「〈尊き命に終幕をミセルア・ジ・アニムス〉。安らかな眠りを、造られし者(・・・・・)よ。こうすることでしかあなたを止められない私を恨んでも構いませんよ」

「オロカ。ワタシタチはヒョウテキをセンメツ、する……のみ。……が、フシギです。これは……いった、い――」


 瞳から光が消える。


 彼女が最後に抱くものが何なのか――。


 幸か不孝か、ダンテにはそれが分かってしまった。


「エインヘリアル」


 血が一滴も流れない。魔力を感じない。異常な身体能力。


 ――冷たかった。


 先日、偶然図書館で会ったレグルスが語った、人工生命体の話と照らし合わせるまでもなかった。


 手から伝わってきたものだけで、エインヘリアルが何者なのかは察することができた。


「……?」


 ダンテはふと、音で穿たれた胸部に大穴をあけたエインヘリアルの胴体に視線を落とす。


「――ッ、離れて!!」


 配下たちへ指示を出すも間に合わず。


 一瞬にして閃光が彼らを呑み込み、凄まじい爆発が広がった。


 爆発を合図に、5本の光の柱から次々と何かが飛び出し始めた。


「……くっ、くっ~~~ッッっ!!!」


 全身傷だらけで、左足を失ったダンテがポツリと呟く。


「……初めてです」


 周りを見渡しても誰もおらず、エインヘリアルの残骸すら見当たらず、残されたのはダンテたった独りのみ。

 彼の配下は自分の身を顧みず、ダンテを防御魔法で守ったのだ。


「こんなに不快なのは!!」


 油断さえしなければ死ぬことはなかった配下たちの顔が目に浮かぶ。


 それが怒りを増長させ、魔界で一番温厚だとレグルスに称される者が眉を寄せた。


「許さない。私は断じて、許しはしない!!」


 初めて怒りを露にしたダンテを、消滅した配下たちが見れば困惑したに違いあるまい。

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