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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第二章 旅立ちの人間界
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『魔法』

 視界が閃光に包まれる直前、咄嗟に闇の斬撃を残しておいて正解だった。


 斬撃がマクシスの剣から放たれた光を見事に両断し、左右に分けてくれてなかったら粉微塵に消滅していたかもしれない。


 違和感の正体はこれだったのか。あえて筋書きのような模範的な立ち回りをすることで、マクシスの狙い通り油断させられたわけだ。


「危ない危ない。危うく死ぬところだった」


 軽い口調で誤魔化した、誤魔化せたろ……。


 誤魔化しついでにお返しをさせてもらおう。


 マクシス・セベルツィアよ、お前に敬意を払い見せてやろう〈魔王〉の実力を!


「今度はこちらから行くぞ」


 俺の生存を驚いている顔だ。まさかあの閃光で殺すつもりだったのか?

 ほんと死ななくて良かったと胸を撫で下ろす思いだ。


 マクシスが驚いている、それ即ちそこに隙あり。


 今度は俺が地面を蹴って横凪ぎの一閃をお見舞いする。


「くっ!」

「ほぉ」


 辛うじて剣を振り上げて受け止められた。が、先程の閃光でかなりの魔力を消耗したらしい。息が切れて肩で呼吸をしている上に、受け止めている剣を握る手や腕が震えて力も残ってなさそうだ。


 早く楽にさせてやる。


「光よ、我が標とな――」

「させるかよ」

「――ッ!!」


 地面を踏み、マクシスの足下の大地を盛り上げて体勢を崩す。体勢を崩せば防御も杜撰(ずさん)になる。


「かはっ」


 がら空きになった腹を刀で斬ると致命傷になる。代わりに、片手を翳して発勁を食らわしマクシスを吹き飛ばした。


 うまく着地できるはずがなく、地面に叩きつけられるように転がった。剣もその最中に手放してしまった。


「ま……まだだ、まだ負けていない……!」

「心意気や良し。しかしだ、やめておけ。俺に弱者をいたぶる趣味はない。――トールとやら、さっさとこいつを連れて帰国するんだな」


 穴の向こうで静観していた副官に声をかけようと振り向くと、


「貴様は王国の敵になる者、ここで始末する」


 首に剣を突きつけられてしまった。

 ニヤりと口角を吊り上げてやる。これで脅しているつもりなのか。笑わせてくれる。


「〈封動(動くな)〉」


 そう言ってから俺は難なく突きつけられた剣から離れ、事なきを得る。


「仲間のためを本気で思うなら、お前は俺の首を即座に斬れば良かった」

「このっ……」


 命乞いでもすると思ったのだろうか?

 残念ながら武器を突きつけられたくらいで怯えるほど弱い心ではないんでな。


 バルムの稽古に比べれば全然ましだ。思い返せばあの人、笑顔なのに本気で殺しに来てた気がする。


 まぁ、そのおかげで強くなったんだし、あまり文句は言えない。言ったらあの笑顔でまた斬りかかってきそうだ……。


「無駄だ、動けんよ。それに俺は、お前ら程度で止められる相手ではない。俺の目的は妹が無事でいればそれで良い。潔く帰れ、でなきゃお前らふたり以外も消す羽目になるだろうが」

