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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第九章 世界の救世主

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『中断』

 話は終わった。


 あとはどちらかが勝利し、敗北するのみ。


「ダンゼル・ベルデネクト――」

「レグルス・デーモンロード――」


 お互いに相手の目を見ながら名を告げる。


「「参る!」」


 声が聞こえた瞬間、俺とダンゼルの拳は衝突していた。


「――くっ」


 右腕が悲鳴を上げ、思わず声を漏らす。


 初撃でこの重さとは……。嫌な予感がして〈魔神拳〉を発動していなければ押し負けていたな。


 剛王の名は伊達ではないと言うことだ。


 力任せの一辺倒なら楽だったんだが、残念なことに速さも兼ね備えた奴なのは今ので理解した。


「ぬああああッ!!」


 拳を当てたまま押してきやがった。

 このままだと右腕が使えなくなるな。


 力勝負ならこちらが不利なのを見抜く洞察力もあると。


 真正面からやりあえばの話だがな。


「――俺はお前のように真面目ではないのだよ――〈転移(テイル)〉」


 接触した時点で発動する条件は満たした。


 〈転移(テイル)〉でダンゼルごと雲に触れるか触れないかくらいの高さまで転移したのだ。


「――なんだと!?」


 重力に従って俺たちは地上への落下を始める。


 突然空に連れてこられたダンゼルは驚愕を露にする。


 俺だってお前の状況なら同じ反応をするだろうよ。


「ハッ。この高さから落とせばオレを殺せると思っているなら大間違いだ。頑丈さならば世界の誰にも負けぬわ! 落ちて死ぬのはオマエだけだ!!」


 空を飛んだり宙に浮かんだりする魔法は使えないのか、一向に発動させる気配がなかった。


「〈|飛翔〈レプト〉〉」


 ダンゼルが頑丈さを誇示してきたのを一瞥してから俺は〈飛翔(レプト)〉を発動させて落下を止めた。


「今後もお前のような奴らが出てくるだろう。だからその数を少しでも減らすにはどうすれば良いのか――簡単だ。手出しする気を起こせなくなる程の圧倒的な力の差を見せつければ良いとは思わないか?」


