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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第八章 魔界の乙女たち
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『魔王よりも』

 まずはシェグナが先陣を切り、アカネへと突進する。

 それをエルギルが弓で援護し、アベーゼイト――通称アベルが側面から仕掛けた。


「うむ」


 掛け声もなしに即座にお互いの役割を理解し、動きへと移れる点に関してはバルムが唸るほどの見事な連携。


「――っ!」


 エルギルの矢がアカネのもとに辿り着く頃には、1本から7本に数を増やしていた。


 魔力で構成されたもののため、途中で分裂させることが可能なのだ。


 標的を覆うようにアカネへと矢が、前方からはシェグナが迫る。それらに対処したとしても、アベルが詰めの一手を狙う状況。


「ふぅ――」


 八方塞がりな少女が取った行動は攻めてが首を傾げるものだった。


 目を閉じたのである。


 彼らが再びアカネの瞳を見た次の瞬間――矢は全て砕け散った。


「どこに――かはっ!」


 視界からアカネが消え去り、シェグナが速度を緩めたのは過ちであった。


 隙を見せた内に懐に潜り込まれており、無防備な腹部に衝撃波をくらわせられて飛ばされる。


 アカネは飛ばす方向もしっかりと考えていた。


 援護役のエルデルからすればシェグナが邪魔でアカネがいる場所が死角になるようだ。


「この程度――」

「エルギルッ、左だ!」


 死角にいようと矢は射てると弓をしならせるエルギルを止めたのはアベルだった。


 彼の声のおかげで左から弧を描いて飛んできた短刀を弾けた。が、それは同時に仲間とアカネから意識を逸らした事実を意味する。


「行かせるか!」

「……」


 攻撃される隙を作ってしまったエルギルを標的に選んだアカネが跳躍する。

 背後からアベルが槍の間合いの広さを活かした突きを行ったのを確認すると、少女は空中で回転して進行方向を反転させる。


 つまり、アベルの方へと戻ったのだ。


 槍は近場に寄られると、不利になる武器である。


「――ありかよ」


 首もとに小刀を当てられ、アベルは敗北の意思表示に槍を手放して両手を上げる。


 しかし、彼は諦めていなかった。


 十分に離れたこの距離ならエルギルが仕留めてくれる――仲間にあとを託したアベルは視線を移して言葉をこぼしたのであった。


「ごめん、油断した」


 弾いたはずの短刀がエルギルの顎の下で上昇の準備万端の状態だった。


 手を触れずともものを動かす、魔力操作が可能な者なら誰でもできる方法である。


 もっとも、細かいコントロールが難しい上にかなりの集中力が必須のため、実際の戦闘にはあまり用いられない。


「――そこまで!」


 バルムが手合わせの終わりを告げた。


「オレらが……負けた……?」


 指すら動かせずに地面に寝転がるシェグナが呟いた。


 腹部に衝撃波をぶつけられる前に、全身の数ヵ所を打たれていた。そのせいで起き上がることすら不可能な状態に陥ったのだ。


「へぇー、面白そうなことしてるねー。ボクも交ぜてよ」


 突然現れて不敵な笑みを浮かべるロアンが提案する。


「アカネはダメ。わたしが相手をする」


「――本当に、よろしいのですか?」


 真意を確かめるようにバルムは問いかけた。


 アカネとバルムの部下の手合わせを見て触発されたらしい。

 フィーネが乗り気であるのは〈漆黒の剣聖〉とて苦笑するのも仕方ない。


 何故なら彼はフィーネの実力を知る数少ない人物のひとりだからだ。


「うん、大丈夫」

「かしこまりました。ロアン、粗相のないようにな」

「もちろんさ。まさかキミが相手だなんて。普通にやるのはつまらないから、勝った方が負けた方に服従なんてのはどう?」


 前魔王の娘に対しての無礼であるのは明らか。


 バルムが一言申そうとしたが、フィーネが止めた。


「負けてから後悔しても知らないよ?」

「ボクが勝つからダイジョーブ」

「そ。ならいいよ」

「よっし。どう遊んであげよーかなー」


 もう勝った後のことを楽しそうに考え始めるロアン。


 負けたら何をされるかわからないのに、フィーネは無表情だった。


「では、両者構え――」


 アリーヴァル・ケイドスフォールズ、通称アルトが始まりの合図を行うのを申し出た。


 ルールは先程と同じではあるが、バルムはいつ何が起こっても対処できるようにと彼なりの配慮だ。


「すぐ終わるか、それとも時間をかけるか……どっちがいい?」

「もちろん、ゆっくりとキミとの時間を楽しみたいな」

「ふーん。可哀想に――」


 彼女なりの慈悲をロアンは知らず知らずの内に断ってしまった。


 彼の中でのフィーネの実力と現実は違うのだ。


 ――そこら辺のザコよりもちょっと強いくらい。


 勝手な決めつけが後悔へと繋がることを、この時はまだ考えすらしなかった。


「始め!」


 アルトの声が広場を駆け抜ける。


 始まりと同時にロアンは一気に距離を詰めて、自慢の爪で切り刻むつもりだった。


 しかし、彼の予定と直面した現実は異なっていた。


「どうしてどっちも動かないんだ?」


 ひとりがぼそりと疑問を口にする。


 始まりの合図は告げられ、いつでも戦闘が開始されてもいいはずなのに。それを期待していたと言っても過言ではない彼らが疑問を抱くのも当然である。


 困惑が支配する中で、たったひとり――バルムは眉を歪めた。


 既にロアンの意識はないことを、彼は唯一見抜いていたのだ。


「アルト。終わりを告げなさい」

「バルム様……? まさか、既に勝敗が決したと――」

「そうだ。これ以上ロアンの醜態を晒してくれるな」


 まだ終わっていないと主張するアルトの言葉を、険しい面持ちでバルムは遮った。


「――っ! 勝者――フィーネ様!」


 状況を察したアルトはすぐに行動に移した。


 初めてだったからだ。

 稽古や戦場ないし、日常では決して見せないような表情。


 仲間同士でなら何度も見てきた顔。


 ――敗北を確信している。


「優しくなったね」

「最近、周りに影響されやすくなりました。私も歳ですかな」


 勝利を宣言されたフィーネがバルムのもとへと歩み寄り、そう微笑みかけた。


 そのままフィーネはアカネを連れて広場を後にした。


 ロアンは治療室に運ばれ、残されたバルムの部下たちは消化不良の気持ちだった。


「皆がわからんのも無理はない。私も見えなかった(・・・・・・)のだから」


 〈漆黒の剣聖〉と謳われるバルムでさえ、フィーネが刀を鞘に納める音を聞いただけである。


 歴戦の経験を積んだ者故に彼は察した――ロアンの敗北を。


 案の定、小さな悪魔は何も出来ずに意識を失っていた。


「これに懲りたら、あの方々の気に障るような言動は控えるように」


 バルムですらわからないことを、フィーネは目の前で平然として見せた。


 無礼であると承知しながらも思わずにはいられない。


 レグルスとフィーネのどちらが強いのか。


 〈漆黒の剣聖〉と呼ばれようと正真正銘〈魔族〉である。


 強さを求めてしまうのは血に刻まれた、もはや本能なのだ。

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