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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第二章 旅立ちの人間界
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『日常』

 村を出てから数日後、俺たちは無事に炭鉱の街――イルギットに到着した。


「着いたよ、お兄様……はぁー」


 項垂れる俺を見て、ため息をつくなため息を。

 良いか、俺は決して乗り物に負けているのではない、負けてやっているのだ。

 ん? 何かおかしいな。まぁ良い気にする必要はない。とにかく……って、土!


 土の匂いが凄い。


「さすがは炭鉱の街だな」


 街のあちこちから石を打つ音が聞こえる。


 ここは王国領内で一番の武器製造を行っており、人間族だけではなく炭鉱族(ドワーフ)も住んでいる……と言うより使われている。


 街には簡単に入れたものの、見てて心地の良いものじゃないな。

 鎖に繋がれた奴隷が当たり前のように道すがらこき使われていた。


「これが王国の日常よ。あなたには、耐えるより諦めるのをおすすめするわ」

「忠告ありがと。だがな、俺は諦めが悪いんだ。耐えることにするよ」


 事前にイーニャから聞いていたと言えど、直接目の当たりにすると心にかなり来るものがある。

 人が人を物のように扱う光景。


 ここで暴れて奴隷たちを解放したところで、それが彼らにとって救いになるとは限らない。


 だからこそ俺は下手に動かずに、耐えることを選んだのだ。


 街自体には意外とあっさりと入れた。それもイーニャの絵を見せれば簡単に絵描きだと信じてくれたからだ。


 ちなみに俺が絵を描いたら、メイド長には無表情で「これも一種の芸術ですね」と言われた。どうやら俺には絵の才能はないらしい。


「ここにしよう」


 早めに宿を決め、馬を預けて街を散策することにした。


 武器の街とも呼ばれ、訪れる人の数が多いのもあって宿代は思ったほど高くはなかった。


 念のため盗まれたり悪さされないよう防衛魔法をかけておいたから心配無用だ。


 駐屯騎士団員が巡回しており、治安に関しては比較的安全な部類だとイーニャが言っていた。酷いところだと治安なんて言葉が忘れ去られているとか。


 だが一度路地裏に視線を送れば、成れの果てがたくさんいた。


「王都も似たようなもんなのか?」

「うん。この街は王都に一番近いと思う」

「なるほど……。妹よ、良い絵描き場所はありそうか?」

「え!? えっと、あそこ!」


 落ち込んでいても仕方ない。気分転換に妹に尋ねると、あそこがいいと指差し、そちらに顔を向けた。

 そこには炭鉱の街の名所であり要でもある採掘場が備え付けられた山――イルギント山が聳えていた。


 その一角は街にのめり込んでおり、そこから作業場まで直接向かえるようだ。


 俺は思った。ハリボテだなと。


 山に生える木々や草花は美しいのに、その中は泥や土、強いては人の血で汚れている。


 見せかけだけの絶景だった。


 ……まだ行ってないのに、俺はどうして中のことを知ってるんだ?


