『魔王』
重い瞼を上げて、瞳が脳へと伝達する光景を疑った。
何処だ、ここは?
まさに俺は何処?
ここは誰?
状態じゃないか。
「……」
目の前の見たことも無いほどの大きさの椅子に座る、角が生えた禍々しい雰囲気を醸し出す——化け物。
それは空の王者なる鷹よりも鋭い眼光を俺に向けている。街中でトボトボと歩く一般人が見たら固まってしまうだろう。
生憎とそんじょそこらの一般人と違って、俺は目の前の化け物にも動じていないようだ。我ながら新しい自身の一面に驚いているところだ。
まあ、簡単に言えば一部の感情が欠落しているだけなんだが……。実を言えば、感情以外のものも欠落している……。
見たところ、この部屋はこの化け物たちの王と謁見する玉座の間。俺の左右に4人ずつが一列で整列するのが配下で、椅子……もとい玉座に鎮座するのが王ってところだな。
いやー、ほんと落ち着いてるな。いきなりこんな訳もわからん場所に連れて来られたってのに、もっと焦っても良いんだぜ、俺。
「貴殿が、異世界の民か?」
鎮座する化け物の王が、見た目にお似合いの低く野太い声で話しかけてきやがった。
正直それは俺が聞きたいんだが……なるほど“異世界”ね。
しかし目的は何だろうか。食用のためにわざわざ異世界の人間を呼ぶのか、どうやら俺一人だけみたいだし。んー、この世界の人間は食べ尽くしたから、なら納得がいくな。俺だけなのは無事に呼べるか実験したってことだ。
と、考えるのも程々にして返事しないと燃やされそうだ。
俺は数秒の思考の後に仕方ないので返事した。
「知らんな――お、これは物騒な」
「貴様ッ、陛下に対して無礼であろう!」
整列していた側近の一人が目にも止まらぬ速さで剣の先端を俺の首に当てがった。
偉そうな態度が気に食わなかったようだ。
忠誠心を示したつもりなのか……こいつは馬鹿だな。おかげで鎮座する化け物がこいつらの王なのははっきりした。
さて、これからどうしたものか……。
「やめんか。無礼なのは仕方あるまい。この者は何も知らんようだ」
この状況で部下を諫めるとは、話がわかる王のようだ。
頭に血が昇った側近は物申そうと口を開くが、王の威圧感を込めた視線でようやく剣を仕舞った。
組織としてはギリギリ成り立っているレベルだな。あの王がいなくなったら終わりへ直通で間違いなし。
「部下の非礼を詫びよう」
「気にしていない。こういうのは慣れてる」
「そうか。……まだ名乗っていなかったな。我が名はフレズベルク・グランヴァース・デーモンロード。ここ、魔界デーモンパレスで魔族らを統べる――魔王だ」
パレスって確か、宮殿か神殿って意味じゃなかったっけ。気にする必要は無いな。
魔王ね。見た目のまんまじゃん、と思ったことは黙っておこう。
魔界とはとんでもない場所に呼ばれたもんだ。世の科学者が聞いたら歓喜の声を上げるだろうな。
「長い名前だ。そうだな……フレズベルクだから、フレン。よし、これから俺はあんたのことをフレンと呼ぶ。で、俺が異世界の民だと仮定して、俺は何故連れて来られたんだ?」
——思えば、この時に訊いてなかったら未来は変わっていたかもしれない。
「私の代わりに魔王になり、人間たちとの戦争を終わらせてほしい」
「はぁ……どうして俺なんだ?」
「現在、我々魔王軍は人間たちの猛攻によって追い詰められている」
追い詰められている?
さっきの猪突猛進馬鹿の動きからして、不利になる要素が何処にあるんだ?