 無抵抗に落下していくダンゼルに告げる。


 聞こえていなくても構わない。

 これは俺の自己満足だ。


「この戦いは始める前から勝敗がついていた、と言うことだ。さよならだ、剛王ダンゼル。――〈魔じ――」

「(――殺してはダメ。連れて、降りてきて)」

「……仕方ない」


 ダンゼルに止めを刺そうとするも、頭の中に直接聞こえてきた声に阻まれた。


 指示のおまけ付きだ。


 声の主はフィーネだった。

 逆らうことなど俺にはできなかった。


「――なんの真似だ」


 地上に転移させて早々、警戒を剥き出しにダンゼルが口を開いた。


「俺の意思ではない」


 不満を込めて返事するのとフィーネが城から出てくるのはほぼ同時だった。


 しかも出てきたのはフィーネだけではない。シェナと縄で拘束したもうひとりの客人(・・)を連れるグリムの姿もあった。


「何故止め――た……?」


 ぐいっと服を掴まれて顔を引き寄せられたかと思えば、乾いた音と同時に視界が左へと逸れる。

 もちろん俺の意思とは関係なしにだ。


「……」


 頬を叩かれたらしい。


 意味もなしにフィーネがこんなことをしないのは確かだが、そうなると理由が思い浮かばない。


 ここまで感情的にさせる行いを俺はした覚えがない。


「――わざと(・・・)でしょ」


 たった一言。


 そのたった一言で俺は理解に至った。


 俺が侵入者をあえて見逃した。シェナを人質にし、俺に抵抗させないようにする企みも含めてだ。


 考えすぎだと思いたい俺の心を折ったのはシェナがここにいる事実だ。あいつが部屋で眠っていたならば思い過ごしで終わっていたのにな。


 当の本人はダンゼルたち同様に呆然とその場に立ち尽くしている。


 フィーネはわざと(・・・)連れてきたのだ。


「そうだ」

「ふざけないで。お前は守ると決めた者を、自らの意思で命の危機に晒すの?」


 いつの間にか首もとには刀の刃が触れていた。


 僅かな痛みがフィーネが本気であることを示している。


 赤いふたつの瞳が俺を反射する。


「……」

「わたしでも、同じことした?」

「――っ!?」


 必要ならばと答える前に、問いを重ねてきた。


 追加された問いで俺は自分が何をしようとしていたのかを改めて思い知る。


 手が顔を覆う。


「俺は……斬られてもやむなしだな。どうしたら許してくれるんだ?」

「教えない」


 刀を鞘に納めながら拒絶されてしまう。


「やれやれ。罪は重い、か。剛王ダンゼル、お前が魔王の座を狙った原因。その問題を俺が解決すると言ったらどうする?」

「茶番はともかく、そんな話を信じられるわけないだろうが。それより仲間を放せ」


 再び拳を構える。


 茶番に見えたらしい。


 本当は心がなくなっている証拠だ。

 論理や感情より効率を選ぼうとする。


「良いだろう。グリム、メーベスを放してやれ」

「かしこまりました」


 グリムが捕らえていた敵を放す。


「――忠告しておくぞメーベス・トンタイル。妙な動きをした瞬間、四肢との別れを覚悟しろ」

「メーベス、なにもせずにこっちに来い」

「わかりやした」


 ダンゼルの一声が効いたのかメーベスは大人しく従った。


 俺は回復魔法で頬の痛みを取り除く。


「俺はダンゼルを慕うメーベスに、シェナを人質に俺を脅すように仕組んだ。正義感の強いダンゼル(お前)はそれを許さず、ふたりは仲違い――そういう筋書きだったのだが……我ながら浅はかな」


 だから城の者たちへの紹介を含め、シェナの存在を誇示するために一日中俺に同行させたのだ。


 愚かさにため息をつく。


 守ると言っておきながら危険に晒すとは、フィーネがいなければどうなっていたことやら。


「シェナ。怖い思いをさせたことを謝罪する、すまなかった。あとで改めて詫びるから待っていてくれ」

「うん、わかった」


 笑ってくれるシェナに感謝だ。


 申し訳ない気持ちを込めて苦笑してからダンゼルらの方へ身を翻す。


「お前が俺の、いや。魔王の座を狙う理由は娘のためなのだろ。〈不幸姫〉――そう呼ばれる娘を呪いから解放するのに魔王になった際に得られる力が欲しい」


 そこまで言って俺は首を横に振った。


「オレが魔王になるのは、己の強さを証明するためだ」

「認めようが認めまいが事実は変わらぬ。しかしだ、負けていない相手の要望なんて聞く気はあるまい?」

「決着をつけようってか」

「そうだ。冷静さは鋭い一撃で取り戻せた……はさておき、お前たちは魔国に対する反逆行為をした。俺自身はどうでも良いが、大義名分とやらが国には存在する」


 個人とは違い、組織や国としてやっていくには必要な事柄が異なる。


 くだらないと一蹴したいのに、そうできないのが事の常ってな。


「見せしめ、か」

「心配するな。お前たちはふたり――ならこちらも俺とフィーネのふたりで戦う。数で押し潰すのは俺は好きではないからな」

「余裕だな?」


 フッとダンゼルが口角を上げる。


「魔王らしく傲慢と言ってほしいな」


 だから俺も笑ってやった。


「――で、どうするのだ、剛王」

「もとより選択肢はあるまい。受けて立つぞ、魔王!」


 やはり賢いな。


 ダンゼルが提案を受け入れたのを見て、メーベスも構えた。


 片や力で押し負ける相手。片や俺の結界を破る術者だ。


「面白い、そう来なくては」


 やる気満々の相手を前にし、気持ちの昂りを感じる。


「グリム。もし俺とフィーネが負けたら、あいつが新しい魔王だ。見届け役を頼むぞ」

「はぁ……仕方ありませんね」


 やれやれと両手を広げながらグリムは承諾した。


「よし。ならこの石が落ちた時から始まりだ。良いな?」

「構わん」


 落ちている小石を拾って空へと軽く投げる。


 お互いに飛んだ石には目もくれず、ただひたすらに戦う相手を視界に捉える。


 そして、地面への落下を果たした時――再び俺とダンゼルの拳が交わった。

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