 口から気付かない内に出るのは何度か経験したが、考え事にまで反映されるなんて初めてだ。

 俺の正体についてほんの少しずつ明らかになってきてるって訳だ。


 深呼吸をして気持ちを切り替えてイーニャに笑いかけた。


「あとで行こう。その前に武器屋に寄らせてくれ」

「武器なら十分あると思うけど……?」


 情報収集に決まってるだろうが。小声で教えてやると納得した。


 この街のドワーフは二種類の扱いがされている。

 一つは人間族と同じように普通に生活している者。

 もう一つは奴隷として虐げられている者。


 その差は武器や道具などを製造、加工できるか否かで区切られていた。


 持つ者と持たざる者の格差である。

 多種族に比べ、特に人間は自分とは違ったり劣ったりしている者を蔑ろにする場合が多い。これは精神の脆弱さに他ならない。


 他者を見下すことで自身の存在を、精神を安定させているのだ。


 横目でそんな光景を眺めながら、俺は武器屋に足を踏み入れた。


「らっしゃい。お、見ねえ顔だな」

「妹と旅をしていてな。護身用に武器と防具を見繕ってほしい」


 いかにもドワーフらしい見た目の小さくも立派な髭の男が気さくに話しかけてきた。店内に他の人の気配はない。どうやら一人で営んでいるようだ。


 やはり店の外から見えた色通り、人当たりの良い性格らしい。


「妹さんとねぇ。べっぴんさんだな、羨ましい限りだ。で、あんちゃんと嬢ちゃんのどっちのを用意すればいいんだ?」

「とりあえず俺の分だけで頼むよ。妹のは旅支度の時にこれでもかと準備したからね」


 妹の支度にかまかけて、自分の支度を疎かにした兄。と言う設定だ。


 イーニャには何も話しておらず、当の本人は困惑しているようだがとりあえず放っておく。


「それでここで忘れた分を買おうってか。抜けてるねえ、あんちゃん」

「妹にもよく叱られる」


 笑い合う俺と店主。

 イーニャは入れずに部屋の所々に置かれた武器や防具を見ていた。


 そうだな、少しは勉強したまえ。気に入ったやつがあったら買ってやろうと思った。


「あんちゃん、もしかして嬢ちゃんに惚れてんのかい?」


 イーニャに視線を向けているとまさかの質問が飛んできた。


「ははは、大切なのは間違いないさ」


 軽く笑って誤魔化した。


 この人に対してはまだ明言する必要はない。

 長い付き合いになりそうだからな、楽しみは残しておかねば。


「じゃあ、嬢ちゃんをしっかり守りなよ」


 店に入ってから終始笑っていたドワーフオヤジが急に真剣な表情に変わった。


「当然だ。誰にも渡すつもりなどない」

「そうかい。妹思いのあんちゃんに一つ忠告しとくぜ」


 ちょいちょいと手で近くまで来るように指示され、俺は耳を近付けた。


「この街の領主様はべっぴんには目がなくてな。街中で好みの娘がいたら、なんでも部下に攫わせて弄ぶって噂だ」


 拳が震えていたのを俺は見逃さなかった。


「なるほど」


 ドワーフの女性は失礼ながら女性なのかわからない。間違っても相当な物好きでなければべっぴんとは言わないはずだ。


 なら、このドワーフオヤジ、略して――ドヤジは何故怒りを抑えているのだろうか?


「弄ばれたべっぴんたちは、その後どうなるんだ?」

「詳しくはわからねえ」


 申し訳無さそうにドヤジは首を振った。


 俺に対して……ではないな。


「忠告感謝するぞ、オヤジさん。お礼に話を聞かせてくれないか。あんたの娘さんのことを」


 目を見開いて驚き、俺との距離を取るドヤジ。


 当然の反応だ。見ず知らず、それもこの街に初めて来たはずの奴がどうして知ってるんだってな。


「案ずるな。無理にとは言わないし、話してくれたとしても口外するつもりは全くない」

「あんちゃんは……いったい……」

「ちょっとなにしてんのよっ、れ――兄様!」

「痛い痛い。我が愛しの妹のために、痛ててててっ、とにかく離せ!」


 さすがにイーニャも事態に気づき、こちらにやって来るや否や俺の耳を掴んだ。強く、物凄く強く、なおかつ引っ張る所業。許されまじ。


 ったく、耳を引っ張りやがって、俺の耳がビロンビロンになったらどうする気だ。


「ほら見ろ、お前が急に変なことするからドヤジが固まってるだろうが」

「ドヤジって誰よ。どうせ兄様が変なことを言ったんでしょ。私のせいじゃないわ」


 俺とイーニャが言い合いをしていると、それまで黙り込んでしまっていたドヤジが突然声を上げた。


「……は……アハッハッハッハッ。こりゃあホントに仲のいい兄妹だな」

「うむ。我ら超仲良し」

「誰が仲良しよ!」


 イーニャが馬鹿騒ぎしてくれたおかげで、ドヤジは正気を取り戻したようだ。まぁ、今回ばかりは結果を急ぎすぎた俺が悪いな。


 それからドヤジ、もとい――バンガス・ドレンバインに「話してやるよ」と店の奥まで案内され、お茶を出してもらった。


 ここに住んでいるとはな。家具なり寝具なりと、見るからに居住部屋だった。


 俺たちも自己紹介をしておいた。


「ノルンに、イーニャか。なんか眠そうな名前だな」

「それも良く言われるよ」


 イーニャは出されたお茶とお菓子が気に入ったようで黙々と口に運んでいた。

 うるさいよりはましだろう。


「まず、あんちゃんはなんでオレに娘がいるって知ってんのか、それから聞かせてもらおうか。オレの話はその後だ」

「当然だな。わかった、話そうか」


 良く考えれば俺はこの事を他人に話すの初めてかもしれない。


 この世界に来たときから当たり前のように見えるもの。


 他者には見えず、俺にだけ見えるもの。


 俺が常日頃見ている景色を――。

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