思わず首を傾げる。
「人間たちのごく一部だが、特殊な能力に目覚める者が現れた。本来なら人間に引けを取らない我ら魔族が危ぶまれる程だ。それに加えて圧倒的な数の差も相まって、現在に至る訳だ」
詳しく訊いてみると、この世界には“魔法”と呼ばれる超常現象を操ることができる手段が確立している。人間、魔族関係なしに魔力を持つ者なら誰でも使用可能。
幼稚園児くらいの子どもまで使えるなんて、かなり便利なもの……いや、生活に必要不可欠なものなんだろう。
“誰でも”な魔法とはまた違った特殊な能力――〈特異能力〉。
魔族でも発現する可能性はあるが、人間の方が可能性は高いらしい。それでレガリアを発現した人間たちを筆頭に攻め入られ、現在進行形で魔族の領土である魔界にも進行されて追い詰められていると……。
それに魔界と言っても、人間が住む人間界とやらと海を隔てているだけで、別世界とか別次元とかじゃないみたいだ。つまりは大陸で呼び方が変わっているだけ。
宣戦布告をしたのは人間側で、魔族はもちろん応戦した。最初こそ種族の能力差で勝ち進んでいたものの……以下略。
そしてこのままではまずいと判断したため、捕らえた人間から聞き出した異世界人の召喚を行ったわけだ。
頭を掻いてため息をつく。根本的に間違っていることがあるだろうに。
「人間である俺に、人間を滅ぼせと言うのか?」
「違う。私は争いなど好まん。故に、貴殿に人間との橋渡しになってほしいと考えている」
「仲良くしたい、と。あんたはそう望んでいても、部下が大人しく従うとは思ってないよな。少なからず戦いを望む奴はいるはずだ。偏見かもしれんが、“魔族”ならより一層な」
「……確かに貴殿の言う通りだ。我々も、そして人間も多くの血を流しすぎた。今更どちらかが降伏したとて治まるものでもあるまい」
戦争の面倒なところだな。一度始めてしまえば、勝敗が決するまで互いに易々と矛をしまうことが難しい。
そこは異世界でも同じだな。
んー、だけど引っ掛かる点がある。
レガリアとやらが発現しやすい人間を呼んだのは、まぁ百歩譲って理解したことにしてだ。俺を魔王にする理由がわからん。無理矢理にでも従わせて配下にすれば良いだろうに、今の俺は待遇が良いとは言えないが、悪い訳でもない。
何が目的なのかが今一わからんぞ。
「事情は把握した。じゃあ、俺が魔王になるメリットは何だ?」
「我が娘を嫁にしてやろう」
「なるほど、それは確かにメリットかもな、あはは……じゃねえよっ。魔王軍全体のメリットだ」
ついノリツッコミをしてしまった。
ドジか天然か狙ってか。よく今まで持ちこたえたな。いや、限界が来たから俺が呼ばれたわけで。
やめだやめだ。考えても埒が明かない。首を振って雑念を振り払う。
「人間が魔王になろうものなら、軍全体の士気にも大きく影響するだろう。更にこの混乱に乗じて敵が一気に攻めてくる可能性もあり得る。あーもうっ、作戦に無駄がありすぎだ!」
突然言葉が荒くなる俺に眉をしかめる魔王陛下。
だんだん腹が立ってきた。組織としても無駄がありすぎる。
こんなんで勝利どころか、敵と友好関係を築くだと。笑わせてくれるわ。
追い詰められているのは単純に戦力の差だけじゃない。無能な指揮官のせいで、戦場で無駄に命が散っていく。
もう二度と、あんなの認めてなるものか。
「良いだろう、魔王にでも覇王にでもなってやる。俺が皆に勝利を与えよう。それでよろしいか、現魔王陛下」
魔王の前に跪き、確認をする。
「良かろう。貴殿に魔王の地位を与える。今より、貴殿が――」
「ただし、条件が一つだけある。俺が魔王になるからには、逆らう者には容赦しない。最悪の場合、同胞であろうとその首を跳ねるぞ?」
「決めるのは魔王だ。好きにしたまえ。――改めて貴殿はこれより魔王だ。皆の者、この者を新たなる王とし、その身を、その命を捧げよ。さぁ、皆に名を告げるのだ」
名前、名前、名前……どうしよう。本名でいったら見下されるかもしれないしなぁ。
思い悩んだ挙げ句、結局一番妥当なものを選んだ。
「我が名は――レグルス。レグルス・デーモンロード。我こそが魔王なり!」
高らかに宣言すると、チャキと音が聞こえたと思ったら、剣の刃が目の前に迫ってきていた。
「認めぬ。認めぬぞ!!」
最初に剣を突き付けてきた馬鹿が斬りかかってきたのだ。
早まった行動に出る奴がいるとは思ったけど、予想通り過ぎてちょっとつまらんな。
周りの別の側近たちは手出しをするつもりは全く無いらしい。あわよくばそのまま殺されてしまえとか考えてるのだろう。