「我々への行いは、あくまで“妹君の絵描きの邪魔をさせないため”なのですね」

「それ以外に理由が必要か?」

「いえ、十分です」


 トールは納得したようなので拘束を解くと、倒れているマクシスに肩を貸した。


「待て、訊きたいことがある。マクシス、トール。お前たちふたりは、どうして王国に属しているんだ? 噂を聞く限りでは、周辺諸国の方がましに思える」

「貴様に答える義理はない……が、敗者としての分をわきまえるべきだな。――俺は王国を変えるためだ」

「自分はマクシス隊長の夢の手伝いをするため」


 渋々問いに答えたマクシスとトール。

 なかなか興味深い理由だ。王国を変える、ねえ。


「それは何故だ、と訊くのは野暮かな――元奴隷(・・)には」


 さすがに言葉がすぎたな。物凄くふたりに睨み付けられた。トールに関しては今にも斬りかかってきそうな雰囲気だ。


「まさか、バレていないと思っていたのか。その様子だと気付いていないな」


 ため息をついた。


 ふたりは顔を見合わせて首を傾げている。


「奴隷紋だよ。奴隷紋は役割や性質上、微弱だが独特の魔力を発してるんだ。たとえ使われなくなったとしてもな」


 本当に知らなかった顔をしてる。奴隷魔法って人間が作った魔法のはずなのに、かなり昔のことなのでそこまで考えられていないんだ。奴隷紋、または奴隷刻印とも呼ばれる。


「俺には元奴隷でも何でも良いが、お前は本当に王国を変えれるのか?」

「変えれるかどうかじゃない。絶対に変えるんだ」


 良い顔で言いやがって。誰かさんも弟のこういう強いところを見習ってほしいね。


「ほおぉ。では、優しいお兄さんが、頑張り屋さんの美少年に良いことを教えてやろう、魔法についてだ」


 嘘をついていないのは色でわかる。だから教えてやるんだ、光栄に思って今日は寝ずに感謝を捧げるのだ。


「お前たちは何故、“詠唱”を行うのか。詠唱しなければ行動のプロセスが大幅に短縮できる。が、それができない理由がある」


 そもそも魔法においての詠唱はほぼ不可欠とされている。

 これは〈魔法〉を使用する工程が大きく関係していた。


 魔法とは体内の魔力を消費し、空気中に存在する体外の魔力を自分の意のままに変化、操作するもの。

 体内の魔力が指示役、体外の魔力が実行役と考えればわかりやすいだろう。


 詠唱はその体内の魔力、つまり指示役に直結する。


 例えば火を起こす程度なら容易に“想像”が可能だとしても、火を剣のような形にしたり、自動で敵を追いかけろ、などの複雑な想像を頭の中だけで完結しにくい。


 “燃えろ”や“敵を追いかけろ”と詠唱や魔法の名前を言葉としてわかりやすくすることで、複雑な思考処理を円滑にして神秘的な力を簡単に使用可能にしているのだ。


 いわば自己暗示(・・・・)による世界干渉(・・・・)とも言える。体内の魔力と体外の魔力を融合させて魔法へと昇華させるための摂理の理解能力が衰えている。

 もっと簡潔に言えば想像力が足らない。故に言葉に頼らざるを得ない。


 そのせいでこの世界に無詠唱ができる奴は数少ない。


 まぁ、その点は〈特異能力(レガリア)〉も似たようなものだろうが今はややこしくなるのでまた気が向いたら考えることにしよう。


「騎士団では魔法名を言うのは教わっても、その逆は教えてないのだろう。それは想像力の代わりに言葉による強制的な創造をやりやすくするためだ」


 理解しているかは別として、ふたりは意外と真剣に聞いていた。


「体内にある魔力で、体外の魔力をどんな風に変化させるか。想像力を養えば――こんな芸当も可能になる」


 地面を軽く踏むと、俺の真横に鋭利な形で突き出てきた。

 実践して見せた方がわかりやすいと思ったのだが、どうやら効果的だったらしい。


 ふたりの視線は飛び出た地面に釘付けだ。


「下らない常識なんかに囚われているから俺には勝てないんだよ。まぁ、抜け出せたとしても勝たせはしないけどな。俺は騎士団の魔法は全て頭に入れている。もちろん対処法も含めてだ」

「貴様は……いったい何者なんだ?」

「何度も言わせるな。話はここまで、満足したろ。さっさと国に帰れ」


 驚きながらマクシスがまたも同じ内容を尋ねてきた。


 もう答えたっての。手をヒラヒラと揺らし、帰るよう促した。既に何事もなく動けるようになっている。


「最後に一つだけ訊きます。あなたは王国の敵ですか、それとも味方ですか?」


 トールが真剣な眼差しを俺に向ける。半ば願望じみたものを感じるのは気のせいにしておこう。


 軽く息を吐いた。それも答えたような……。仕方ないから言ってやるよ。


「明言はできない。どちらにもなり得る、とだけ言っておこう」

「そうですか、承知しました」



 ふたりの背中を見送って踵を返す。


 これじゃ、変なお説教野郎だな。初めは退けたらすぐに戻ろうと思ってたのに、案外あのふたりを気に入ったのかもな。


 地平線の彼方から太陽が顔を出している。夜が明けた。


 早く戻らねばイーニャに何をされるかわかったもんじゃない。

 俺は急いで、村への帰路についた。




 ◆◆◆




 トールに肩を借りて拠点に戻ったマクシス。

 回復魔法で傷は難なく治せた。


 部下たちにはふたりで模擬戦闘を行ったと説明しておいた。下手に真実を言って刺激し、あの男と戦う羽目にならないようにと考慮した結果だった。


「トール。オレはどうしたらいいんだ?」

「恐らく同じ事を考えているかと……」


 あの男――ノルンと名乗った人物の実力は計り知れない。マクシスとの戦いでは終始手加減をしていたのは明らかだ。それだけの余裕が彼にはある。


 その片鱗だけでも、王国でノルンに匹敵する者は片手で数える程度だ。


 もし上層部に彼の存在を伝えれば、プライドの塊となっている王族や貴族は、間違いなく抹殺せよと命じるだろう。


 仮にそうなったとしたら、今度こそノルンは“殺す気”で来るかもしれない。最悪の場合、王国へと攻め入られ、滅ぼされる危険性だってある。

 実際は宮廷魔導師や、騎士団長がいれば対処できる見込みがなきにしもあらず。


 ノルンは騎士団の魔法、更にその対策は全て頭に入れていると語った。もしその発言が本当ならば、不利なのは王国側だ。


 ノルンの情報を王国側はほとんど何も知らないのに対して、彼自身は内情すら把握している可能性もある。


 既に後手に回っているわけだ。


 直接戦ったマクシスは否応なしにノルンの実力を思い知らされた。同時に自分の弱さも。


 〈王国の守護者ナイト・オブ・レギオン〉と煽てられ、オレならば国を変えられると思っていた少年は、己の無力さを突きつけられたのである。

 調子に乗っていた。今回の任務だって簡単にこなせると侮っていた。


 その結果がこれだ。いい笑いものじゃないか。少年は歯を食い縛る。


「――撤退する。ノルンのことは伏せておく。皆や団長たちへの言い訳を一緒に考えてくれるか?」


 トールはいつもの調子に戻った幼馴染みに安心し、フッと胸を撫で下ろした。


「もちろんです」


 笑顔を見せるトールも、内心では悔しがっていた。王国ではかなりの実力者とされる彼は、自分が慢心していたのだと気付かされた。


 世界は広い。魔界との戦争が激化すれば、今のままでは確実に殺されるだろう。もっと強くならなくてはならない。


 マクシスの夢を叶えるために、もっと強く。



 ――それぞれの思いと決意を胸に秘める彼らを見守るように、太陽は天へと昇っていった。

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