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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第八章 魔界の乙女たち
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『気持ちを伝える』

 俺はシェナが泣き止むまで待ち、その頃には日が落ちかけていた。


「ここにいては風邪を引く。そろそろ城に戻ろう」


 目尻を腫らした少女の頭を髪型が崩れないように優しく撫でる。


 応えるようにシェナは微笑んだ。


「――フフフ」


 そして、城に戻るや否や、随分怪しげな笑みを浮かべるシェナの義父レンフィア皇帝。


 何やら面倒なことを企んでいるのは聞かずとも察した。


「とても嬉しそうで。良いことでもあったのですか?」


 俺の代わりにグリムがにまにまと笑顔のレンフィア皇帝に尋ねる。

 こういう時に昔馴染みなのは本当に助かるものだ。


「喜ばずにいられるか。最初は骨も残らんように消し炭にしてやろうかとも思ったが――」


 数分間ずっと語り続けたので途中から聞くのをやめた。


「国中で噂になっていますよ」

「後戻りはできない訳だ」

「貴様。我が娘を泣かしたくせに責任を取らないつもりだったのか?」


 顔が近い。


 睨み付けながら顔を近づけないでほしい。

 俺はそっちには興味がないのだよ。


 反射的に身を引いて背中に椅子の背もたれが食い込んで痛い。


「ちょっと、そんなんじゃないってば!」


 真っ赤にした顔でシェナは否定する。


「レンフィアの親馬鹿はさておきだ……シェナ。お前の気持ちを俺は聞いていない。本当に魔王レグルス・デーモンロードの許嫁になって良いのかをな」

「陛下……」


 何故かグリムがやれやれとため息をついて俺を部屋の隅まで連れていき、


「こういう時は陛下が先に気持ちを伝えるべきではありませんか?」

「失念していたよ。感謝する」

「いえいえ、これくらいは当然です」


 すぐにふたりとも何事もなかったかのように席に戻った。


 きょとんとした顔で迎えられるが気にしない。


「こほん、俺の気持ちを先に伝えよう」


 言葉を選ばなければ、下手に刺激すれば親馬鹿が何をしでかすかわからんからな。


「シェナ」

「は、はいっ」

「緊張するな、肩の力を抜け」

「う……うん、ありがと」


 何度か深呼吸をしてようやく落ち着きを取り戻す。


 顔は赤いままだが先程よりはましだった。


 考える時間はあったから準備万端だ。


「最初は怪しい奴だが情報屋としての能力が高いから利用したまでに過ぎなかったのだろう。端的に言えば――使える駒だ」


 この世界で生きていくのに必死だった俺の罪だ。


「……そう、なんだ……」


 シェナの表情が驚きの悲しみに染まる。


「貴様ぁ……っ」


 レンフィアに至っては今にも襲いかかってきそうな形相だ。


「最後まで聞け、早とちりどもが」


 人の話は最後まで聞くようにと教わらなかったのかこいつらは。


最初は(・・・)と言っただろうが。今では守りたい大切な者のひとりだ」

「あなたって人は……」


 片手を顔に添えて首を振るグリム。


「俺自身もよくわからないことを言っている自覚はある。が、嘘ではない正直な気持ちだ」

「魔王様。一番重要な部分が抜けていますよ。あなたはシェナが好きですか、それとも好きではありませんか?」


 皇后エルミシアが微笑みかけてきた。


「……すまない、よくわからないんだ。大切な存在なのは確かだ。はっきりと答えたいのに、もどかしいくらいに答えられないんだ」

「他にもシェナと同じくらい大切な人がいるのですね」

「――っ!?」


 心を見透かされたように目を見開いた。


「あなたは本当に魔王には珍しい優しい心の持ち主ですね。同時に羨ましいくらいに若々しい。――さぁ、シェナの番ですよ」


 優しい微笑みがシェナに向けられ、当の本人は視線を泳がせる。


 そして、意を決したように俺と目を合わせた。


「アタシの気持ちはあの時(・・・)ならずっと変わらない。コマだったって聞いた時はちょっと悲しかったけど、それでもやっぱりアタシは――レグルス(ノルン)が好き、大好き」


 背中をむず痒さが襲い、頬が何やら暑くなってきたぞ。


 真正面から好意を伝えられるとはこのような感覚なのだな。


 ――とても恥ずかしい。


 だが、それに勝るとも劣らないほどに嬉しいのだ。


「大切な人って、フィーネちゃんとアカネちゃん、インベリュームさんだよね」


 言いたいことを言えたからか、若干いつもの雰囲気に戻り首を傾げる。


「お見通しか。最近、心中を言い当てられることが多くて不安になる」


 さすがは情報屋。


 ユイナのことまで既に知っているとは驚きだ。


「恋する乙女は何でもお見通しなのだ。たぶんアタシはまだふたりには負けてるよね……。だけど絶対に追い上げてやるもんだ」


 胸を張るシェナにくすりと笑いを誘われる。


「あー、笑ったなー」

「ふふ、すまんすまん。泣いたり笑ったり忙しい奴だなと思って……つい、な?」


 お前のおかげで俺がどれだけ救われたのかはまだ言うまい。


「あっ、それとね、気にしなくていいからね」

「ん? 何をだ?」

「ノル……じゃなかった、レグルスは魔王なんだし、お嫁さんはアタシだけじゃなくてもってこと」

「んん……はっきりと答えを出せない俺が悪いのだが、そういうものなのか?」

「大丈夫!」


 謎の自信はいったい何処から湧いてくるのやら……。


 シェナは恥ずかしさなどとうに忘れ、自信満々の笑顔で問いに答えた。


「グリム?」


 一応この世界の事柄について色々教えてくれた先生に訊いてみる。


「教えたはずです陛下。人間でも貴族階級の者なら、ひとりの人物に対して複数の結婚相手は珍しい話ではないと」

「あぁ……」


 思い出した……というか思い出さないようにしていた。


 確かにそれぞれの種族の交際や、それに関連する内容は事細かく教わったとも。


「悩まなくてもよいのではありませんか。大切なのは本人たちの気持ちです。お互いが相手を本気で想っているのであれば迷う必要はないでしょう。もとより恋愛という感情は、種族や生命を問わないものですから」

「寛大なお心に感謝いたします」


 隣に座るレンフィアの口元に扇を添えて黙らせているのは気にしてはならない。


 感謝を伝えると共に会釈するのは恐怖とは無縁のものだ。


「まだ許嫁ではあるが、改めてこれからもよろしく頼む」

「こちらこそよろしくだよ。情報料は安くするからね」


 守りたい相手が増えた。


 さて……フィーネとアカネとユイナにどうやって説明したものか。


「――では、レンフィア皇帝。本題に移るぞ」


 ここに来た本来の目的は許嫁とは別にある。


 親馬鹿のペースに乗せられてしまって逸れたのは俺の未熟さもあるのだろう。

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