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最後の魔王伝説  作者: 入山 瑠衣
第八章 魔界の乙女たち
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『重ね重なる』

「気に入られてよかったね」


 今の俺に言っても皮肉にしか聞こえないぞ、グリムよ。


 本人もそのつもりのようで、ニヤニヤと口角を上げている。

 とても楽しそうなのが余計に腹立たしいが、下手に背後の斧持ち少女を刺激したくない。


「よし。予定とは違うが、一度城に戻るぞ」

「お城……本当に魔王様なんですね」

「おいおい、疑っていたとは悲しいな」


 冗談を交えた会話をするも、油断できないのが現状である。


 背後にいる斧持ち少女は、俺を我が物にしようと企んでいるからだ。

 何処で選択を誤ってしまったのやら……。


 ユイナ曰く、彼女を危機から救った俺は運命の相手(・・・・・)。故にずっと傍にいるのだと。


 数少ない〈吸血種(ヴァンパイア)〉を魔王として放置しておくわけにもいかないし、手を差し伸べたのも俺なので無下にする気はないとも。


 しかし、しかしだ。

 こうも期待の眼差しを向けられると変に身構えてしまうものだ。


「城に戻る前にユイナの実力を知っておきたい。嫌なら断って構わないが、道中の魔物の相手をしてほしい」

「かしこまりました。一帯の魔物を滅ぼします」


 良い笑顔で物騒なことを平気で言える根性が凄い。


 しかしだな、ありかなしかの2択しか選択肢がないのはどうにかしないとだな。


 娘がもうひとりできた気分だ。


「いや……滅ぼすまで倒さなくて良い。さっきも言ったが、お前の力量を知りたいだけなんだ」

「では、現れた魔物のみ排除、でよろしいですか?」

「ああ、その解釈であっている」


 方向さえ間違えなければ素直で良い子である。

 進む方向さえ間違えなければ……。


 世話になったあの家屋も掃除が行き届いているようだったし、料理の腕もメイド長のマグリスも気に入るだろう。


 となると問題になり得るのは、拘った思考関係と……帰ってから考えよう。




 ◆◆◆




 もともとの素質があった上での暴走状態時の戦闘能力だと理解した。


 クフフと笑みを浮かべながら魔物を屠る姿は、初めて見る者からすれば戦々恐々としてしまう可能性は否めない。


 その一面だけで判断されなければ良いのだが。


「不躾な問いだが、ユイナはいつからあそこに住んでいたんだ?」


 まだ早すぎるかもと思いつつも一応訊いてみる。

 答えなくても咎めるつもりは全くなかった。


「ワタシについて興味を持っていただけるとは……とても感激です!」


 俺の問いを聞くなり俊敏な動きで斧を地面に突き刺し、キラキラと瞳を輝かせて手を握られた。


「――あっ、申し訳ありません。嬉しくて、つい……」


 すると次の瞬間には顔を赤く染めて離れてもじもじとし始める。


 何なのだ、この妙にもどかしいような表現し難い感情は。


「構わん。それで、問いには答えられそうか?」

「はい。ですが、ワタシ自身もいつからあの場にいたのかはっきりしません」


 次は申し訳なさそうにしゅんと顔を伏せる。


 こんなに表情がころころと変わるなんて、まるで――


「――ま。レグ――様。――レグルス様!」

「あ? あぁ、すまない。少し考え事をしてしまった」


 不安げな表情で俺の顔を覗き込むユイナに苦笑を返す。


 ユイナは賢い奴だし、恐らくは気を遣ってグリムが近い内に話すのだろう。


 だから今は適当にはぐらかす。

 あまり思い出したくないから。まだ逃げていなければ、目を背けていなければ耐えられなくなってしまう。


 我ながら弱い奴だと嘲笑いたくなる。


「すまんが、どこまで聞いたかな?」

「まだ初めだけです」

「そうか。では続きを聞こう」


 ユイナの雰囲気は、ずっと昔からの知り合いのように懐かしさと安らぎを感じさせた。


 そうでなければ弱くとも、他人にはここまでの醜態は晒すまい。


「一時期より靄がかかったように記憶が曖昧なのです。気付いた時にはあの場所で生活していました」

「記憶喪失か? だったら俺と同じだな」

「レグルス様も記憶を……?」

「自分が何処にいて、何者だったのか。断片的に徐々に思い出しつつあるのが現状だ」


 ユイナの問いに頷いてから言葉を返した。


「失った記憶を取り戻したいと思いますか?」

「胸を張って取り戻したい……そう答えたいのが理想なんだがね。実のところ、思い出してしまったら俺はどうなってしまうのかと恐怖もあるのが本音だ」


 人の内面に触れるのだ。

 こちらもある程度は開示しなければ不公平だろう。


 いわゆる等価交換だ。


「ユイナは取り戻したくないのか?」

「ワタシもレグルス様と一緒で、怖いのです。今ここにいるワタシが消えてしまう気がして……。知りたい気持ちと、知りたくない気持ちが同時に存在します」


 思えば記憶を失った奴と出会うのは初めてなのかもしれない。

 似たような境遇だからこそ惹かれるものがあると言うのか。


「もし、本当に取り戻したいと覚悟を決めた時は言ってくれ。必ず力になると約束しよう」

「……ありがとうございます。約束、ですからね」

「……ああ、約束だ」


 偶然なのかそれとも必然なのか――。


 重なるのか、重ねているのか――。


 そろそろ真正面から向き合うべき頃合いだな。

 いつまでも思考が引っ張られていては俺だけではなく、皆にまで影響を与えかねない。……いや、もう与えてしまっているのか。


 バルムやグリムは決して責めたりはしない。


 フィーネやアカネも直接的に言ってきたりはしない。


 いっそのこと思い切り怒られた方が楽なのだが、俺が〈魔王〉である以上はおいそれと行動には移せないのだろうな。


「さてと、果たすべき目的は果たした。城に戻ってユイナを紹介するとしようではないか」


 空元気だとしても、今の俺にできるのはこれが精一杯の虚勢だった。

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