『襲撃』
朝になる前に目が覚めた。
不思議なのはぼんやりと覚めると言うより、スッと意識が覚醒したことだ。
夜中なのに外が騒がしい。
〈魔界〉には〈人間界〉のように虫のせせらぎは聞こえない。
代わりに魔物たちの遠吠えがこだまするくらいなのだ。
「……敵襲だから当然だな」
感じ取れる魔力だけで判断するなら、敵は勇猛果敢にも単独で攻めてきたようだ。
伏兵の気配もなし。
そもそも国を守護する防御結界が打ち破られればすぐにわかる。
「さぁて、俺もすぐに向かいたいのだが……うぅむ、やはり動けん」
寝る前と現在では、俺の置かれる状況が変化していた。
フィーネとユイナが俺の右腕と左腕をそれぞれがっしりと抱きしめ、アカネが懐いた猫の如く上に乗っかる始末。
よくもまぁ、ここまで睡眠中の俺に忍び寄る技術を習得したものよ。
3人にはしっかりと自分の部屋で寝ろとあれほど言っても結果はこれだ。
嬉しくないのかと訊かれれば嬉しいが、嬉しくない気持ちもあり、実際は半々だ。
何しろ一度目覚めたが最後、胸が高鳴ってしまい眠れないのだ。よほど疲れていれば睡魔が勝つが、程よい眠気程度ならこいつらに軍配が上がる。
で、起こしてしまった時には何故か俺が怒られるし……。
理不尽この上ない。
「この魔力……。あの4人の内のひとりだな」
襲撃者の正体がわかった途端、こいつらが忍び込んでくるのは俺を行かせないためではないかと勘ぐってしまう。
考えすぎだろうがな。
心が穏やかとは言い難い状況なのは確かだ。
3人がしがみついていなければ、感情の赴くままに身を任せすぐさま駆けつけて八つ裂きにしていただろう。
「名前は――」
「〈煉獄〉ヘルグ」
聞き慣れない声が耳に届けられる。
誰だろうと考えてからひとりしかいないと思い至るが、ふうと息を吐いて聞かなかったことにすると決めた。
「動けないなら動けないなりのやり方があるのだよ」
まるで誰かに語りかけるようにふんと鼻を鳴らす。
◆◆◆
ヘルグが上空から城下町を薄気味悪い笑みを浮かべて見下ろす。
「借りを返しに来たぜェ、魔王さんよォォ!!」
物語の登場人物に例えるなら、間違いなく悪役な口調だった。
「燃やして燃やして燃やし尽くしてやるよぜェェェエ!!!」
両手に炎を舞い上がらせて防御結界をものともせずに突進してきた。
表情から察するに、とても楽しそうだ。
「こんな薄っぺらい壁なんかで止められっかよっ――〈炎竜拳〉!」
詠唱すると両手の炎が竜の姿へと変化する。
突進の勢いを乗せた炎の竜は結界を貫いた。
「フーッハハハハハハハッ、永遠におねんねしてな」
両手を前に翳す。
すると、ヘルグの背後に赤い魔法陣が浮かび上がる。
「燃えろ燃えろ燃えろ、全てを燃やし尽くす、紅蓮の炎で消し飛びやがれ――〈業火紅蓮衝爆〉」
詠唱が終わると同時に、翳された両手の正面に背中のものよりは一回り小さめな魔法陣が展開し、そこから真っ赤な炎が前方へと放たれた。
直撃すれば城下は大惨事だろう。
「――させんよ」
放たれた炎はその全てが何かに吸い込まれるようにして消えた。
「おれの炎が……!?」
驚きを隠せずに動揺するヘルグを見上げる青年がひとり、
「――けぷっ。ごちそうさま」
と、一匹。または一体。
「あの量の炎を吸い尽くすとは……やはり驚異的な体質だ」
「もっと褒めるがよい」
肩に乗る小さな竜に似た生き物の首もとを青年は指で優しくさする。
「てめえは、シグマ・セイレーン。それと魔獣バルログナか」
相手を睨み付けながら青年の名前を口にする。
「面白いことを言う。貴様らはどこまで知っているか探らせてもらおうか」
ある程度はこちらの情報は入手しているらしい。
「やれるものなら――ぬわっ!?」
意気揚々とかかってこいとでも言おうとしたのだろうが、残念ながらそれは複数の属性球によって中断された。
街の各所に配置を終えたバルムの部下たちがシグマの援護をしたのだ。
様々な属性の球体が無機質な爆発に彩りを与える。
「私も姑息な手を使うようになったものだ。どこぞ魔王の影響だな」
思い浮かべるべく目を閉じながらシグマはそう呟いた。
人を姑息万歳みたく言うのはやめていただきたい。
「――なめるなアア!!」
爆発を魔力を全身から放つことで吹き飛ばし、その一瞬の隙に炎を足の裏から放って空中を移動。
無数に飛び交う属性球を素早い動きで躱わしながらも、バルムの部下たちを次々と炎の餌食する。
「ちっ、邪魔なやつが」
途中から斬撃がヘルグの放つ炎を打ち消し始めた。
発射元はもちろんシグマである。
有象無象から一番邪魔になりそうな相手へと標的を変える。
「まずはてめえから燃やしてやるよ!!」
「生憎と熱いのは苦手だ」
炎の竜を正面から刀で受け止める。
ヘルグは物体ではない特性を活かして、刀を物ともせずにシグマを燃やそうと炎を広げた。
しかし、シグマのよる刀の巧みな動きで風の流れに従って炎の進行方向が変えられる。
「ハッ、んな小細工無駄なんだよォ!!」
灯されただけのただの炎なら、そのままシグマの思い通りになっていただろう。が、ふたりの間に広がる炎の生みの親はヘルグである。
つまり、自然の法則を無視した動きも可能なのだ。
「呑まれろオッ――〈炎竜剛羅〉!!」
恐ろしい竜の顔の如し凄まじい勢いの炎がシグマを呑み込まんと口を開ける。
「バルログナ、しっかり捕まっていろ。一夜の煌めき――〈刹夜一閃〉」
「言われるまでもないぞ」
左上段に構え、肩に乗る相棒に忠告してからシグマは一筋の閃光となり地を駆けた。




