『異質な』
「これ以上、大切な仲間を傷つけるのは許さない」
ルシファーの魔法光から〈煉獄〉を庇った少年がそう告げた。
俺はその少年に見覚えがあった。
「まさか自ら登場とは、ご苦労なことだな」
忘れもしない――アルヴァン・N・オーレディアだ。
大人しくしていると思っていたが、また面倒事を起こすつもりらしい。
仲間内だけで騒いでいれば良いものを、こちらまで巻き込まないでほしい。
「人間の分際で防ぐなんて、ただのザコじゃないみたいだね」
口調から察するに、ルシファーも気付いたな。
アルヴァンはただの人間とは異質だと言うことを。
「もちろん出向くつもりはなかったとも。アンタが仲間を追い詰めなければね」
「随分な言いようだな? お前たちは国を攻めてきたのだ。反撃される覚悟ぐらい済ませておけ」
「耳が痛い。やっぱり、大切な人を守れなかった方の言葉は重みが違う」
自分の過ちを認めたかと思えば、軽く口角を上げて挑発をしてきやがった。
「はっはっはっはっ、良い度胸だ」
「魔王に褒められるとは光栄だ」
直後、耳を劈く音が風を切る。
「――ふっ、止めるか。お前こそ口だけが達者の道化ではないらしい」
「少々危なかったさ。怒りに身を任せるなんて、国民を統べる王に相応しくないのでは?」
「感情なき者に良い国など作れるものか」
アルヴァンは右手で剣を持ち、それで俺の刀を防いだ。
お互いの刃が擦れ合い、ギリギリと音を立てながらも会話は続く。
「感情のままに行動する――。たとえ罪深き魔族であろうと、そんな身勝手な王に振り回される国民が可愛そうだ」
左手は羽織るローブで見えず、そもそも使う気が無さそうだ。
「何だ? お前は完璧主義者なのか?」
「違うっ。完璧なんてものは世迷い言しか語れないバカな連中が求める理想だ。オレはしっかりと現実を見ている」
アルヴァンは剣にかける力を調整して、こちらの体勢を崩そうとしてきたが、先に左脇腹に蹴りを入れて飛ばした。
「現実ね。仲間に単独で国に攻め込ませ、自分は高みの見物をする奴が現実だと? 笑わせるなよ」
いつの間にか剣が消えている。
唐突に現れたかと思えば、消えるときも同じか。
奴の魔法か〈特異能力〉に付随するものだろう。
物質構成か、召喚に似たものか、質量ある幻か……。
「……ぐっ……オレは仲間を信じている。みんななら必ず目的を果たしてくれると」
「同じ事を2度も言わせるなよ。“信じている”とその口でよく言えるな」
信じていればお前はここにはいない。
俺と戦うこともなかった。
なのに実際は、いや、現実はどうだろうか。
アルヴァンはここにいて、俺に蹴り飛ばされている。
「信じきれていないからこそ、お前はそこで膝をつける羽目になっているのだ」
「信じていても、心配くらいはする」
違うのだと眉を寄せるアルヴァン。
「それにだ、もし救出を優先したなら、初手ならばルシファーからでも仲間を奪えたはずだ。しかし、お前はそうしなかった。俺の言いたいことがわかるかね少年?」
ゆっくりとアルヴァンに歩み寄り、正面まで辿り着いて見下ろした。
「王の在り方を説いたお前自身が、欲に目が眩んだ証拠ではないかね?」
「へぇ、本当に光栄だ。オレの実力をしっかりと評価してくれているとは――ね」
最後の一言を言い終えるのと同時。
俺の周りに無数の剣が突如として出現した。
「おやおや、危ないな」
動じはしなかったが、意識が剣に逸れた一瞬を狙ってアルヴァンがヘルグを取り返そうとルシファーのもとへと転移。
「(――ルシファー。わざとだとバレないように炎馬鹿を渡してやれ)」
「(仕方ない)」
と、ルシファーに指示を出すと、何故かユイナが斧を持ち上げる。
首を傾げる俺をよそに、ユイナは突然現れたアルヴァンに斧を振り下ろした。
「――うぐっ」
まるで転移先がわかっていたかのような動きだった。
重い斧をアルヴァンは間一髪のところで剣を出現させて受け止める。が、予想外の一撃だったせいで体勢が悪く、地面に窪みを作り出して悲痛な声を上げた。
斧の軌道を剣で変え、その隙に距離を取った。
しかし、あの斧でも片手で受け止めるとは、左手は頑なに使おうとしないのには理由があると捉えるべきか。
「(ボクはワルくないからねー)」
ルシファーが無罪を主張してくるが正直どうでも良い。
ユイナの行動は正しいのだが、どうもただ正しいだけではない気がした。
「残念ですが、まだ渡すわけにはいきません」
「誰か知らないが、そこを退いてもらう!」
突破を宣言したアルヴァンは体勢を立て直し、今度は剣を持たずにユイナに突っ込む。
下手に転移魔法を使って移動しようものなら、斧の一撃を浴びる可能性があるからこその正面特攻だな。
「無駄です」
「――〈衝破〉!」
突き出された拳から凄まじい衝撃波が放たれる。
振り下ろそうとしていた斧を盾代わりにするも、後退りするのは必然であった。
俺は自分を囲む剣を解析しながら、ユイナの真意を探るためにも攻防を眺める。
ちなみに魔力で動きを止めているので、いつでも脱出は可能だ。
「仲間を、返してもらうぞ」
「簡単には渡せないなー」
ヒラヒラと宙を舞う鳥の羽のように、掴み所のない動きでアルヴァンを翻弄する。
「ほらほら、こっちだよ、こっ――あら?」
「油断したな」
ルシファーの足を捕らえるは、そこにあるはずのない魔物などに使う小さな罠だった。
動きが鈍った瞬間にヘルグを取り返し、ルシファーの魔法を消し飛ばした。
これでふたりとも転移が可能となった。
「……う……ああ? アルヴァン、なんでんなとこにいんだよ?」
拘束魔法が解かれた影響か、タイミング良くヘルグが目を覚ました。
「仲間を助けるのに理由なんていらないだろ」
格好いいことを言って、仲間を担いで転移しようとする――が、アルヴァンの表情が曇る。
「――なるほど」
ユイナが足止めし、ルシファーが戯れたお陰で結界を張ることが出来た。
簡易なもので突破もやむなしだったが、ふたりが時間を稼いでくれたので強固なものに仕上がった。
初めからこうなることを想定してユイナは動いていたのだろう。結界の構築を確認しながらアルヴァンの行動を制限していたのが何よりの証拠だ。
一言も結界を張るとは言っていないのにだ。
思考が筒抜け前提で行動するべきかもしれない。
「転移魔法は使えぬぞ」
「みたいだ。まんまとしてやられて、袋のネズミってわけだ」
こちらを見る目から評価が窺えた。
だが、アルヴァンよ。
お前は評価する相手を間違っている。
もし、あの時ユイナが動かなければ結界を張ることは出来ても軟弱なものになっていただろうからな。
「降伏するなら受け入れるが?」