ならこの状況、大いに利用させてもらおうか。
ニヤりと口角を上げる。
「俺は言ったはずだ」
剣の刃ではない部分に左手を当てて軌道を変える。予想外の出来事に隙だらけになる馬鹿の腹に右手を翳し、全身の力を一点に集約。そして、集まった力を腹へと叩きつける……と言うより放つのが正しい。
弾丸の如く勢いで放たれた力を腹に受け、空気と血液を吐き出しつつ膝をついた。
剣を手放し、腹を抱えて半ば踞る馬鹿を見下ろしながら、聞こえなかったようなので仕方なくもう一度言ってやった。
「逆らう者は容赦しない、と。次は無いと思え」
魔族にも発勁が有効で助かった。
一事はどうなるかと思ったけど、馬鹿のおかげで助かったよ。そこの点に関しては感謝しなきゃな。
「皆もその目でしかと見ただろう。俺は言葉通り、逆らう者に容赦しない。それでもと言う奴は名乗り出れば相手をする。しかし、少し時間が欲しい。まずはこの世界のことを知らなければ何も始まらない。皆への非礼は、学んだ後にさせていただく」
戦争に置いて情報は勝敗を左右する。この世界の歴史を、文化をまず知ることから始めなければな。
宣言した以上は全力でことを成そう。それが二度目の機会を与えられた俺の使命だと思うから。――記憶が混濁しておかしくなりそうだ。
「フレン、すまないが俺の部屋ってあったりするか? 最悪牢屋でも構わんぞ」
「心配せずとも用意してある。案内させよう」
こうして俺は玉座の間を後にした。
どうせ色々と陰口を言われるんだろうなぁ、とため息をつきながら案内してくれる人の後ろを付いていった。
◆◆◆
異世界の民、レグルス・デーモンロードと名乗った新しい魔王が部屋を出た後に残された側近たちは各々の様々な感情を抱いていた。
「陛下のお決めになったこととは言え、些か無礼が過ぎよう。ベルグスの早まった行動も頷けると言うもの」
「そーかなー。ボクは面白そうだけどなー。彼の言うこともわかるしさー」
「今後に期待であろう」
「……」
「オレっちは興味ないね。そんなことより、あいつ強そうじゃん、殺りあいたいね」
中には今の心境を吐露する者もいた。
「お前たち、陛下の御前だぞ」
諌めるのは武人気質な見た目と雰囲気を醸し出す人物。どうやらこの男が側近の長の立場らしい。
魔界の国宝の剣を携えているのがその証拠だ。
彼こそが敵である人間たちすら敬意を払う、魔族最強の剣士――バルレウス・ウィル・リンデベルトである。
「構わん。もはや私は“陛下”ではない。畏まる必要が無いのだよ」
「いえ、我々にとっては陛下は陛下です。しかし、彼の者も陛下とお呼びせねばならぬとなれば、どうお呼びしたものかと悩んでおります」
「そうさな……フレンと呼んでくれ」
「かしこまりました、フレン様。私は軍への指示があるので、ここで失礼します。お前たちも各自の配下へと此度のことを伝えておけ」
そう言い残してバルレウスもレグルスに次いで玉座の間を後にした。
面倒くさそうにため息をつきながらも、彼の指示に従うべく他の側近たちも前魔王陛下に一礼をしてから部屋を出ていった。
部屋に一人残された前魔王は天井を見上げた。
「これで良かったのか……。いや、これで良いのだ。彼なら魔族と人間の善き架け橋となるだろう。重荷を背負わせて申し訳ないが、私にはもう叶わぬ夢なのだ」
フレンと気さくに呼ばれたのを思い出して微笑んだ。
虚空へと伸ばされた手が掴みたいのは、もう二度と触れることすら叶わない光。魔王としてでも、魔族としてでもない。男として彼は希望を求めて一度掴んだが、その手から溢れ落ちてしまった。
だが諦められなかった。自分に出来ないのならば、出来る者に託せば良い。一種のわがままを貫いた。
魔族全体を危機に陥れるかもしれないと理解しながら、今回の召喚を強行したのだ。
一つの約束のために。
――人と魔族が、共に寄り添って暮らせる世界になりますように。
美しくも儚い花のようにこの世を去った者との約束。
それをレグルスと名乗った少年は知る由もない。たとえ知らなくとも、彼ならば掴んだものを二度と放すことはないと信じれよう。
そう、私のように過ちを犯すことは……。
影に覆われたような薄暗さを感じる玉座の間で、今や先代となった魔王が思い描く世界は、魔族の王が見るものとしては似合わない華やかな幻想だった。
「また読みたい!」
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