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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第八章 魔界の乙女たち
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『許嫁』

 アルヴァン一行襲撃の件の確認を含めて〈魔王〉として挨拶を兼ねて俺はグリムと共に〈長耳族(エルフ)〉の国――〈ファンヴァース帝国〉を訪れた。


 実際は力を試すとか言われて、迷いの森で案内なしでたどり着くのに5分。

 走るより速いと思って飛んで正解だった。


 思ったよりも簡単に目的地に到着。

 と、そこまではまだ想定の範囲内だった。


 問題はこの後、皇帝両陛下との謁見した際のことだ。


「貴様が本当に相応しいかどうか、我自ら試そうぞ!」


 とか意気込んで剣を振り回された日には、どうしたら良いのやらと悩んだものだ。


 力試しがお好きなお年頃らしい。


 結果はもちろん俺の勝利に終わった。


 いや……まぁ、恐らくここでわざとでも良いから負けていれば良かったのかもしれない。


 だが負けるにしても、相手が本気ではなかったからな。

 発言自体は意気込みを匂わせていたが、いざ試合となると勝つ気が微塵も感じられなかった。


「――は? いま、何と言った?」


 年長者への敬いなど無視して睨むような目付きで発言を繰り返すように頼んだ。


「我が娘の――許嫁になれ」


 さすがは帝王(カイザー)だけのことはある。

 言うことの規模と唐突さが桁違いだ。


「あのだな。いったいどうして俺がお前の娘の許嫁になるんだ?」

「貴様は我々〈長耳族(エルフ)〉と良好な関係を築きたいのではなかったかー」

「このじじい……っ」

「まあまあ、おふたりとも落ち着いてください。深呼吸です深呼吸」


 グリムに促されてレンフィアと同時に深呼吸をする。


「まず説明を求める。どちらにせよ理由がわからんのでは返事のしようがない」

「本当に心当たりがないと言うのか?」

「俺より何百も年上である〈長耳族(エルフ)〉の皇帝に嘘をつくのなら、もう少しましな話にするさ」

「ふむ……会えばわかるか――入って良いぞ」


 いったい誰が入ってくるのやらとため息の準備をしていたら、当人の姿を見た途端に思考が停止した。


「……久しぶり」


 まじまじと見つめてしまっているからなのか、若干恥ずかしそうに顔を俯かせつつもそう言った。


 すっかり忘れていた。


 そういえばフィーネから聞いた話の中にそんな内容があったのを思い出す。


「久しぶりだな――シェナ。元気そうで何よりだ」

「うん。レグルスはあまり元気じゃなさそう」

「――っ。そう見えたなら俺もまだまだだな。ここ最近いろんなことが立て続けに起こってな、疲れが溜まっているのだろう」


 まだ何か言いたそうにするが、俺は視線をレンフィア皇帝に移した。


 情報屋として培ってきた()なのだろう。


 あまり勘繰られるのは好ましくない。


「ふぅー。冗談抜きで話をしようか、皇帝レンフィア」

「良かろう。丁度退屈してきていたところだ」


 お互いに纏う雰囲気を変え、魔王と皇帝の立場に相応しいものになった。


「偶然とは言え、俺はシェナを救った。更にはフィーネが道に迷った挙げ句にこの国の場所を知った。確かに義理や人情を大切にし、安全を配慮するなら魔王()と良好な関係を結ぶのは悪くない選択だ」


 シェナが本当に許嫁になれば、俺は彼女の故郷――この〈ファンヴァース帝国〉を守らなければならなくなる。


 “魔国”――国を名乗っている以上は面倒でも果たさねばならない事柄が出てくるのだ。


「しかしだ。お前にとってシェナは大切な一人娘なのではないか? 国交や将来を見据えてなんて理由で、差し出して良いとは思えんのだよ。悪いが俺はその程度の奴とは良好な関係が築けん」

「――勘違いするなよ小童(こわっぱ)が」

「……っ!」


 殺気にも似た空気が、まるで風のように俺を通過する。


「わたしは得体の知れないそこらの他種族風情に娘を渡す気にはならなんだ。争わなくなったとて、互いへの干渉をやめたに過ぎん。きっかけさえあれば、いつでも過去の愚かな歴史が繰り返されよう」


 異種族同士の争いで死んだ者たちの数は未だに判明していない。単純に数が多すぎるからだ。


「シェナとわたしたちには血の繋がりこそないが、娘であることには変わりない。情報屋なんぞ仕事をし始めた時は国の総力を上げて手伝おうとしたものだ」


 シェナに断られたが――と付け加える。


 当たり前だ。


 そんなことをしたら手に入るものも砂のように溢れるわ。


「だから、とても可愛く、とてつもなく大切な我が娘に手を出した不届き者とやらに助けられたと話を聞いたわたしの気持ちは貴様にはわかるまい」

「…………」


 神妙な顔つきでとてつもない親馬鹿を発揮されてもどう反応すれば良いのかわからん。


 シェナの様子でも確認したいが、タイミングを見計らっているようにレンフィアが目を合わせてくる。


「調べたとも。我ら(エルフ)の情報網を全力で駆使して調べ上げたとも。あんなに嬉しそうに、時折恥ずかしそうに照れながら話させる輩についてな」


 真顔でいよう。

 気を許せば延々と自慢の娘の話をされそうだからな。


 愛する娘を奪ったと解釈している相手の俺に恨み染みた感情があるのは十分に伝わった。



「正体を知ったわたしは驚いた。なぜなら悪逆非道の限りを尽くしてきた魔王だったのだ」

「――つまりは俺を認め、本当にシェナを許嫁にしても良いと判断したのだな」


 そろそろ頃合いだろう。


「あなたはどうなのですか?」


 聖母のような笑みを浮かべる皇后エルミシアに尋ねた。


 レンフィアが逆らえない相手に話し手を変えるべきだと思ったのだ。


「もちろん、相手が魔王だと聞いた時は不安で仕方ありませんでした。ですがもう十分です。こうして直接話せば人柄くらいわかりますから」


 レンフィアよりこの人の方が圧倒的に強い。


 数秒でその思考に至った。


 もし俺がレンフィアが言ったような悪い魔王だったならば、ここで殺されていたのだろう。

 それを可能にできるほどの実力者だ。


「良い評価を感謝する」


 皇后エルミシアにだけ、軽く会釈程度に頭を下げる。


「……一旦休憩して良いか? 外の空気を吸わせてくれ」

「許そう。わたしもお腹が空いてきた」


 こうして本題からずれまくった会議は、また後程続きをやることとなった。


 それまでは各自好きに行動して良いと許可をもらった。

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