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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第八章 魔界の乙女たち
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『約束してください』

 自室に戻ると、案の定ユイナは起きて待っていた。


「おかえりなさいませ」


 笑顔で出迎えてくれたとも。


「待たせてすまないな」


 謝罪してから部屋に結界を張る。


 これでここは外から断絶した空間となった。


 俺が今からする話は身内であろうとおいそれと聞かせて良い話ではないからだ。


「緊張したくても良いぞ」


 姿勢正しく椅子で待ち構えるふたりに落ち着くように促す。


「そ、そう見えたのですか……はい」


 どうやら本人たちは気付いていなかったようだ。


「アカネは眠っているが良かろう。また話すとしよう」


 ベッドで静かに眠るアカネに視線を送る。


「話したいのは――俺の〈特異能力(レガリア)〉についてだ」

「やっぱり発現してたんだ」


 フィーネにはお見通しだった。


「見抜かれていたとは……恐れ入ったよ。まぁ、その能力が強力なのだが少々厄介でな。名は――〈適生能力(サンクトゥス)〉。環境や攻撃に適応する能力(もの)だ」


 炎の中や水の中でも生きていける。

 環境に応じて身体的な変異はなかった。


 ひれができたりしたらどうしようかと悩んだ日々は杞憂に終わった。


 簡単に言えばいろんな環境下でも不自由なく生きれるようになる能力だ。


「強い能力なのは間違いない。……適応範囲が広すぎなければな」

「広すぎる?」

「そうだ。面倒な程にな」


 フィーネの問いにすぐに答えた。


「適応――つまりは他の影響を受けなくなる、または無意味になると言える。それがどうも身体だけに留まらず、精神(・・)の方にも効果を及ぼすらしい」

「それって……」

「――まさか、心がなくなるかもしれない。そういうことですか?」


 首を傾げるフィーネの言葉を、ハッとなったユイナが引き継いだ。


「推測が正しければ……いずれ、な。影響は既に出始めているが、生憎(あいにく)と豊かな感情の持ち主なお陰で、すぐになくならないのがせめてもの救いだろう」

「――っ……ない」

「ん?」


 俯くフィーネの顔を覗こうとすると急に目が合った。


 顔を上げたのだ。


「――意味がわからない!!」

「な……っ」

「どうしてそんな他人事みたいな言い方して、平気な顔をしてるの!? 嬉しいとか悲しいとか、何も感じなくなるんだよ!!」

「……」


 感情が希薄になりつつある俺の代わりに泣きそうな顔で訴えかけてくるフィーネの目を、俺は正面から見ることが出来ずに逸らしてしまう。


 怒る気持ちはありがたいし、俺とてよくわかるつもりだ。


 だが、俺はこれまで多くの命を奪い、これから更に多くを奪うだろう。

 他者の命を奪うことが罪ならば、いずれ俺は罰を受けなくてはならない。その前段階だと俺は、そう自分に納得させた。


 言うなれば――諦めたのだ。


 そんな俺に怒るフィーネに、何を言えようか。

 どんな言葉をかけられようか……。


「フィーネ様、どうか心を鎮めてください。レグルス様に悪気がありません」

「……そう、だよね。心がなくなるのはレグルスが望んだことじゃないもんね……ごめん」

「俺も……すまない」


 ユイナは優しくフィーネを抱きしめた。


 俺がすべきであろうことをやってくれた。


そう言うこと(・・・・・・)だったのですね。――あとどれくらいで心が完全になくなってしまうのはわからないですか?」


 フィーネのことを気遣ってくれたらしく、ユイナは話を少しだけずらす。


「〈適生能力(サンクトゥス)〉自体が俺の意思は関係なしに、常に発動している状態だ。だから正直いつになるかはわからない。1年後か10年後かはっきりしないんだ」

「どうにもならないのですか?」


 〈特異能力(レガリア)〉と魔法は別物と考えて良い。


 両方とも魔力を消費する点は共通なのだが、それ以外の、特に発動の原理が異なるのだ。


 と、正直その程度しか〈特異能力(レガリア)〉については判明していない。

 どういった条件で、誰が、いつ発現するのかが全く不明である。


「もちろん方法は調べたさ。でも何も見つけられなかった。大人しくその時を待――」


 自嘲しようとした俺の視界が左へとずれた。


「――いい加減にしてください」


 そう言われ、ようやく自分が頬を叩かれたのだと理解し、痛みを感じ始めた。


「独りでカッコつけてないで――頼ったらどうなんですか?」

「――っ!」

「ここにはワタシやアカネ様、そしてフィーネ様もいます。他にも魔王であるレグルス様を慕う方は大勢います。ですから、独りで抱え込まないでください。そんなにワタシたちは頼りないですか?」


 真っ直ぐに俺の目を見つめ返す。


「違う、そうじゃない。俺は、俺は……」


 嘘など容易く見抜かれる。

 誤魔化しなど無意味なのだと、ユイナの瞳は語っていた。


「そんなに信じられませんか?」


 ほんの少しだけユイナの瞼が下がる。


 それによってとても悲しそうな表情に見えた。


「――ぁ…………くっ」


 頭の中では様々な言葉が思い浮かんでは消えて、口を開けては閉じるを繰り返した挙げ句、何も言えずに――逃げるように目を閉じて手で顔を覆った。


 ――頼らないのは信じていないのと一緒だ。


 簡単なことだ。

 とても簡単で、分かりやすいことなんだ。


 なのに俺はわかっていなかった。


 頼ろうとしなかった――。


 それが答えだ。


「――では、今ここで誓う……いえ、約束してください」

「こんな俺に何を――待てっ、やめろ!」


 顔を上げた俺が目にしたのは、ユイナが自らの首にナイフを当てている姿だった。


 慌てる俺とは対象的に、ユイナは落ち着いていた。


「何故だ、何故そこまで俺を……」


 もう目を逸らさない。

 逸らせばユイナは躊躇うことなく首を切るだろう。


「決まっています。レグルス様がワタシたちを大切に想うように、ワタシたちもレグルス様が大切なのです。そしてワタシはレグルス様を心の底から愛しています」

「…………なるほど。面と向かって言われると、恥ずかしいものだな」


 別の意味で視線が移動しそうになるのを堪えた。


「わかった。俺は何を約束すれば良い?」

「困った時や思い悩んだ時は、必ずワタシとアカネ様とフィーネ様の3人を頼る――。それだけです。それを約束してくださればナイフをしまいます。ですが、もし約束を破れば――おわかりですね?」


 俺はこの笑顔より怖いものを見たことがない。


「わかった。約束する。もう、ひとりで四苦八苦するのは終わりだ。存分に頼りにさせてもらうから覚悟したまえ」

「望むところです」


 ユイナに左腕をがっしりと捕われる。


「わたしも受けて立つ」


 右腕はフィーネが抱きつく。


「ん!」

「アカネ!? まあ、あれだけ大きな声を出せば起きるか……」


 膝の上にはアカネが座る。

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